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二話  オロチ様?

 食事を終えたヤマタノオロチはシダクサを地面に下ろしてから、やはり紫色のオーラを纏いながら、ふっと小さくなった。


小さくなってからも少々物足りなかったのか、手近なところにいた虫を啄ばんだが顔をしかめたシダクサがそれは止めさせた。



「オロチ様、私たち割と途方にくれているような状況だけど、どうしよっか?」

『とりあえず寝床だ。どれ、適当な城でも落とすか』

「貴方はお城潰しちゃうでしょ? それにここの魔法使いがどの程度の実力か分からないうちは目立たない方がいいよ」

 シダクサはこれ以上オロチが虫を食べないように彼を抱きかかえた。間接的にとはいえ虫を食べるのには抵抗がある。


「近くの村に行きましょう。危機感の薄い農村のほうが受け入れてくれるわ」

『そうだな。ならばこっちだ、乗るか?』

「ううん、オロチ様は目立つからこのままで」

『承知した』



 この世界には魔獣使いと呼ばれる人がいるそうだ。これはシダクサにとって都合がいい。


オロチの禍禍しさは明らかに使い魔のそれではない。ここでの使い魔はどちらかというと光り輝くばかりの美しいものだという。ペガサスやユニコーンを思い浮かべると良い。


さらにオロチは使い魔としての契約もしていない上に、魔力を自己調達するという規格外。つまり使い魔としての条件をひとつもクリアしていないわけだ。


そこでオロチは魔獣の子供でシダクサはその主人の調教師である、という設定がなされた。



「それと、オロチ様は人前でしゃべっちゃだめだよ」

『シダクサも神の力を使うでないぞ』

「大丈夫、私だって昔は人間やってたんだから」

『そういう発言も控えるのだぞ?』

「はいはい、分かってるわ」



 いろいろとこれからの対応を決めていくうちに村の明かりが見えてきた。ぽつりぽつりと橙色の光があり、夜空の延長のようだ。


 シダクサはほっと一息をついて残りの道のりを急いだ。


「ごめんください」

 シダクサはオロチを腕に抱えて、一つの家の戸を叩いた。 


「はい、どなたですか?」

 戸はすぐに開いて中から若い女性が出てきた。

「あの……私シノブと申します。旅の途中でしたが、先ほど森の中で魔獣に襲われて荷を……どうか、どうか一晩泊めていただけないでしょうか」

 シダクサは目に涙を浮かべながら懇願した。彼女の容姿は生贄に選ばれたほどであるからそれ相応に整っており、年齢も十と少し、同性相手にも庇護欲を掻き立たせるに十分な素養があった。


 因みに彼女は相当に古い感覚を持っており、真名を明かさないのが普通だと思っているため、シノブと名乗ったことに悪意はない。


「まぁ、泣かないで。怖かったでしょうに。今温かい飲み物でも準備するわ。中に入って?」

 女性はシダクサの頭を撫でて落ち着かせようとしていた。シダクサはこうも心配されると罪悪感を覚えてならなかった。

「あの、この子……」

 シダクサはミニオロチに目を落としてから、言いにくそうに女性を見つめた。彼女はシダクサの腕の中の存在に今、気が付いたようだ。

「その子もいいわ。実は私の父も魔獣使いだったのよ。だから心配要らないことも分かってるから。大切なお友達なんでしょ?」

 女性はそういってシダクサに綺麗に笑いかけた。

「えっと……ありがとう……ございます」 

 どうもこの女性には調子が狂わされると、シダクサは思った。

 


「ちょっと待っててね」

 女性は飲み物を取りに家の奥に消えていった。



『シダクサ、辛そうだな』

 オロチはいくつかの頭をシダクサに向けて、小さな声で言った。

「……あの人、なんだか眩しすぎるよ」

『目を潰されるなよ』

「うん」



 暫くすると、女性が湯気の立つ二つのカップを手に現れた。どうぞ、と一つを差し出されると、シダクサはオロチを膝の上に置いたままそれを受け取った。オロチはシダクサの隙を見て頭の一つをカップに突っ込み、こっそりとミルクを舐める。

 

「まだ名乗ってなかったわ、私はミーナ。よろしくねシノブちゃん」

「こちらこそよろしくお願いします、ミーナさん」

 微笑むミーナにシダクサが軽く頭を下げた。


「その子、ここじゃあ見ない子だけど、やっぱりシノブちゃんは遠くから来ているの?」

 本格的にミルクの争奪戦を始めたシダクサとオロチを見て笑いながら、ミーナは尋ねた。オロチの頭のひとつはシダクサに噛み付かれている。


「はい、極東に位置する小さな村の出身です。大きな国とは無縁に、ひっそり暮らしていました」

 違う世界の、が抜けているが日本は極東に違いはないし、大きな国と無縁に小さな村でひっそり暮らしていたのも本当だ。

「この子はそこに居た子で、村のマスコットみたいな存在でした」

 祟り神として君臨していたが、ヤマタノオロチは広い意味でのマスコットだった。嘘ではない。

「いろいろあって私と一緒に旅をすることになったんです。さっきも危ないところを助けてくれました」

 シダクサはオロチの背を撫でてやる。

「へぇ、小さいのに偉いのね。私も触っていいかな?」

「いいよね?」

 シダクサがオロチに尋ねると、キュ、と声を立てた。ミーナに頷いてみせると、ミーナはそっとオロチに手を触れた。オロチは目を閉じてじっとしている。




「シノブちゃん、お腹すいてない?」

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 先ほど大きな魔獣を十数匹ほど頂きました、と心の中で答える。

「そっか。ちょっとホコリっぽいけど、あっちの部屋を使っていいから今日は早めに休むんだよ?」

「はい」


 シダクサは言われたとおり、早めに寝ることにする。霊体のころは睡眠は必要なかったが、受肉すると話が違う。受肉すれば食事・排泄・睡眠と必要なことも増える。

 

数千年ぶりの睡眠欲にシダクサとオロチは素直に従うことにしたのだ。



「おやすみなさい、ミーナさん」

「ええ、おやすみ」

 ミーナは笑顔でシダクサたちに挨拶した。彼女はシダクサが部屋に入ったのを満足そうに見て、自分のカップに入ったミルクを啜った。彼女は、そのままのちりちりと短くなっていく蝋燭を見つめた。





  †




 朝日が窓から射し込み、シダクサの瞼の裏に光を届けた。

「うー……」

 もぞもぞとベッドで動く。寝起きはよくない。寝起きのまどろみも久々だ。


けれどやがて意を決してベッドから這い出た。


 薄い肌着だけで寝ていたので着物を再び着直す。子供用といえばそうだが、座敷童と間違えられて献上されたものだからそれなりにいい品だ。シダクサはこの上品な紫色が気に入っている。


「あれ、オロチ様?」


 身なりを整えたところで、オロチの不在に気が付いた。昨晩は一緒のベッドにもぐりこんでいたはずだ。もしや潰してしまったかと内心冷や汗でベッドをめくるが、そこには何も居ない。


 そこで辺りを見回してみると、部屋の隅にちょうどオロチが通れるくらいの穴が開いていた。穴は外に通じている。



「シノブちゃん、起きた?」

 戸の向こうにミーナがやって来た。


「オロチ様……オロチ様は……」

 

 戸を開けてミーナが見たのは、何やら呟きながらオロオロとしている少女の姿だった。シダクサからは喪失感、不安感、焦燥感などがひしひしと伝わってくる。ミーナはちくり心が痛んだ。



 シダクサは戸のトコロに立っているミーナを見つけると、それまでの感情を全て心の内に潜めて、感情の篭らない目でミーナと目を合わせた。そして口を開けて一言、





「……貴様、オロチ様をどこへやった?」



シダクサ(植物名)の別名をノキシノブと言います。シダクサ(本作主人公)がシノブと名乗っているのはそういうことです。

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