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三十三話  ハンスの独白

 僕はハンスという。現在アレンス王国に仕えているが、その実アレンス王国転覆を目論むレジスタンスの一員である。

 

 病の床に臥していた王に追い討ちの毒が盛られ、王は息を引き取った。その毒を仕込んだのがタールベルクとかかわりの深い人物と言うことで、王の弟が王位を継ぎ、アレンスはタールベルクに戦争を仕掛けた。戦争をするのに理由なんてさほど重要ではない。ほんとうに些細なことでも、或いは言いがかりであっても戦争は始まってしまうのだ。 


 タールベルクとの戦争が始まり、ついに反旗を翻すときかと僕らは奮い立っていた。しかし戦争はアレンスの連勝続き。アレンスは決して強い国ではないというのに。それほどに今代の王は優秀と言うわけだろうか?


 

 そんななか、僕は毒を盛ったと言う少女の監視を言い渡された。先任の上司が、何だか気味が悪いと言う理由で僕に押し付けたのだ。


 その少女は僕より五つほど年下だろうか、まだ幼さが残るものの、意思の強い目が印象的な子だった。この子が犯人だとは到底思えなかったものだ。



「ねぇ、オスヴァルトが怪しいと思わない?」



 などと彼女は僕に話しかけてきた。オスヴァルトとは亡くなった王の弟で、現王の名だ。



「私、はじめの薬を待女の人に任せたんだけど、彼女、オスヴァルト付きだったんだよ。それに二つ目の薬の検査を指示したのも彼」


「…………」

 

 たしかに気味が悪いと言うのには頷けた。なにせ彼女には何日も食事も与えられていない。それなのにずっとこんな調子で話しかけてくるのだ。


 僕らは勤務中話してはいけない。だから僕もそれにしたがって何も答えなかった。けれど、



「前の人が言ってた。次に来るのはハンスっていうヤツで、結構気がいいんだって」

「お互い暇でしょ? 話すくらい許されるよ」



 などと言いくるめられ、僕は彼女と言葉を交わすようになった。




 それから数日経ってからのことだ。僕は彼女と話すのが楽しみになりつつあった。こっそりと食べ物を運んでやろうとしたこともあった。もちろんそんなことは重大な罪だろう。しかし僕はそれが間違っていることだとは思わない。結局、断られてしまったが。


 

そんなとき、ついうっかり、王国批判と言われてもおかしくないことを口にしてしまったのだ。


「でも当然か、貴方レジスタンスだもんね」


 彼女の言葉にどれだけ肝を冷やしたことか。しかし彼女も王国に恨みをもっているであろう人物、そこまで動揺することはなかった。彼女の要求は、彼女の仲間がレジスタンスに居るので連絡をとって欲しいとのことだった。それを聞いて僕は安心した、彼女もすでに僕らの同志であったのだ。




  


  †






 それから数週間は、本当になにもない、平穏な日々だった。本来なら彼女も衰弱しているか、死んでいたっておかしくなかったはずなのに、なぜかぴんぴんしていた。彼女は稀有な薬師であると聞いていたので、ひょっとしたら食べずに生きられる秘薬でも飲んでいたのだろうと、勝手に納得してしまったほどだ。





 彼女が牢に繋がれて一月、僕が彼女に出会って三週間が経った日、レジスタンスの上層部から彼女の脱獄の準備を聞かされた。しかもそれを知らせにきた彼女の従者でレジスタンスの一員のミーナという女性から、牢に繋がれた少女シノブが神の類であるとも知らされたのだ。


 これを聞いて僕の心中は穏やかではなかった。


 彼女が人ならざるものであることは勿論、組織が彼女をこの牢獄から連れ出すということさえも、僕の心を揺り動かした。



 僕は彼女ともっと話してみたかった、叶うことならずっと一緒にいたいとも。



 このとき初めて気づかされたのだ、僕は彼女に恋焦がれていたということを。







 気持ちの整理がつく前に、彼女は牢を出る日がやってきた。僕はなし崩し的に告白じみた言葉を彼女に投げかけた。すると、


「そう。今まで話し相手になってくれてありがとね、ハンス」


 少しだけ物憂げな表情を見せてから、そう言って手を格子の間から差し出した。初めてとった彼女の手は、熱いのか冷たいのかもわからなかった。



「僕はもう行くよ。元気で」

 

 僕はそう言って逃げるように牢を出ようとした。彼女は、


「私も貴方の幸せを願ってあげる。私、本当は恋愛成就の神様じゃないんだけどね」


 と、一言、投げかけてきた。振り向くと、悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女の姿があった。そんなどこか胡散臭いような笑顔が本当に彼女らしくて、僕は笑った。




 その夜が明けるまでは、僕は牢に再び入ることは無かった。もちろん戻ってもう一言や二言を話すことはできたのだが、別れを言った手前戻るのもどうかと思った。それに、いざ彼女が居なくなる瞬間をみて取り乱さない自信もなかった。そんなことで彼女を失望させたくも無い。




 


 朝、そっと牢を覗いてみると、体温を失った部屋があるばかりだった。僕は牢の鍵を開け、彼女が座っていたあたりを見つめてしばらく立ちつくした。






  




    †








 彼女、シノブ、或いはシダクサノカミが居なくなった後、僕は空虚な日々をすごしていたと思う。タールベルクの王城に蛇の化け物が現れたとか何とか、好奇心をくすぐるような話題にも関心をしめせなかった。



 そんな中、ふと



「やっほー、ハンス。久しぶり」

  


 と懐かしい声を聞いた。窓の外を見てみると、シノブが窓からこちらをのぞきこんでいた。僕は何故ここにいるのかなどと尋ねてもどうも要領を得なかった。そしてしばらくしてから、彼女の口から信じられない言葉を聞かされた。



「――この国は私が貰い受けるわ」



 彼女はアレンスの国を奪い取ると語った。その後の共和制やら民主制やらと言っていたが、具体的な話がなされなかった。


 説明を求めても、私が見せてあげる、と言って話してはくれなかった。







「ごめんね。私は儚い花ではないから」


 去る彼女に待ってくれと言った僕に、彼女はこう答えて、僕に微笑んだ。


 


 訳がわからなかった。彼女は何を考えているのだろうか。


そして同時に、僕はその隣を歩けはしないのだと痛感したのだった。

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