二十三話 それぞれの、
宣戦布告から二週間が経とうとしていた頃、第一回となるアレンス・タールベルク間の戦いが国境付近で繰り広げられたという知らせが届いた。両国の国境防衛隊同士の衝突で、魔法の打ち合いだけにとどまったというが、その火力差でアレンスが勝ったそうだ。
この初戦の勝利によってレジスタンスが動きづらくなったのは明らかだ。国民はこれからの勝利に期待してしまっている。勝利を重ねれば、国土が増え、国力が増加する。どん底の毎日を送っている民はそれによる生活の向上を疑わないのだ。
「思わしくない動きですね」
レジスタンスのアジトでは話し合いの場が持たれた。ミーナも幹部の中に混じって参加している。
「そうだな。現時点で反戦を望む者が少なくなったということは否めない」
「このままアレンスが押し切ってしまうということはあり得るでしょうか」
ミーナが国情を良く知る幹部に尋ねた。
「……それは考えにくいな。タールベルクはアレンスより一まわりや二まわりも強い国だ。今回の勝利が運によるものなら、そう長くは続かない。それに、この敗北によってタールベルクは本腰を入れてくるだろうよ。噂じゃあ正騎士団の中隊が出張ってくるとかいってたな」
正騎士団と聞いて、ミーナはレオンを思い浮かべた。彼は正騎士団の副団長だ。もしかしなくとも、今回の戦争には参加している。
「それでは、これからは負け戦か」
やれやれと、しかしどこか嬉しそうに言う幹部。レジスタンスなので仕様がない。
「そうなるでしょうね。正騎士の噂が本当なら、こちらの負けは色濃くなるわ」
女性の幹部の意見だ。レジスタンスはなにも男だけの集まりではない。
「我らの作戦の結構は三度目の敗戦の知らせが届いた日だ。三度目にもなれば皆、目を覚ますだろう。期間はまだ十分にある。それぞれの持ち場を十分に調べ、失敗のないよう努めろ」
「了解だ」
「そうね」
このような確認がなされ、話し合いは終わった。
ミーナの持ち場は、当然のように例の牢獄だ。これは彼女たっての願いであり、幹部たちの総意でもある。牢獄には捕まったレジスタンスの仲間もおり、彼女がその救出の役割も負う。大役を仰せつかったのはミーナの戦闘力の高さが証明されているからだ。
ミーナは下調べの段階で、牢獄の看守として潜り込んでいるハンスと話す機会があった。
「それではシノブ様は無事なんですね」
「ええ、それはもう。毎日僕をからかってくる余裕すらありますから」
ハンスは苦笑いを浮かべながら語る。
「もう何週間も飲み食いをしていないというのに、不思議な方です」
ハンスはこっそりシダクサに食事や水を運んだことがあったのだが、すべて断られていた。「私のせいで貴方が罰せられるなんて耐えられないよ! とか言うとかっこ良くない?」とか何とか。それでも赤面してしまったハンスを責めてはいけない。
ミーナはそんな戯れがシダクサ様らしいな、と微笑を浮かべた。
「彼女には神様がついているんですよ」
ミーナが微笑みながら言う。決して妄言や方便でもない。
「ほんとうに。違いありませんね」
†
一方、タールベルクの城にて。一戦目の敗北を知った参謀本部は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
「先の戦闘においては出動した第九騎士隊と第二、第三魔法師隊ならびに第二剣士隊のうち、第二魔法師隊と第二剣士隊が半壊、他の隊の損害は軽微との報告です」
「アレンスを舐めすぎであると、私は進言したはずですぞ!」
参謀の一人がそれ見たことか、とばかりに叫んだ。
「結果は結果だ。仮定の話などいくらでも出来るわ。時間を無駄にする発言は控えろ」
「良い様に言っているだけではありませんか! 責任はどうなさるおつもりか!」
「黙れ!」
声を張り上げたのは、正騎士団団長オスカー。彼のとなりには腕組みをしているレオンの姿もあった。
「責任の追求は戦後でよかろう。今は振り返っている余裕などはないのだろう? 我らはアレンスを舐めている場合ではないようだしな」
「は……」
自分の発言を上手くくるめられてしまい、叫んでいた参謀はしぶしぶ引き下がった。
「次の戦には正騎士団からも兵を出そうと思うが、意見を聞かせてくれ」
「正騎士団の役割は王都防衛のはずですが?」
「その通り。しかし我々が椅子に座って傍観してよい戦況でもあるまい。中隊を一つ、これでどうだ?」
「確かに、それならば王都の防衛にも事欠きませんな」
「私も賛成です」
「異議なし」
「異論がないようならその用に手配しよう。ほかには第一、第三騎士隊、第四から第七魔法師隊、第六、第八剣士隊を動員する。これについては?」
このように作戦が練られていき、二戦目の準備が整えられた。会議が終わった部屋に、レオンと正騎士団長オスカーの二人だけが残っている。
「なぁレオン。あの薬師が本当にアレンスの王を毒殺したと思うか?」
オスカー団長がレオンのほうを見ずに尋ねた。
「……どうでしょうね」
「庇うこともしないか。お前の友人ではないのか?」
「私は彼女に失望しました、友人ではありません。ですから信用もしていません」
レオンがきっぱりと言うと、オスカーはそれに苦笑した。
「あの子が王家を利用したって言う話だろ?」
「そうです、彼女は王陛下や王子殿下らを利用し金や名声を掠め取りました」
「まぁ、そう見えなくはないな。お前は間違っちゃいないよ、レオン」
レオンはオスカーが何か言いたげだと思い、沈黙を守った。
「だが、お前はどうだ?」
「は? というと?」
意外な質問に、レオンは戸惑いを見せる。
「お前は、王家を利用したことはないか、ということだ」
レオンは眉をひそめてオスカーを見た。
「……正直に言おう。俺は王家を利用している。自分の剣技や魔法の才を王の住まう城に押しかけて売りつけた。その結果、今の地位と名声、そして金を手に入れた。お前はどうだ?」
「俺は……!」
レオンは憤慨して机を叩きそうになったが、オスカーが手でそれを制した。
「心の中は見えない。外見をみたら、俺らもあの子もやっていることは同じだろう?」
「…………失礼します」
レオンはややあって、参謀本部の部屋を後にした。
「お前のまっすぐな性格は嫌いじゃないんだがな……。まっすぐ過ぎるというのも問題なんだよ」
オスカーは去り行くレオンの背中を見ながら呟いた。この声は彼には届いていないだろう。
「薬師の嬢ちゃんも可哀想に。きっと嵌められたんだな。生きてればいいんだが……」
やれやれ、とオスカーは世の中の悲劇にため息をついて誤魔化す。
「ため息とは、歳を取りましたねぇ、オスカー団長」
オスカーは何時の間にか部屋にいたレアに目をやった。
「まだ四十だ」
「歳をとりましたね、オスカー団長」
「……何をしに来た」
オスカーが背もたれに身を預け、呆れたように言う。
「いえ、シノブのことを信じているのが意外で」
「お前は信じているのか?」
「勿論」
「理由は?」
「私だったらそんなことをしないからですよ」
レアは不敵に笑った。
「なるほどな。あの子もお前みたいな笑い方をしていた気がする」