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二十七話  蛇に毒

 オロチの脅迫から数十分も経たないうちに、シダクサらは兵に声を掛けられた。


「馬車の準備が整いました。こちらへ」

 兵がそれだけ告げて先導を始めるた。そのぶっきら棒な対応にシダクサは寧ろ口元を歪め、奇異の目で見られながらも颯爽と歩く。


『早かったな』

 馬車へと案内される途中、オロチが口を開いた。彼の声で、先導の兵が僅かに肩を振るわせるのが見て取れる。

「頭を抑えるとこんなものだよ」

『英雄も保身に入るか』

 侮蔑の色をにじませながら、オロチが言う。

「結果としてはそうとも言うけど、私たちと敵対するより賢明だと思わない?」

『確かに。勝てぬ戦とまでは言わないが、殺してもそれで終わりではないのが我らだ』

 オロチの言うのは祟り神の死に際の呪いのことで、その呪いは現在タールベルクに掛けられている祟りの比ではない。前回その呪いを受けたスサノオは元の世界での転生が出来なくなってしまったので、今この世界に流れ着いているという経緯があるのだが、それは余談だ。






   †





 シダクサらを乗せた馬車は、ひたすらに草原の道なき道を行った。車輪は此処まで来るまでに何度か壊れた、それぞれが不揃いだ。荷物にも替えの車輪がまだいくつか乗せられている。


 馬車には事情を知っている兵十人ほども同行しているが、オロチやシダクサの威圧感で皆終始だんまりであり、車輪の音や馬が鼻を鳴らしたりする音以外はなにもない。

 

 


 そんな状況が何日も続いた。





「ねぇ、兵隊さん」

 たびたび沈黙を破るのはシダクサだった。彼女は馬車に同乗しているタールベルクの兵に話しかける。名前はまだない。

「なんでしょうか」

 返事をした彼の顔や声には、表情も抑揚もない。

「まぁまぁ、そう堅くならないで?」

 シダクサは笑顔を見せたが、それが返って悪い方向へ向くことは想定していなかった。

「何の用でしょうか?」

 彼は寧ろ警戒を強めてシダクサに応じた。

「まぁいいや。最近、正騎士団副団長のレオンハルトの噂とかない?」

「存じ上げません。お力になれずに申し訳ございません」

「……うん、そうだね」

 取り付く島もない、とはこの事だろう。シダクサは何度めかになるため息をつくのであった。




  †





 日も暮れ始めた頃、森の縁を沿うように馬車が走っている時だ。不意に大きな衝撃がきて、馬車が止まった。兵士たちは焦りと言うよりはやれやれという呆れた表情をしている。


「車輪が壊れた、交換するぞ。五人ほど見張りをしてくれ」

 手綱を操っていた兵が、後ろに呼びかけ、兵たちは慌ただしく動き出した。森のそばと言うことは魔獣の心配がされる。故にじっと止まっている時間は危険なのだ。



「これじゃあ先が思いやられるね。あとどのくらいで王都に着くかな?」

 シダクサは蜂のように動き回る兵たちを頬杖をつきながら眺めている。

「あと半日は掛かるんじゃないですか?」

 ミーナは壁にもたれて座っている。彼女も長時間馬車に揺られて疲れた様子だ。そんななか、馬車に乗った兵だけは背筋をぴんと伸ばして座っている。

「退屈だなぁ……」

 シダクサがごろりと仰向けに寝ころんだ。

 

 すると、先ほどまでシダクサの頭があったところを、一本の短い矢が通り抜けた。矢は窓から入って、もう一方の窓から出て行き、ちょうど窓の外に居た兵の槍に刺さった。


「退屈……かなぁ?」

 彼女は寝ころんだまま呟いた。



「森より敵襲! 応戦し……!」

 途切れた声から推測するに、森から一方的な攻撃を受けているらしい。馬車の中にいる兵士は窓の雨戸まで閉めて、矢が入り込まないようにした。シダクサはオロチを腕に抱いてごろごろとしている。


 しばらく馬車の外は騒がしかったが、やがて静かになり、閉ざしたはずの馬車の戸が開かれた。同乗の兵が剣を抜いて牽制する。


「お前がシノブか?」

 黒っぽい服に身を包んだ男が馬車に乗り込んできた。彼とその後ろの者が手にする石弓は、シダクサたちに狙いを定めている。


「人違いです。他を当たってください」

 シダクサは上半身だけ起こして面倒くさそうに答えた。 

「……お前がシノブだな?」

 男は弓を構えなおした。

「知ってるなら聞かないでよ。で、何?」

 シダクサは機嫌が良くない。賊に襲われて機嫌がいい筈は無いのだろうが。


「お前にアレンスに不利な証言をされちゃあ困るんでな。ここで消えてもらう」

「そう……ミーナは?」

 シダクサはミーナをちらりと見た。賊どもには、シダクサは従者を気遣う立派な主に見えたことだろう。ただ、心配もされない兵が気の毒だ。

「そいつにも用はない。仲良くここで死んでもらうじゃないか」

 男たちの石弓から矢が一斉に放たれた。が、ミーナの張った風の防壁でそれらは阻まれた。


「風の魔法師か!」

 男の一人がさっと懐から石のようなものを取り出し、上方に翳した。その石はぼんやりと光を帯び始め、何となく嫌な雰囲気を放った。


「なぁに、それ?」

 シダクサは好奇心でつい尋ねてみた。

「さぁな」

 男は石を翳していない方の手を振った。それを合図に再び矢の雨が浴びせられるが、ミーナの張った防壁は健在で、一本の矢も通さない。



「壁が……!」

 ややあって、防壁が揺らぎ、そのまますっと消えてしまったのだ。ミーナは迫りくる矢をただ見つめるしかなかった。




 ミーナの魔法が消えていたにも関わらず、矢は彼女らに命中することはなかった。矢は全てはじかれるか、空中で停止していた。空中で止まっている矢の先からは赤い液体が滴り落ちるという怪奇現象が起きている。


「何故だ! 魔法は封じられているはず!」

「やっぱそういう効果の石なのね」

 シダクサは立ち上がろうとしたが、ちょっと驚いたような表情をしてそれ止めた。オロチが、どうした? と彼女に問いかけたが、シダクサは歯を噛み締めるだけだった。


「……死んじゃえ」

 

 シダクサが声を低くして男を睨むと、その両眼が紫色に淡く光った。次の瞬間、石を翳していた男が糸の切れた操り人形のように崩れた。


「ミーナ」

「はい!」

 

 シダクサの合図と共にミーナが剣に風を纏わせて突撃した。一歩遅れたが、兵もそれに加わって反撃を開始した。異常事態に一歩対応の遅れた襲撃者たちは次々と切り伏せられる。


 シダクサは壁にもたれかかって、ミーナたちの戦いぶりをぼんやりと見ている。


『眼を使って……どうしたと言うのだ?』

 顔色のよくないシダクサを心配して、彼女に抱えられていたオロチが声を掛けた。

「あはは……身体が、痺れて……上手く、動けないや……」

 シダクサは力なく笑って、ぽすりと椅子に倒れこんだ。オロチはシダクサの腕から放り出され、床に転がり落ちた。

『シダクサ!』

 オロチは普通ではないシダクサの様子に焦りさえ見せる。

「ごめんオロチ様、ちょっと休ませて……」

 シダクサはそれだけ言って、静かに目を閉じた。


 ミーナはその瞬間を見ていたわけではないのだが、シダクサの危機を戦いながら感じていた。

「邪魔よ!」

 彼女は通り過ぎ様にアレンスからの襲撃者の首を刎ねる。


「シダクサ様、すぐ終わらせます!」

 







 

馬車は戦闘フラグなようです

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