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二十八話  二人での帰還


「もう少し速くできませんか!?」

 ミーナは生き残った一人の兵に怒鳴りつけるように言った。シダクサは大きくなったオロチのとぐろの中で眠り続けている。彼女の額には汗が浮かび、呼吸も荒い。

 シダクサが矢を蛇の身体で受けた際、その鏃に塗られた毒が彼女の体の中に侵入し、猛威を振るっているのだ。人の身では死に至るその毒を受けたシダクサは、文字通り死ぬほどの苦しみを受けている。


「これ以上は無理です」

 彼は特に焦りも見せずに淡々と答える。それがミーナをなおさら苛立たせた。

「このっ……!」

『落ち着け、ミーナ』

 今にも彼を御者席から蹴落としてしまいそうなミーナを、オロチがいさめた。

「でも……」

『我らの身体は大きい、矢についた毒くらいで死にはせん』

 ミーナは聞きながらも、シダクサをしきりに見ていた。オロチもオロチでいくつかの頭がシダクサを心配そうに覗き込んでいるので、どうにも説得力に欠ける。



「少し馬を休めます。構いませんね」

 狙いすましたように兵が言い、ミーナが彼を睨んだ。しかし彼はそんなことはどこ吹く風といった様子である。

『ミーナ』

「……わかってます」

 ミーナはぷいとそっぽを向いて、腕組みをした。彼女の人指し指はトントンと動いている。


「近くに川があります。馬を休めている間に汲んできて彼女に差し上げましょう。貴女も手伝ってください」

 馬車が完全に止まると、兵は不機嫌そうなミーナに無表情な顔で言った。 


 ミーナはちらりと伺いを立てようとオロチの方を見たが、彼はシダクサの看病で忙しいらしく、十六もある目の一つすらミーナに向けられていなかった。そんなオロチに苦笑しつつも、意外にシダクサを気遣う姿勢を見せた兵を少しだけ見直した。


「貴方、名前は?」

「マルクです」

 兵はそう名乗り、水の入れ物をミーナに差し出した。ミーナはそれを受け取り、自分も名乗った。




「綺麗な川ですね」


 少し歩いたところで、ミーナは美しい小川を目に映した。ガラスが流れているように硬い鋭い水流なのに、ちっとも忙しい風でもない。


「そうでしょう。こんな小さな川ですが、下流では向こう岸がかすむほどの大河になっているのですよ」

 マルクは水を汲み、きつく栓を閉めた。

「そうなんですか」

 ミーナも彼にならって水を汲もうと川の傍にしゃがんだ。


「水が澄んでいるから川底が見えるでしょう?」

 ミーナがマルクの言うとおりに川底を覗き込むと、少しぼやけた水面にマルクの顔が映っているのに気が付いた。彼は微笑を浮かべているようだった。


「本当に……」

 澄んだ水ですね、と言いかけて、ミーナは首筋に強い衝撃を感じた。


「おっと、危ないですよ」

 マルクはミーナを打った手で彼女の腕を掴み、ミーナが川に落ちることを防いだ。その顔はやはり微笑を浮かべていた。 



「ミーナ、貴女には帝国に来てもらいますよ」 

 ミーナは薄れ行く意識の中で、マルクが無表情に戻っていくのを見た。







     †





 オロチはいつまでも帰ってこないミーナたちを不思議に思った。彼女らが馬車を離れてもう二十分は経つ。


『やれやれ……シダクサの次はミーナか』

 オロチはみるみる身体を膨らませ、馬車の屋根や壁を身体で押し破った。車輪もあまりの重さに分解され、馬車は木屑と成り果てた。彼は中央の頭の上にシダクサを乗せており、そのままずるずるとタールベルクの城へと這い出す。


『あの小僧、帝国の人間であったが、まさかミーナを連れ去るとは』

 オロチはため息をつきそうな雰囲気だ。彼はその憂さ晴らしか、木々を吹き飛ばしながら森を突っ切る。



   †




 タールベルクの王都までは一時間とかからなかった。これは巨大なオロチであったから出来た芸当だ。当然だが、オロチを発見したタールベルク王都は蜂の巣を突いたどころの騒ぎではなかった。

 末席の雑兵から騎士、あるいはギルドの連中も総出のお出迎えだ。



『我に敵うと思うな人間ども! 大人しく城までの道を空けよ!』

 オロチは都中に轟くような声を発した。それだけで対峙している者達に恐怖と混乱を与えた。


 オロチはゆっくりと王都の城壁に近づき、城壁に並んでいる正騎士たちにひとつの頭を近づけた。混乱した兵たちから魔法が飛んでくるが、オロチは身を縮めて耐えた。

『レオンハルトは居るか?』

 彼に問いかけられた正騎士は口をパクパクさせるだけで声が出てこない。

『しゃべれる人間は居ないのか?』

 オロチは情けない奴め、と鼻息で彼を吹き飛ばした。


「俺はここです」

 狭い通路に溢れる人を押しのけて、レオンハルトが姿を現す。

「そのようなお姿で、どういうおつもりですか?」

『急ぎだ。レアにシダクサを治療してやってくれないか』

 シダクサの名を聞いてレオンは眉を僅かに動かした。

「……シノブがどうかしたのですか?」

『毒矢を受けた。目を覚まさないのだ』

「何故、矢など」

『アレンスからの口封じだ。利用し終えた我々は邪魔だったのだろうよ』

「……分かりました。医務室に連れて行きます。彼女はどこに?」

 レオンハルトの問いかけに、オロチはシダクサを乗せた頭を彼の目の前に持ってくることで答える。

『レオンハルト、そなたとレア以外にシダクサに触れたものは殺す。そのつもりでいろ』

「はい」

 レオンハルトはオロチの頭からシダクサを降ろし、横抱きに抱えた。

『早く行け、我も後から行く』

「分かりました。おいディー、お前は正門まで行ってオロチ様を医務室まで案内して差し上げろ。それと全員撤収! 戦闘態勢は解除だ!」

 レオンは言い終わると小走りに走り出し、医務室へと向かったが、取り残された兵たちは皆、呆気に取られるばかりだった。






   †





 医務室に運ばれたシダクサは、レアによって治療を受けた。以前シダクサがレアに教えた知識の中に、血清療法というものがあったのだが、今回はそれが役に立った。


「蛇の毒、か。シノブは一応蛇の神じゃなかったか?」

 そう、矢に塗られていたのは蛇の毒だった。これが蛇の神であるシダクサを苦しめているのだから、ずいぶんと皮肉なものだ。


『……我らは毒は持たん』

 オロチもどこか決まりが悪そうに言った。彼は人より一回りほど大きいくらいの大きさになっており、シダクサの眠るベッドの傍らにとぐろを巻いている。


「しかし、良く生きていたものだ。人なら確実にあの世逝きだな」

 どこかでシダクサのことを疑っていたレオンも、これによって考えを改める必要が出てきた。そんなこともあってか、彼は眉をひそめている。



「ところでオロチ様、アレンスは本当にそのようなことを?」

 レオンハルトがオロチに確認を求めた。オロチはレアがシダクサに治療をしている間に、レオンに城を出てからのあらましを教えていた。


『間違いない。シダクサは兎も角、我は嘘をつかん』

「まぁそうなのでしょうけど」

 何かにつけて神様らしいのはやはりオロチだ。

「そうなると、帝国が出てくる、か……。しかし、ミーナを連れ去ったのも帝国の人間……」

 レオンは暫く考え込んだ。


「わかりました。ミーナを連れ去ったという輩については理解しかねますが、それは伏せて王や参謀部に何とか説明してみましょう」

『うむ、頼んだぞ』


「そうだ、レオン」

 レアが思い出したように言う。

「シノブが起きたらまた謝れ」

 


 








 






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