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十九話  一方的な断罪

 バント男爵の館は町の高台にある。


 シダクサがそのまま町に留まったとしたら、町人たちは無礼はすべてこの者が、と吊し上げにでもあうだろう。人の往来の少ない町などでは、仲間意識は強いがよそ者には風当たりが良くないことが多い。


「バンド男爵ってどんな人か知ってる?」

 シダクサは半歩後ろを歩くミーナに尋ねた。馬車は目立つので町に置いてきてある。

「いえ、まったく。少なくとも良い人では無いようですけど」

 ミーナは先ほどのことを思い浮かべた。女性に聞いたところによると、男の子が馬車の前に飛び出して車を止めてしまったことを咎められ、それをかばった母親もまた咎められたという。


「じゃ、食べていいの?」

「……それはちょっと不味いかと」

 こんなやりとりも、いい加減ミーナも慣れなければならない。拙いではなく不味いと答えたミーナは間違いなくシダクサに毒されてきている。

『貴族は国――すなわち王に対して何らかの功績を挙げた一族であるから、後ろ盾には当然王族が居る。ゆえに人々は貴族に盾突かぬ。ミーナもそれで反対の意見を述べるのだろう。だがしかし、王族を引っ張り出したいときには良い餌とはならないか?』

「そうだね、オロチ様。でもそれって王が釣り人かな?」

『否、勝った方が釣り人だ』

「なるほどね。でもどっちに転んでも貴族は餌に過ぎないと。つまり、」

「『喰ってよし』」

 一人と一匹がにやりと笑った。



「あれ? 釣り人は餌を食べないような……」

 細かいところまで気を使えてこその従者だ。






   †





 バント男爵邸は物々しい雰囲気を隠すこともなく、塀の内も外も私兵で溢れていた。もともと常駐していたとも考え難い人数だったため、急いでかき集めでもしたのだろう。


「なんか、最終決戦だね」

 ありったけの兵を投入している様子をシダクサが揶揄した。高台からは周りがよく見えるらしく、彼女らも当然見つかったようだ。

『無駄なことを』

「シダクサ様、魔法来ます!」

「大丈夫、動かないで」

 

 シダクサはミーナに釘をさして、飛来する色とりどりの魔法を見つめた。着弾の手前で、それらはシダクサの蛇の身体にすべて受け止められた。第二波、第三派とやってくるが、それも全て受ける。


『大丈夫か、シダクサ』

「うぅ、結構痛い。もう帰ろうかな……」

「シダクサ様!」

 ふらついたシダクサをミーナが支えた。魔法は神の技に近いため、オロチの身体にも堪えるのだ。それぞれを司る神直々の攻撃だとオロチなど一瞬で滅ぼされてしまうだろう。オロチは眼こそ特殊だが、他にこれと言った取り柄もないので、神の中ではどちらかというと弱いほうに分類される。  


『下がっておれ、シダクサ。我が館ごと踏み潰してくれる』

 オロチがシダクサの帽子から飛び降りて魔力を吸収し始めた。

「待って、潰したら食べにくいからダメだって」

 シダクサの声で、オロチは中途半端な大きさで巨大化をやめた。それでも館と同じくらいの高さにはなっているが。


「せっかくだからオロチ様は陽動をお願いね。ミーナは私から離れないでついて来て」

『承知した』

「はい」


 ヤマタノオロチは館の前で咆哮を上げ、相手を怯ませた。それからはいくつもの魔法を受けながらも八人、また八人と敵を食っていく。彼がそうやって食事をしている間に、シダクサとミーナは兵の薄くなった裏から館の中に忍び込んだ。



「趣味の悪い館」

 シダクサは赤や金でピカピカと光っている内装を見てげんなりした。表のヤマタノオロチのおかげで、館の中はずいぶんと静かだ。



「きゃ、強盗!」

 廊下でばったりと出会った待女にこう叫ばれた。ミーナが剣を抜いているのでまさしく強盗に見える。

「静かに。このまま騒いで殺されちゃうのと黙って通り過ぎるの、どっちが賢いと思う?」

 シダクサが先ほど奪ってきた宝石の入った袋を握らせて問いかけた。ミーナは待女の首筋にレイピアの切っ先を突きつけている。

「貴女は何も見なかった、いいよね?」

 待女がこくこくと頷くと、二人はさっとその場を後にした。


「ミーナも慣れてきたね」

「出身が盗賊村ですからね……」

 ミーナが若干遠い目をしたので、シダクサは拙い事を言ったかな、と反省した。

 



「こういうトコロって、一番偉い人はどこにいるのかな?」

「一番高い所じゃないですか?」

 ミーナの言葉に、それだ、とシダクサが同意して二人は階段を見つけて駆け上がっていった。


 二人が二階に到着すると、廊下には私兵がずらりと並んでおり、それぞれが窓から魔法を撃ち続けていた。一つの窓に二人ずつ配置され、交互に隠れながらの攻撃だ。皆オロチの迎撃に必死でシダクサらには気づく様子が無い。


 シダクサはミーナに階段に残るよう言って、一人で窓際まで歩いていった。そして一人の兵の隣に来ると、あっという間に彼を腹の中に納めてしまった。


「な、なんだ貴様は!」

 突然相方が消えて驚いた兵が叫んだ。その声が思いのほか大きかったので、シダクサは心の中で舌打ちをした。

「五月蝿い」

 シダクサは剣を振り上げている私兵を、床にひびが入る勢いで頭から飲み込んだ。そうなると廊下中の私兵がシダクサの存在に気が付く。


「1,2,3,4班は引き続き怪物の迎撃を、5,6班は侵入者を排除せよ!」

 指令系統があるらしく、シダクサもしっかりと迎撃対象に入れられてしまった。

「やだなぁ」

 シダクサは再び飛んでくる炎や水の塊に、ため息をついて俯いた。


「お任せを!」

 今回はシダクサが魔法を受けるのはつらいと分かっていたので、彼女を守るようにミーナが防壁を張った。幸い今回の攻撃に風の系統は入っていない。

「ありがとう、ミーナ。あと、剣に魔法纏わせるヤツは防げないから守ってね」

 これはオロチも同じだが、一点集中の攻撃を完全に防げるほどオロチの鱗は強くない。オロチは身体の大きさに物を言わせれば怪我も誤魔化しが効くが、人の身体にダメージがフィードバックされるシダクサでは事情が違う。


「シダクサ様! 八人来ます、下がって!」

 言っているそばからシダクサの苦手な攻撃がわんさとくる。ミーナは一人でそれらを全て相手取るつもりだ。

「右に飛んで!」

 流石にミーナに負担だと考えたシダクサが叫んだ。ミーナはシダクサの指示通り窓の無い壁側に飛んだ。

「失せろ」

 シダクサが左腕を振り払うと不可視の蛇の身体が大きくうねり、こちらにやってくる兵はもちろん、オロチと戦っていた兵も全て薙ぎ払われた。壁まで一緒に薙ぎ払ったため、外がまる見えだ。瓦礫と共に外に投げ出された兵たちは、器用にオロチの口に受け止められ嚥下される。


「このまま壊しちゃお。ミーナ、私の後ろに」

「は、はい」

 巨大な力に驚いてしまったミーナだったが、すぐにシダクサの指示通りに動いた。


 ミーナが安全圏に移ったのを確認すると、シダクサは蛇の身体をさっきと反対側にうねらせ、館の壁を全て壊した。すると支えを失った屋根が重力にしたがって彼女らを襲う。

「ええぇ!」

 予想だにしなかった自爆攻撃に、ミーナはただ頭を抱えるしかなかった。降り注ぐ天井に対してはそれが殆ど意味がないことも分かっていたが。そして彼女らは瓦礫に埋まった。


『シダクサ』

 表の敵をすべて食らい尽くしたオロチが、シダクサとミーナの埋もれている辺りに顔を伸ばしてきた。

「ここー」

 瓦礫の下から暢気そうなシダクサの声が返ってきた。オロチは瓦礫を身体で押しのけて、彼女らを掘り出した。シダクサは蛇の身体を巻いてシェルターを造っていたためミーナもまとめて無傷だ。


「死んだかな、男爵」

「これでは生きていないでしょう」

 ミーナは瓦礫の山となった二階部分を見回した。

『地下室は調べたか?』

 とオロチ。彼は地面に胴をつけているが、難なく二階にいる彼女らと会話をしている。

「地下があったの?」

『うむ。そこも調べる必要があるだろう』




 

 地下室への扉を見つけたが、その扉は堅く閉ざされていた。

「危険は去ったって、中に伝えて」

 シダクサが捕まえた執事らしき人物に命令した。

「男爵様をどうなさるおつもりですか!?」

 彼のこの反応で、中に男爵がいることがはっきりとした。

「ちょっとお話するだけよ」

「し、信用できません!」

 ミーナに剣を突きつけられているというのに彼は屈しない。

「じゃあ死んでもらうだけだけど?」

「構いませんとも! 私は男爵様を裏切ることだけは致しません!」

「……立派だね。ミーナ、彼を放してあげて」

「はい」

 ミーナは彼の背から剣先を外し、すぐに首の後ろを叩いて意識を奪った。

「しょうがないから壊しましょうか」

『我がやろうか?』

「いいよ、私が」

 シダクサはいいながら手を前にかざすと、轟音と共に扉が向こう側へ倒れた。扉を破ったというより周りを崩した格好だ。 




「き、貴様ら! 私がアンゼルム=バント男爵と知っての狼藉か!」

 丸々と太った男が何やら騒いでいた。シダクサとミーナは一々その言葉に反応すらしない。

「いいだろう! 炎の魔法師である私自ら相手になってやる!」

 彼は掌に炎の弾を出し、それを投げつけてきた。

「防壁」

 ミーナはなんでもないように風の壁でそれを受ける。炎は壁に当たって異常に燃焼したが、そこで燃え尽きた。

『我が食ってくれる』

 小さくなっていたオロチが、再び大きくなってバント男爵を襲う。

「むん!」

 バント男爵は炎で防壁を作った。オロチはあまりの熱さに攻撃を渋ったが、一つの頭を無理やりねじ込んだ。


「ぎゃああぁあぁあ」

 

 男の悲鳴がして、それきり静かになった。炎も消えて、オロチも一安心だったが、彼の頭の一つは黒焦げになっていた。

「大丈夫?」

『大事無い』

「味は?」

『……大事だ』

 不味かったようで。


 





 

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