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十八話  バント男爵領

 タールベルクの王都を発って丸二日、シダクサらは隣の国へと足を踏み入れた。と言っても明確な国境線が引かれているわけでもないのだが、隣の国の貴族が管理する町に到着したのだ。



「久々の町ですね」

 ミーナが町の人の奇異の目を一身に受けながら、馬車のなかのシダクサやオロチに言った。

「御者ご苦労様」

 シダクサがねぎらいの言葉をかけた。ミーナは当然のことです、と執事モードで応えた。因みに、街道で出現した魔獣は、一回りも二回りも成長したミーナによって一蹴された。彼女はタールベルクの城からレイピアを持ち出しており、それは彼女の腰に携帯されている。実はこの細剣、別れ際にレオンがミーナに贈った物だ。



「ところで、冒険者ギルドをずいぶん放って置きましたけど、大丈夫ですか?」


 ミーナのこの一言で、シダクサらはギルドハウスへ向かうことが決定した。一月以上働いていなかったため、とっくに除名されていたのだ。証拠にギルドカードが真っ黒になっている。


 

 国が違えど、それをまとめる帝国がギルドを運営しているため、ギルドは共通である。


同じエンブレムを掲げたギルドハウスを見つけて、彼女らは建物の中に入っていった。


「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか」

 窓口にやってきたシダクサに、受付の男性が礼儀正しく対応する。従者を従えた身なりの良い少女が窓口にやってくるなど、実に緊張感があることだろう。頭に魔獣の子が乗っているなど妙ちくりんなところはあるが。


 

「ギルドを除名になったのですが、預金はどうなりましたか?」

「除名のペナルティで一割の没収がされ、残りは一般の預金に移されています」

 シダクサの預金の一割、つまり二千万ほどは没収されたらしい。


「そうですか。あと、これを資産として確定したいのですが」


 シダクサは三枚の小切手を示した。一枚は千五百億でレアから、一枚は十億でタールベルク王からで、王子の病気治療の報奨金。もう一枚の五億はタールベルク第一王子アーベルからのお礼金だ。

 ちなみにレアは貴族、ほかは王族なので、それぞれサインがやたら長い。


「す、すみません。責任者を呼びますのでしばらくお待ちください」

 流石にこの金額にもなるとほいほい許可をだせるものではない。それに銀行にも預金限度というものがあるのだろう。そもそも二億超の預金が出来ていたこと自体驚きだ。


 やがて出てきた責任者という中年男性によると、預金限度の三億を超えた分は帝国国債や株にまわすか、土地や物件、或いは宝石や貴金属として所持するしかないらしい。


「なら、六億は私とその子の口座に三億ずつの預金、千五百十一億は金塊に、端数は現金でお願いします」

「三億ずつの預金と、百四十一万四千二百十三の現金のお渡しはすぐにできますが、千五百十一億の金塊の準備には時間がかかりますが、よろしいでしょうか」

「因みにどれくらい掛かりますか」

「早くて一週間です」

「でしたら、王都の支店に金塊を集めてください。このあと一週間ほどかけてこちらの国の王都へ向かうので」

「承知いたしました。それではこちら預金帳と現金百四十一万四千二百十三となります、ご確認ください」

 シダクサがそれらを受け取ると、責任者の男性が丁寧に礼を述べた。なんだかんだで預金六億と、千五百十一億分の金の仲介料でがっぽりと儲かるのだから当然だ。


「それでは、またのご利用をお待ちしております」





   †




 町の宿屋に戻る途中、馬車が道の途中で急に止まった。

「どうしたの、ミーナ?」

「いえ、なにやら騒がしいので」


 シダクサが窓から顔を出すと、無駄にきらびやかな馬車が停まっていた。よくよく様子を見てみると、馬車の主が部下に命じて暴力を振るわせているようだった。暴力の対象になっているのは一人の女性だった。その息子であろう小さな男の子を腕に抱き、必死に庇っている。


 周りに人はいるものの、武装をした貴族の手先に盾突こうという者は誰もいない。


「……シダクサ様」

 ミーナがレイピアに手を伸ばしながら言った。

「馬車を迂回させよっか?」

「シダクサ様、見て見ぬフリをするのですか!」

「……ねぇミーナ、私は誰?」

 シダクサはため息をついて言った。ミーナは黙っている。

「私は祟り神であって、善良な神様じゃないの。私に関係のない人には、はっきり言って興味がない。助けたいのなら自分の力でどうにかしなさい。貴女にはその力があるのでしょう? ほら、早く行ってあげなさい」

「……はいっ!」

 ミーナは御者席から飛び降りて騒ぎの中心に身を投じた。


『やれやれ、回りくどいことだ』

「分を弁えているだけだよ。私はミーナに許可を与えてやるだけ」

『そうだな、我らには力があるようでない』




 ミーナは例の馬車の前にやってきた。

「下がれ、手出しするな」

 軽い鎧に身を包んだ私兵がミーナを制止した。


「貴方こそ下がりなさい。自分の行為の愚かさを知れ!」

 ミーナは少々頭に血が上っている。私兵たちは村の男から一旦離れて、ミーナに向かった。

「愚かと言ったな。それはこの御方がアンゼルム=バント男爵様と知っての言葉か」

「残念ながら、そんな田舎貴族の名前なんて存じ上げない!」

 ミーナの言葉に辺りがざわめく。

「……斬れ」

 馬車の窓からぼそりと声だけが出てきた。それを合図に私兵たちが剣を一斉に抜く。ミーナも遅れずに剣を抜き放ち、斬り合いが始まる。


 貴族の私兵の数は五。ミーナは最初に剣が交わる際に一人を切り伏せ戦闘不能にしたので、残りは四人だ。しかし仲間を倒され油断をなくした兵四人が相手だとミーナでも分が悪い。四人はミーナを囲むように円運動をする。


にらみ合いがやや続き、四人は一斉にミーナに斬りかかった。ミーナは風を剣に纏わせ高速で一回転した。四人は弾き出されるように吹き飛ばされ、頭から壁なり地面なりに激突した。



 勝利したミーナはレイピアを鞘に納め、うずくまって震える親子に駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

 ミーナが女性の肩に手を置いて呼びかけると、彼女は顔を上げた。

「……ええ、ありが――危ない!」

「――え?」

 周囲の悲鳴と女性の警告。ミーナが振り返ると、最初に切り伏せたはずの男が猛然と突撃してきていた。その手には風を纏わせた剣。同じ風では防げないし、避けると助けた親子に剣が突き立てられることになる。かといって剣を抜いている暇も無い。それでもミーナは分の悪い可能性に賭けて必死に剣に手を伸ばした。 



「そこまで」

 ミーナがレイピアの柄を握った瞬間、二者の間にオロチを伴ったシダクサが割り込んだ。オロチは人よりも大きくなっており、剣もその鱗によって止められている。

「初めまして、私たちに仇なす罪人よ。そしてさようなら、いただきます」

 シダクサは剣を構えたまま硬直している私兵にそう告げた。彼が言葉を返す前に、オロチは彼を文字通り八つ裂きにして、それぞれ飲み込んだ。一面に赤い液体が飛び散り、ミーナは思わず目を逸らし、女性は男の子の目を手で塞いだ。


「残りも食べて良いよ」

 人前ということでオロチは言葉でなく頷いて答えた。今度は血を見ることなく気絶した四人はオロチの腹の中に消えていった。


 ここまでくると、もはや周囲には人っ子一人残っていなかった。


「ミーナ、その人たちを送ってあげて」

「はい、ですがあの男爵はどうします?」

 ミーナはごてごての装飾の馬車を横目で見て言った。

「男爵ならとっくに逃げたわ」

「そうでしたか。では彼の処遇は? 放っておくと碌なことにならない気がするのですが」

「そうだね。せっかくだし会いに行きましょうか」

「会うだけですか?」

「それは今から考える。取り敢えずミーナは馬車を置いてきてね」

 シダクサは大きくなったオロチを伴ったまま男爵の残した馬車を物色し始めた。外装に使われている金や銀の装飾はオロチが食いちぎり、中にあった宝石類も袋に詰め込んで持ち出した。完全に強盗である。

 

「あー……、行きましょうか」

 唖然としている親子に、ミーナが声を掛けた。 


※良い子は絶対にマネしないでください

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