二十一話 悲劇のヒロインと道化
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謁見をした日の内に薬を提出できたシダクサは、翌朝に城下に下りる許可を得た。シダクサはオロチを頭に、ミーナを後ろに従えて町へと繰り出す。
「まずは銀行との約束。金塊を受け取りに行こう」
一週間という期間はとっくに過ぎていたが、客が遅れる分には表立って文句は言われない。
「でもシダクサ様、馬車もないのに大丈夫ですか? かなりの量でしょ?」
馬車はバント男爵領に置いてきぼりなので、一行は現在徒歩だ。
「大丈夫大丈夫。私たち、これでも神様なんだよ?」
「はぁ」
意図はよくわからないが、小さい身体で胸を張っているシダクサがちょっと可愛いと思ったミーナだった。
†
銀行に行くと本人確認のためにサインやら指紋やらをとられ、かなりの時間を待たされた後に金塊の受け取りを許可された。
「奥の部屋にご用意させていただきました。どうぞこちらへ」
係の女性が出てきて、シダクサらを案内した。案内された部屋は地下にあり、しかも全ての面が鉄で覆われている金庫部屋だった。その中央に積まれていたのが、シダクサの受け取る大量の金塊で、小さな山になっているほどだ。
「1511億を12.5キロの金塊にして、4874本となりました。端数につきましては手数料や税として徴収いたしましたので、ご了承ください。また、運び出しは困難でしょうから、こちらの金庫を年単位で貸し出しをしておりますが、如何なさいますか?」
運び出しは困難、というのもこの金塊は総重量にして約61トンある。それを人二人では到底運び出せまいという至極真っ当な判断だ。
「今日中に運び出すので結構です。ですが、今日一日は人払いをお願いします」
「畏まりました。それでは失礼します」
「さて……」
シダクサは案内の女性が出て行ったのを確認してから、金塊の山に向き合った。
「……まさか、食べちゃうんですか?」
もしや、とおそるおそるミーナが尋ねる。
「そんなことしないよ。こうするの」
シダクサはそう言って、一つ手を叩いた。すると、目の前の金塊の山がふっと消えて一本の櫛になった。ミーナが固まっているうちに、シダクサは髪を簡単に結って櫛を髪にさした。
「はい、終わり」
「えええぇ!」
シダクサが使った技は、スサノオがクシナダヒメを櫛に化身させた技を参考にしたものだ。生き物を櫛に変えられて、物を櫛に替えられない道理はないのだ。
因みにこういった技は神としての力より器用さが求められるため、オロチは使えないがシダクサは使える技となっている。
「ねぇ、似合う?」
髪型を変えたので出来栄えをオロチに尋ねるシダクサ。
『うむ、よく似合っているぞ』
「えへへ」
シダクサはオロチにほめてもらえてご満悦だ。
「…………」
ミーナは開いた口が塞がらない、を体現するばかりだったが。
†
城に戻ったシダクサは、ベッドの上でころころと転がり、無為に過ごした。この王国――名はアレンス王国――は、前のタールベルク王国と違ってどこか活気がないので、城の中でさえ出歩く気が失せる。
シダクサはレアやレオンは今頃どうしているのだろうと思いを馳せた。ミーナもミーナで思うところが色々あるらしい。
彼女らが部屋の中でどんよりと沈んでいると、戸がノックされた。
「シノブ様、いらっしゃいますか」
「……ええ。何か?」
思考の海から浮上して、シダクサが答えた。すると失礼します、という声と共に戸が開き、待女が一礼した。
「陛下の容態が芳しくないとのことです。今一度陛下の下へ参上願いませんでしょうか」
「わかったわ」
シダクサは面倒くさそうに身体を起こした。
「私は行くけど、ミーナはオロチ様を連れて町に隠れてくれる?」
待女が下がったのを見計らい、シダクサが口を開いた。
「隠れる……?」
「そ、誰にも見つからないようにね。それと、時が来るまで戻ってこないこと」
「何故ですか?」
ミーナは突然の指示に戸惑いを隠せない。
「私が教えると思う?」
シダクサは意地の悪い笑みを浮かべている。
「……いえ」
「なら、早く行きなさい」
「はい」
ミーナはシダクサからオロチを受け取ると、そのまま窓から飛び降りた。高さは地上10mほどだが。
「さて、と」
シダクサは窓を閉めてから、部屋を出て行った。
王の容態は目に見えて悪くなっていた。
「薬はお飲みになられたのですか?」
シダクサは王付きの待女に尋ねた。
「はい、昨晩の内に」
「……そうですか」
シダクサはぜいぜいと苦しそうに息をする王を見た。彼の傍には王妃やまだ幼い王子や王女、さらに彼の弟まで控えている。
「シノブ殿はどんな病でも治せるのではなかったのですか!?」
生き絶え絶えの王を見かねて、王妃がヒステリックになって言う。シダクサは苦い表情をするしかなかった。
「もう一瓶、薬をお出しします。夜が更けてもご容態が良くなられないようでしたら、こちらを差し上げてください」
シダクサはガラスの小瓶を王妃に手渡した。
「時間になる前には薬を差し上げなさらないようお願いします。返って体調を崩されてしまうかもしれません」
シダクサはこの場にいる全員に対して釘をさし、そそくさと部屋を出た。
†
翌朝、王の逝去の知らせが城中、国中に広まった。
「シノブ殿、貴女には陛下の薬に毒物を混入させた疑いがかけられております。ご同行を」
朝早く――というよりは夜遅く、シダクサは身柄を牢に移された。
王は二つ目の薬を飲む前に息を引き取ったのだという。そして、二つ目の瓶に入った薬を少量動物に飲ませたところ、王と同じような症状を発症して死んだそうだ。
これを以って薬師シノブによるアレンス国王毒殺の容疑が固まった。さらに、王位を継いだ亡き王の弟オスヴァルトは、暗殺者を送り込んだとしてタールベルク王国に宣戦布告、アレンス・タールベルク戦争が幕を開けた。
†
ミーナは町に潜伏しつつ、状況を整理していった。
「(シダクサ様は訳も無く毒殺するなんてことはしないわ。つまりこれは誰かが仕組んだこと。
この事件で得をしたのはタールベルク国、もしくは王位を継いだオスヴァルト。
でも、王都へ向かう途中の妨害やシダクサ様の薬をすり替えることはアレンス国の状況を良く知っていて、かつアレンスの城に入る必要があるから、タールベルク国からの工作は無理ではないにせよ困難。
現状で一番簡単に事を運べて、得をするのはオスヴァルトだけ)」
『ミーナ。そう暗い顔をするな』
ミーナが肩からかけている鞄から、オロチが声を掛けた。今、オロチは堂々と外を歩ける状況にない。
「オロチ様……でも、シダクサ様は捕まってしまったと言うじゃないですか」
『心配ない。シダクサは我が生きている限り決して死なん』
「それでも、痛みは感じます」
ミーナは剣で刺されたシダクサの苦しそうな顔を忘れられないでいた。
『それでも焦るな。シダクサは強い。それにシダクサの言葉を忘れたわけではあるまい、時を待てと』
「……分かっています」
ミーナは拳を握り締めた。
「前回の戦争は良い結果を得られませんでした。むしろ悪かったと言えるでしょう。その記憶がまだ薄れていないのが幸いです。今の苦しい生活からさらに悪くなるのではという恐れが国民の心にあります。それを利用します」
ミーナは路地裏を歩きながらオロチと今後の話をする。
『レジスタンス、か』
「はい、水面下ではすでにその動きがあるようです。それに便乗・扇動し、城に攻め込みます」
『問題はシダクサだ。どちらが勝ったとしても処刑を望む声が出るのは必定……』
「民衆というのは、苦難においてのヒロインの登場を望んでいます。シダクサ様には革命のヒロインを演じてもらいましょう。私がそのように仕立て上げて見せます」
ミーナは僅かに笑みを浮かべた。
『ふむ、異論はない』
「私は、幕間の道化だって構わないのですから」