三十一話 対面、再会、策
遅れ遅れで申し訳ありません;;
シダクサは目の前の二人を前に、今の姿勢を保っているのが困難なほどの喜びと衝動に駆られていた。
一人はこの城へやってきた目的であるミーナ、そしてもう一人、皇帝はシダクサらの転生の目的そのものであった。すなわち、スサノオ。
「どうかしたか?」
シダクサの様子を不審に思ったのか、皇帝――スサノオが問う。
「再会の喜びに心酔う想いです、皇帝陛下」
「再会? 済まぬが覚えが無いな」
「それはそうでしょう。あの時は壁越しで、直接お会いしたわけではありませんから」
壁と言うのはオロチの胃袋や肉だ。
「……そうか」
皇帝はどうにも腑に落ちないようである。というのも彼女が神の一柱と知っているためでもある。しかしそんな前提はお構いなしなシダクサは謎掛けのように言う。
「それはそうと、まずは例の戦争について、よろしいでしょうか?」
「そうであった、話せ」
「は――」
こうしてひとまずはタールベルク・アレンス戦争についての報告をした。説明は淡々となされ、アレンスの非道が白日の下に晒される。
「――それが真実であるならば、我々はアレンスから王権を返上させなければならないな」
「では……!」
レオンが皇帝を仰ぎ見た。しかし、彼は指を小さく左右に振り、否定を示した。
「すぐに軍を渡すわけにはいかない。証拠を掴んでからだ」
「恐れながら申し上げます。我々は今、危機に瀕しているのです。アレンスの侵略は日に日に進んでおります。タールベルクは一月も防衛線を維持できないでしょう」
レオンは懇願した。
「失礼だが、これがタールベルクの陰謀とも限らん。後でいらぬ反感を買いたくなくば、出兵は待て」
皇帝も譲らない。
「わかりました」
シダクサがひとつため息をついてから、答えた。
「シノブ!」
レオンがシダクサに食いかかった。
「正直、私はタールベルクのことなんてどうでもいいのよ、レオン。さて、失礼しました、皇帝陛下」
シダクサはレオンをあっさりと切り捨てると、皇帝に向かいなおった。
「そんなことよりも、なぜ連れ去られた私の待女がこの場にいるかを伺いたいのですが、陛下」
「……誰のことだ?」
二国間の戦争をそんなことと言い切り、さらに皇帝に疑いの目を向けるシダクサには、彼女が普通の人間とは違った存在だと知っているはずの皇帝も若干たじろいだ。
「そこの朱のドレスを着た背の高い女のことです」
シダクサはミーナを指差した。
「それについては、私からご説明いたします。よろしいでしょうか、陛下」
答えたのは彼女の隣に立っていたマルクであった。
「よい」
「では。彼女が帝都沿いの街道で倒れているのを私の家の者が見つけたのです。そのまま我が屋敷にて養生されましたが、どうやら高貴な出の様子。しかし帰る家もないと聞き、我が家に迎え入れたのですよ」
胡散臭そうな説明がなされ、マルクは満足そうに笑った。
「それはそれは。丁重なもてなしを感謝します。しかし彼女は返していただきたいのですが?」
「それはできません」
シダクサの要求に対し、マルクは電光石火の如き速さで否定の言葉をはいた。
「何故?」
シダクサはマルクを殆ど睨むように見ている。
「彼女は私の妻になるのです」
シダクサはミーナに視線を移した。彼女は俯いて、悲しげだ。
「そうなの? ミーナ」
「はい。今までお世話になりました」
ミーナはシダクサと一旦目を合わせてから、そう言った。
「……わかった」
うな垂れるシダクサの隣では、レオンが複雑そうな面持ちで居た。
「これで失礼します……」
「お待ちください」
シダクサが立ち上がろうとすると、マルクが再び口を開いた。
「貴女とミーナは主従であり友であるのですね。私とてその仲を引き裂きたくありません。どうでしょう、噂に聞くと貴女も旅の薬師。住む屋敷ならこの帝都にご用意いたしましょう。そうすれば、主従の関係は解消されても、友としての関係は変わらぬままです。私は貴女の来訪を拒むつもりはありません」
「シノブ様、我侭なお願いだとは分かっておりますが、どうか……」
ミーナまでが口ぞえをする始末。
「少し……考えさせてください」
「分かりました。何時でもお呼びつけください」
シダクサは今度こそ謁見の間を退出した。
「面白くない」
謁見の間を出た瞬間に、シダクサがこぼした。レオンは論点がまるで変わってしまったことに怒りを通り越して困惑している。
「ああ、レオン。あれは演技のうちと思って」
「……演技?」
「そ。あれ以上食い下がっても無理なのは明白。だから私の立ち位置をはっきりさせるために利用させてもらったの」
「お前はタールベルクにつかないという事か」
「そういうこと。アレくらいのほうが分かりやすいでしょ?」
隣に衛兵が居るというのに堂々としたものある。
「このことを誰かに言ったらどうなるか分かるよね、エドガー・ベックさん? そうそう、エリーちゃん、あと二日で三歳の誕生日だね。プレゼントはもう買った?」
シダクサがそう言うと、衛兵は凍りついた。勿論彼は自分の名前や娘の名前を口にしていないからだ。
「さて、部屋に戻ったらオロチ様に報告しなきゃ」
シダクサは立ち尽くしたままの衛兵の脇を通り過ぎ、あてがわれた部屋に向かった。
†
『それで、どうするつもりだ?』
話を聞いたオロチがシダクサに問いかける。オロチは謁見には連れて行けなかったので部屋で留守番をしていた。
「とりあえず、ミーナを助け出そうかと思う」
『……そうか』
早速皇帝を殺すと言い出さないシダクサに、オロチはちょっとした違和感を感じた。
「ミーナの状況は大体分かったけど、ちょっと厄介なんだよね」
シダクサはオロチに構わず話し続ける。
『全員殺してしまえば問題なかろう』
「……それはダメ。ミーナが危険」
『だが、あちらとしてもミーナを死なせてしまっては意味が無い』
「それでも私たちに関心をなくしてしまえば、つまるところ私たちを制御できないと知れば、ミーナを生かしておく意味もなくなる」
シダクサが自分の懸念を話した。
『確かに。しかし皇帝も物好きなものだ』
「所詮スサノオのままってことよ、強欲で我侭」
シダクサは過去を振り返ってそう言った。
「なんにせよ、すぐに殺してやることもないよ。この世界での頂点まで祭り上げてから、ドン底まで蹴り落としてあげよう」
シダクサは小さく笑った。
「明日、マルクとか言うヤツに、返事をしてあげないとね」




