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三話  祟り


「……貴様、オロチ様をどこへやった?」

 

 底冷えのするような声と眼差しが、ミーナを襲った。ミーナは目の前の小さな身体から発せられる圧倒的な威圧感に声が出せなくなっていた。


「私をたばかったな。貴様の父が本当は魔獣使いでないことなんてどうでもよかった。私とてそこまで正直に話すことを要求しない。しかし貴様は私たちに害をなすのだな、その笑顔の裏には魔が潜んでいたのだな……」


 

 シダクサはミーナのもとへ静かに歩み寄ると、その額を指差した。ミーナはそのまま後ろに吹き飛び、隣の部屋の壁でやっと止まった。壁にしこたま叩きつけられたため、彼女の肺から空気が抜けひどく咳き込んだ。


「オロチ様は、どこだ?」

 シダクサは床にうずくまるミーナを見下ろし、静かで厳しい口調で訊いた。

「わ、私は……なにも」

「嘘をつくと罪は重くなる。知らなかったのか?」

 シダクサはもう一度ミーナを指差すと、彼女の身体は壁に磔となった。シダクサが手を握ると、ミーナは身体が大蛇が巻きついたように締め付けられ、うめき声を上げた。


 シダクサはヤマタノオロチの九本目の首と尾であると言える。彼女はオロチの首と尾一本分の力を念動力として使うことができるのだ。


「……貴女の手は温かかったから、無理やり協力させられたって言うのなら命までは取らないであげる。ねぇ、話してくれない?」


 シダクサは穏やかな口調で尋ねた。いや、脅した。

 

 ミーナは首に巻きついている”何か”を引き剥がそうと必死に空を掴み続けたが、それは徒労。やがて苦しさから解放されたいがゆえに頷いた。その瞬間、ミーナの身体は優しく床に下ろされた。



「教えてくれるよね?」

 シダクサが無邪気ににっこりと笑ったが、ミーナにとってそれは恐怖以外の何者でもなかった。


 


  †




「この村は、魔獣使いの村だけど、やっていることは魔獣や珍しい動物の密輸なの。冬は作物ができないから、秋口の今はその最盛期で、そこに現れた貴女とあの魔獣。そういう旅人から魔獣を奪うことは昔からやってきていて、もし失敗するとひどい罰を与えられるの。勝手な言い訳にしかならないけど……それが理由よ」


 ミーナの呼吸が落ち着いたころ、彼女は俯きながら話した。シダクサは特にこれといった表情を浮かべることなく、じっと耳を傾けていた。


「……そう。約束だし、貴女の命は奪わないことにするわ」

 それを聞いてミーナは心のうちで胸をなでおろしたようだ。


「村長のところにオロチ様がいるんでしょ、案内して?」


 

 使い魔のようにオロチを呼び出せれば案内させる手間もいらないのだけど、オロチは使い魔ではないし、召喚は同じ空間から呼び出すことが不可能だ。つまりシダクサがオロチを呼び出せたのは互いに別の世界にいた最初だけとなる。







 ミーナはシダクサの前を歩き、村長の家まで案内した。途中、村人が息を潜めて家のなかからそっと様子を窺っていたが、シダクサにはそれが手に取るように分かった。これでミーナの話どおり、この村には魔獣狩りの慣わしがあったのだとはっきりした。



  

「村長様、昨晩の魔獣をこの子に返していただけませんか」

 ミーナは村長の家に着くと開口一番にそう頼んだ。

「何を言っているんだね、君は」

 村長は大した狸だ。顔色一つ変えずにこのような受け答えをする。

「旅の子かね。つれの魔獣がいなくなってしまったのなら我々も探すのを手伝おう。おい、村の男を四五人連れて来い」

 傍に控えていた中年の女性は指示通りに人を呼びにいこうとしたが、シダクサが女性の行く手を阻んだ。


「人は要りません。どうぞ、座っていてください」

「しかし、」

「口ごたえをしないことです」

 シダクサは女性に微笑んだ。それでも口を開こうとするものだから、シダクサは女性の首の後ろを叩いて意識を刈り取った。

「き、貴様っ!」

 村長はいきり立って、デスクを手で打った。

「あんまり大きな声を出すと、殺「村長様、お願いです、従ってください!」

 ミーナが震えながら叫んだ。それはあまりに鬼気迫るものがあり、村長は一旦口をつぐんだ。

「奥の部屋を見させてもらいます」 

「こ、この部屋はいかん!」

 シダクサが戸に手をかけようとすると、村長が慌てて間に割り込んできた。


「それ、自白しているんですか。何もないのなら構いませんよね?」

「……ふんっ、よかろう」

 こんどはあっさりと通してくれる。村長はデスクに戻っていった。


 シダクサは村長のほうには興味をなくして戸に手をかけ、ノブを回した。キィと軽い蝶番の音がして、戸が開いた。中は真っ暗だ。


「オロチ様……?」


「明かりをやろう」

 後ろから村長の声がして、シダクサは振り返った。


しかし、彼女が受け取ったのは明かりではなく、一振りの剣。しかもそれはシダクサの身体に突き立てられた。



「痛い……」

 シダクサは部屋の奥へ後退し、ずるずると壁に血の跡をつけながら仰向けに倒れたこんだ。ミーナは小さく悲鳴をあげ、無意識にシダクサに駆け寄っていた。


「大人しくしていれば良かったものを。ミーナ、お前も脅されていただけだろう、死に際まで従ってやる必要なんてないのだぞ」

 村長が吐き捨てるように言う。


「私がこの子を裏切ったから……私のせいでこんなっ……!」

 ミーナは嗚咽まじりに訴えた。 

「頭を冷やさんか!」

 村長はミーナの頬を張った。それでもミーナはシダクサから離れず、自分の服が血で汚れるのもいとわずにシダクサの小さな身体を抱きかかえた。




『騒々しいぞ』


 今までなかった声が部屋の暗闇から聞こえてきた。村長は二度目に振り上げられた手を止めた。

「誰か居るのか!」

『おかしなことを言うな、貴様がここに我を置いたではないか』

「何を……」

 

 村長が混乱していると、何かが壊れる音と、何かが引きずられるような音が聞こえてきた。

『ミーナという娘よ、そなたを我が妻が許したからには我も許そう。だが、そこの男。貴様の罪は重い』


 ずるりと身体を現したのは、人を丸呑みに出来るほどに大きくなったヤマタノオロチだった。頭は天井にまで届いている。

「ヒ……!」

 

 村長は断末魔の叫びもなしに、ヤマタノオロチに一のみにされた。



『そなたは我が妻の傍に居てやってくれ』

 オロチはシダクサのほうを一度見ると、部屋を出ていこうとする。

「待って! このままじゃこの子死んじゃうわ!」

『案ずるな、その程度では死なん。気にせず剣を抜いてやってくれ。その子は人間ではないゆえ、それくらいかすり傷のうちだ』

 オロチはそういい残すと足早に家を出て行った。もっとも蛇に足はないが。


外では悲鳴や怒号が飛び交い、オロチが一方的な蹂躙をしているのだろうと予想がついた。しかしそれはミーナの意識の外だ。


「ミーナ」

 不意に名を呼ばれ、ミーナは驚いてシダクサを見た。

「シノブちゃん!」

「どうして私を殺さないの? 剣はまだあるんだよ?」

「そんなことしないわ……。それより、私はどうしたら貴女を助けられる?」

「さっきあんなにひどいコトしたのに、どうして私を助けるの?」

 シダクサは理解できない、どうして、と繰り返した。


「私は貴女を裏切ったんだもの、怒って当然よ。ごめんなさい、本当に」

「……そう。それなら私も一つ謝りたいな。魔獣に襲われて荷物を無くしたんじゃなくて、最初から無一文だったの、だから騙してごめんなさい」

「そんなこといいのよ、分かってたし」

「え?」

 シダクサはきょとんとした表情を見せた。 

「命からがら逃げたにしては服が綺麗過ぎたもの、すぐ分かったわ。でもかわいそうなことは変わらなかったから受け入れたのよ。加えて魔獣も見つけちゃったし、ってそうじゃなくて、早く傷を!」

「あぁ、取り敢えず抜いてくれればすぐ治るから慌てないで?」

「ぬ、抜くよ」

 ミーナは剣の柄に手をかけて言った。彼女の額は暑くもないのに汗ばんできた。

「うん」

「ほ、ほんとに抜くよ?」

 なかなか煮え切らない。

「どうぞ」

「……準備はいい?」

「……うん」


『何をやっている』

 人より少し大きめなオロチが部屋に入ってきて、目にも留まらぬ素早さで、すっとシダクサから剣を引き抜いた。

「きゃあ! ちょ、ちょっとオロチ様、いきなりは酷いよ!」

『す、済まない』

「バカ!」


 日本人は間を大切にする文化をもち、それは空間だけでなく、時間にも言えることだという。

 



 次の話は暗いお話。

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