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二十話  道中、王都への

 シダクサはミーナに剣を向けたことにかこつけて、男爵家を滅ぼした。彼女は使いに王へのお詫びの手紙を持たせて王都へ遣った。町人らにも男爵の死を告げ、町の統治は町長に丸投げした。こうして自治町が誕生したのだった。


 

 シダクサは現在、一階だけとなった男爵邸に留まっている。使用人も何人かは残っており、シダクサが給与を与えている状態だ。

 


 彼女は王からの返事を待つ期間、無償で町の人に薬を振る舞うというパフォーマンスを繰り返した。その効果もあり、今ではシダクサが町を歩くと、皆一様に頭を下げるようになっていた。





   †


 


「シダクサ様、使者が到着しました」

「ん、通して」

 シダクサは食卓のようなテーブルに、これまた庶民的な椅子に腰掛けている。この部屋は元は使用人の食堂で、椅子も館のなかでも安いものだったのだが、これが一番座りやすかった。そんな理由でシダクサはこの部屋を好んで使用していた。


 やがて使用人が王からの使いをその部屋につれてきた。まさか食堂に通されるとは思っていなかった使者の男はきょとんとしている。


「遠路わざわざお疲れさまです」

 シダクサは部屋に合わない丁寧な礼をした。

「いえ……。この部屋は一体?」

 さすがに無礼だと使者は内心憤っているようだ。

「申し訳ございません。他の部屋にはその、血が」

 シダクサが思わせぶりに言いよどんだ。ちなみに血が、壁についているわけではないのだけどなんとなく居心地が悪くて、と続くはずの台詞だ。

「そ、そういうことなら仕方ありませんな」

 どんな惨劇の後を想像したのか、使者の男は青ざめた。一歩間違えば彼も壁のシミになりかねないのだから仕様がない。シダクサがおとなしくしているという保障がない以上、ここは彼にとって敵地も同然だ。


「それで、王陛下はなんと?」

 待女のひとりが使者にお茶を差し出した頃合いで、シダクサが切り出した。

「陛下は男爵への行為は不問とすると仰っています」

「それは有り難いことです」

「ただし、シノブ殿を王都へお連れしろとの命を受けています。ご同行願えますか」

 使者は王からの書状をシダクサに手渡した。シダクサは拝見します、と言いながらそれを受け取ると、確かにその旨が書いてあった。


「陛下のご命令とあらば、逆らうわけにもいかないでしょう」

 シダクサは書状を傍に控えていたミーナに渡しながら答えた。

「助かります。明日には出発したいと考えておりますが、よろしいですね」

「ええ、構いません」








 翌日の昼前、使者の用意した馬車にシダクサとオロチ、そしてミーナが乗り込んだ。馬車の周りには八騎の騎兵が付き、護衛兼見張りは万全と言える。

 ミーナは自分たちの馬車でないため落ち着かない様子だ。


「四日ほどの辛抱です」

 使者の男はそう告げてから、自分はもう一台の馬車に乗った。彼の馬車はシダクサを乗せた馬車より質素な外観で、シダクサたちが賓客であることを表している。シダクサには、それがどうも胡散臭いと思った。


 









 出発から二日目の夕刻。馬車の外がどうも落ち着かないことにシダクサたちは気が付いた。

「何かあったの?」

 窓から護衛の騎士に声を掛けるが、

「ご心配には及びません」

 の一点張りだ。


「盗賊か魔物でしょうか?」

「そうでしょうね。ま、関係ないけど」

 シダクサは興味なさそうに欠伸をした。しかし馬車は加速する一方で、しきりに鞭の音がする。



 限界まで速度を上げた馬車に大いに揺られて数分、ついに馬車が止まった。その止まり方は乱暴で、シダクサは前につんのめって椅子から飛ばされ、前に座るミーナに受け止められた。


「何事ですか?」

 ミーナがシダクサを元通り座らせながら、外の騎士に尋ねた。

「少々危険ですので、窓を開けずにお待ちください」

「はぁ……」

 既に抜刀している騎士に指示され、ミーナはそれに従った。すぐに辺りは剣戟の音や魔法の音で溢れ、騒然とした。ミーナが何が起こっているかをガラス越しに覗き見た。不意に、彼女の視界が真っ赤に染まった。炎の弾が迫っていたのだ。

「っ!」

 ミーナはさっと窓から離れ、シダクサを抱えて反対側のドアを蹴破り外に出た。飛び出したミーナの身体は地面を一二回転してようやく止まった。炎の魔法をくらった馬車はあっという間に燃え上がった。


「ありがと、ミーナ」

「いえ」

 ミーナは答えもそこそこにレイピアを抜き、周囲を警戒した。よく見ると、前方の使者の馬車も同じように燃えている。

「襲撃者は退散したようです」

 ミーナは剣を納めた。

「でも足を潰されちゃったね」

 シダクサは燃えている二台の馬車を見て、ため息をついた。


 彼女らの元に騎士がやって来て、守りきれずに申し訳ないと謝罪してきた。彼に状況を訊くと、こちらの損害は馬車二台との馬三頭が焼死、五頭が大怪我だが人的被害はなし。あちらには大した損害はないそうだ。

「負けたのね」

 シダクサが容赦なく言う。

「は、申し訳御座いません……」

「無事な馬は四頭だけなんでしょ?」

「はい」

 これは明らかな妨害だ、とシダクサは思った。馬を潰してかつ乗り手は生かす。こうすることで集団の移動速度は目に見えて遅くなるだろう。


「シノブ様は馬にお乗りになれますか?」

「いいえ」

「それでは私が馬を引きましょう。おとなしい性格なのでご安心を」

 という風になり、騎士の大半は歩きとなるのだ。





   †




 王都に到着したのは、予定から五日遅れてのことだった。シダクサは騎士が手綱を引く馬の背に乗り、ミーナは全ての道のりを踏破した。


 一行は王都に着くなり城に直行したが、それでも印象の良くない謁見と相成った。


「シノブ殿、表を上げよ」

 お決まりな謁見をそつなくこなすシダクサ。

「王陛下の御招致に遅れてしまい、まことに申し訳御座いませんでした」

「よい。盗賊が出たそうではないか。まず無事で何より」

 王はそう言って笑うが、彼の顔はどこかやつれた雰囲気だ。

「有難う御座います」


「して、バント男爵領での件についてだが、ゴホッコホ……!」

 王は深い咳をして口を手で覆った。

「陛下、」

「大事ない……すまんな。例の件は条件付で不問とする。バント男爵は横領を繰り返していた罪があり、罰が早まっただけだという判断だ。本来ならそれでも罰を与えるのだが、ほかでもない奇跡の薬師シノブ殿だ。この国のために少しの力を貸してくれるだけで不問としようではないか」

 彼はやっと聞き取れる程度の声で喋る。

「御意のままに」

 

「シノブ殿」

 シダクサが王に頭を下げると、王ではない男性から声が掛かった。

「手始めに、我が兄の病を治していただきたい。先日からあのように咳が止まらないのだ」

 彼は王の弟であるオスヴァルト公爵だ。

「勿論で御座います。すぐに薬の用意をいたしましょう。陛下、これにて失礼いたします」

 シダクサは謁見の間を足早に退出した。



 


 シダクサは意向に沿うように、早々に薬をこしらえてしまうつもりだった。しかし薬師シノブの名を聞いていた城の薬師たちが、シノブを一目、神獣を一目、と押しかけてきて、思うように作業が進まない。


「あぁ……煩い」

 シダクサは誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。

『全員神隠しにあわせてやろうか』

「いいよ。面倒くさいし、薬っぽい味がしそうでヤダ」

 シダクサは小声でオロチに言った。彼女はざわざわとするギャラリーに背を向け、オロチを撫でている。この行為は魔獣を落ち着かせながら鱗を取るのだという風に周囲に理解された。


 そして薄くて小さな鱗をすりつぶして小瓶に詰めるだけという、薬師をバカにしたような工程を披露してちょっとした騒動は幕を下ろした。




 

 一週間以上の期間を一話に押し込んだお粗末回ですが、お許しをo(_ _※)o



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