二十九話 出発、再び
タールベルクの上層部はあっさりとレオンの話を受け入れた。というのも真実などはっきり言ってどうでも良いことなのだ。使えそうな理由があればそれで良い、戦争においてはそんなものだ。
「皇帝陛下のもとに特使が出た」
レオンは、その報告をシダクサのもとにもってきた。シダクサは治療を受けた翌日には目を覚ましていたが、ここ二、三日はベッドの上でぼーっとしていることが多かった。
「そう」
目が覚めてミーナが居なかったことがショックだったようで、どうにも元気がない。オロチはシダクサが一人の人間に関心を向けることは新しい傾向だな、と分析している程度だ。
「多分お前は帝国に召喚されるだろう。そうなった時、どうする?」
「どうって、行くに決まってるじゃない」
「しかしだな……ミーナを連れ去ったのは明らかにお前が目的で……」
レオンとしては帝国の動向が読めない以上、下手な動きはして欲しくはなかった。
「良い。そしたら帝国を滅ぼす」
「無茶を言うな。今回だって一本の毒矢にやられているんだぞ」
『我らは祟り神だ。直接手を下す必要もない。それはお主らタールベルクが良く分かっているのではないか?』
結局、シダクサの祟りかオロチの祟りかは判明しなかったが、タールベルクへの祟りはひと段落したようだった。もっとも、戦況が芳しくないのは相変わらずだったが。ミーナを攫ったときに使われた魔法を封じる石が関係しているらしい。
「それは正直困るんだが……」
帝国が滅べば混乱は必須。それはそれで所属する王国は困るのだ。
「私たちだって、巫女を攫われて黙っているわけにはいかない」
「巫女だったのか」
どちらかというと執事か待女じゃないか、とレオンは思った。
「兎に角! 返事は待たなくて良い、すぐに私を帝国に連れて行って」
「それは無茶だ。お前はタールベルクでも完全に信頼されているわけじゃない」
レオンは腕組みをした。
「……連れて行けと言った。次はない」
気の立っているシダクサはレオンを蛇の身体で拘束した。レオンはギリギリと締め上げられ、顔を歪めた。
「わ、わかった」
「よろしい」
レオンが承諾すると、シダクサはあっさりとレオンを解放した。レオンは多少ふらついたが、直後に何事も無かったかのように直立姿勢に戻った。その頑丈さにはシダクサも賞賛を送りたくなる。
「出発は明日の早朝、手配をしておくように。それと、この国は私の行動に干渉する権利なんて無いから。今の私は薬師シノブではなくシダクサノカミっていうことを忘れないでね」
レオンは余裕をなくしたシダクサを、どこか悲しげな目で見た。
†
翌朝、シダクサを乗せた馬車が帝都を目指して出発した。同行する騎士にはレオンの姿もあった。これはシダクサの我侭ではなく、もとからその手はずだったことだ。
「帝都までは駅が整備されているから、馬を換えて走ることができる。明日の昼には到着するだろう」
レオンが騎士を代表してシダクサに告げる。他の騎士たちは何もしゃべらないシダクサやオロチを気味悪がって近づこうとしない。唯でさえ罪人扱いだった彼女が神とも魔獣とも知れぬ怪物と共に現れれば仕方の無いことではあるが。
シダクサはレオンに無言で頷き、出発を促した。
一方、連れさられたミーナはというと、綺麗な服を与えられ、どこぞの姫様のような格好をしていた。彼女が今居るのは帝都の城内にある一室である。
「浮かない顔ですね。あの小さな彼女のことですか」
この言葉はミーナを連れさった兵のマルクのものだ。彼は鎧ではなく、貴族の着るような服を身に着けている。
「……」
ミーナは彼と言葉を交わそうとはしないで、窓の外だけを見ている。
「安心してください、今朝、タールベルクからシノブと名乗る少女を保護したと知らせを受けました」
マルクの言葉に、ミーナの表情が僅かに動いた。
「彼女、帝都に来ますよ」
ミーナが振り返り、マルクを睨んだ。
「そう怖い顔をしないでくださいよ。私たちは彼女にこの地に留まってもらいたいだけなのです」
「なら、シダクサ様にそのように頼んでみればいいじゃないの」
無駄でしょうけど、とミーナは付け加える。
「だからこその貴女ですよ、わかっておいででしょう?」
マルクは笑みを浮かべた。
「……卑怯者め」
「何とでもどうぞ。しかし、アレンスは貧しいだけの国でしたが、良いものを発明してくれました」
マルクが懐から取り出したのは見覚えのある石だった。
「これを身体に埋め込めば、魔法が一切効かない代わりに自由に魔法が使えない。しかも魔力の流れをコントロールすることが出来るため、生かすも殺すも自由。実に素晴らしい!」
マルクが笑い、ミーナが歯をかみ締めた。
彼女は気を失っている間に、マルクの言うような石を身体のどこかに埋め込まれた。その石は元はアレンスが開発した魔法防御の品だったが、帝国に流出し、そこで悪魔の品へと変貌を遂げていた。帝国はこれによってミーナを帝都に縛りつけ、シダクサを留まらせようという魂胆なのだ。
祟り神は利用価値が高い。味方につけてしまえば強力な守護を得られ、敵には災厄が訪れる。諸刃の剣ではあるが、それを我が物としてしまおうというのが、今代の皇帝の考えだった。
「祟り神、面白いですね。これでこの帝国が大陸を支配するのも夢ではないということです」
「……」
「ああ、私は彼女の無事を知らせに来ただけなので、これで失礼しますよ」
マルクはそういい残して、部屋を出た。ミーナは広い部屋に一人残された。
ミーナは机に置かれていたペンを取り、先を自分の喉に向けて突き出した。
しかし、ペンの先は彼女に触れることは無く、例の石によって勝手に発動したミーナ自身の魔法がその行く手を塞いでいた。
「……シダクサ様」
ミーナはペンを床に落とし、見捨てて欲しいのか助けて欲しいのか、それも分からずに窓の外を見た。
†
シダクサを乗せた馬車は、滞りなく帝都へと到着しようとしていた。タールベルクの誇る正騎士団が何十人とついていれば魔獣も盗賊も出るに出れないと言うものだ。
「直に帝都だ。くれぐれも暴れないでくれよ」
レオンはシダクサに釘を刺した。
「……一先ず戦争を終わらせることを優先する」
「お前に暴れられるとタールベルクの立場が悪くなるんだ」
終わったら暴れると言わんばかりのシダクサに、レオンが呆れてため息をつく。
「それは貴方たちの都合でしょ。私には関係ないもん」
シダクサは駄々っ子のように言い張る。彼女の腕に抱かれているオロチはどこ吹く風といったようで、まるで会話に参加する気配もない。
「頼む」
「や」
「ミーナは俺たちからも探ってみる」
「いい」
「よくない」
「よくなくない」
「…………」
レオンは特大のため息をついた。
「……レオンは私がタールベルク側だと思われているから厄介なんでしょ?」
「まぁ……平たく言うとそうだ」
「ふぅん、わかった」
「何がだ?」
「秘密」
シダクサは一人納得して、うっすらと笑みを浮かべた。
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