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十七話  露見、退去

 シダクサは昨晩から下ろし金と格闘していた。オロチの鱗を薬にするためだ。鱗一枚から百人分ほど取れるので摩り下ろすのはたったの二枚だけなのだが、剣でも切れないオロチの鱗だということを考慮する必要がある。


「もうだめ……」

 シダクサは一枚の半分ほど削ったところですでに音を上げた。彼女自身は怪力をもっているわけでもなく、肉体的な力は見た目相応だ。半分でも削ったことを褒めて欲しいくらいだ。


『誰かに任せるわけにはいかないのか?』

 見かねたオロチが言う。

「レアは私と大差ないだろうし、レオンは勘ぐってきているから論外。ミーナだってがんばってるんだから邪魔したくないし」

 もちろん一般人に大きくなったオロチの鱗など見せられないので八方塞だ。

『ならばシダクサが頑張らねばな』

「うー……」

 自分で言っていることとはいえ、つらいものなのだ。

「がんばる……」



  

   †




 太陽も一日の役目を終えようとした頃、机に向かってぐったりとしているシダクサが、ひと訓練を終えたミーナによって発見された。彼女は驚いて駆け寄ったが、ただ寝ているだけなようで安心した。


「もう、無茶して……」

 すやすやと眠るシダクサを、ミーナが慈しみで満ちた目で見た。オロチも彼女の隣でお休みの様子だ。二枚あった鱗は小さな小さな小石のようになっており、薬となった粉末はきっちりとガラス瓶に詰められていた。


 ミーナは、シダクサがくわえてしまっている髪の毛を引っ張り出してて綺麗にし、最後に仕上げに髪全体を撫でてから静かに退出した。



 

 シダクサが目を覚ましたのは、晩にと約束していたレアが薬を受け取りに来たときだ。窓から差し込む光はの色は、太陽の黄や赤から月の白にすっかり変わっていた。



「一人につき一さじで十分に効果があるから。水と一緒に飲ませてね」

「分かったが、ずいぶんお疲れの様子だな」

「うん……ちょっと取る鱗の大きさを間違ったみたい」


 人と同じくらいの大きさになってもらい、その状態で脱皮、その殻をすりつぶせば一番労力が少なかった。シダクサは一枚を摩り下ろし終えてからその事実に気が付いたのだが、無駄に負けん気を発揮して強行したのだった。


「ともあれ、これで第一王子殿下もお喜びになるだろう」

「そうだね、そこに興味はないんだけど。名前忘れちゃったなぁ……」

 シダクサのあんまりな発言にレアは苦笑を浮かべた。

「アーベル殿下だ、アーベル第一王子殿下」

「そうだったっけ?」

「こらこら。でも、そうなると神様に名前を覚えていただけた私は幸運だな。最近いやに頭がすっきりとしていて嬉しい限りだ。これがシノブの恩恵だろ?」

「そうだね。でも本当は私からの恩恵は少なくて、オロチ様からの恩恵がほとんどなんだけど」

 重ねて言うが、オロチのほうが神としての格がかなり高い。そもそもシダクサはオロチの妻としての特別な恩恵を受けて神に成り上がった存在であるから、大本のオロチに格で敵うはずもない。


「オロチ様の恩恵を受けられるのもシノブのおかげだから、同じことだ」

 とレアは言うが、シダクサとしてはあまりそういった意識はない。やや必要以上に謙遜するところは祟り神というより大和撫子なシダクサだった。





 その翌朝早くから、薬を持ったレアたち城医者に騎士団の小隊が護衛について薬の配布が行われた。そのときに“意図せず”薬師シノブの名が広がってしまうのは仕方の無いことだろう、そんなことをシダクサは考えていた。






   †




 薬の配布から一週間が経った。王都の城下では、病気が嘘のように消えてなくなっていた。これには第一王子だけではなく皆が喜んだ。同時に薬師シノブの名は、奇跡の担い手のように祭り上げられたのだった。



 そんな中、城にあるシダクサの部屋の戸が叩かれた。

「アーベルだ。開けてくれないか?」

 誰だっけ? と思いながらシダクサは戸を開けた。すると見たような第一王子が立っていた。

「これは殿下。わざわざご足労いただき恐縮です」

 微塵も恐縮した様子のないシダクサが、形ばかりに頭を下げた。


「薬の件、礼を言う。それと、父――王にひとつ進言をしておいた」

 ほう、とシダクサは王子を見た。

「これで少しは救われる民が増えるだろうと思う。貴女のおかげだな」

 第一王子はどこか晴れやかな表情だ。彼の民を想う気持ちというのは本物だ。

「私は薬師、使われるものです。使うのは貴方様。今回の件は私ではなく、ご自身の心を誇ってください」

 シダクサはもう一度頭を下げた。

「……ありがとう、シノブ殿」

 アーベル第一王子はかすかに笑顔を見せ、もう何も言うまいと踵を返した。

 



「うん、順調だ」

 王子が去った後、シダクサが満足そうに呟いた。彼女の頭に乗っているオロチも同意を示す。 




「なにが順調なんだ?」

 シダクサが漏らした言葉を、何時の間にか部屋に忍び込んでいたレオンが拾った。彼は普段のように鎧を着けていない。

「久しぶりだねレオン。でも、ずいぶん行儀が悪いね」

 シダクサは不機嫌そうな声を出した。それだけでレオンは恐怖を感じたが、表情には出さない。

「勝手に入ったのは許してくれ。ひとつ、尋ねたいことがある」

「なに?」

「お前は……いや、シダクサノカミ様、貴女はこのタールベルクの国で何をなさるおつもりか。貴方もだ、ヤマタノオロチノ様。勝手ながら、貴方たちがこの国でしてきたことを調べさせてもらった」

 レオンが神妙な顔つきで尋ねた。


「ちょっと利用させてもらうだけよ。お互いに得になるんだから文句はないでしょう?」

 シダクサは面倒くさそうに答える。オロチは彼女の頭の上で沈黙を貫いている。

「そうもいかない。王家を利用しようというのは、やはり騎士として見過ごせない。王子を助けて下さったのには感謝しよう。しかし、その後における知識の対価として法外な額の報酬の受け取りや、王子殿下を利用しての広報活動、いくらなんでも目に余るものがある。そもそも第三王子を救ったのも、その後の布石に過ぎなかったのだろう?」

 レオンは今や心底失望したような目でシダクサを見ていた。


「それで、どうするの? 私を捕まえる?」

 これまでか、とシダクサは投げやりに応じた。

「そうだ、と言いたいが俺では貴方たちには勝てない。だからお願いする、もうこの国を出て行ってくださらないか。そうすれば一連のことを俺の心の内だけに留めると約束しよう」

 レオンは真っ直ぐシダクサに目を向けた。


「……レアは、なんて?」

「レアには言っていない。あいつは資金を流した張本人だからな」

「そう。で、彼女は罰するの?」

「それはできない。王が彼女を擁護しているのは承知している。その王に仕える我等に彼女を罰することは叶わない。しかし、友として忠告するつもりではいる」

「そっかぁ……。分かったよ。この国を出る」

 シダクサは目を伏せてぽつりと零した。

『シダクサ……』

「明日の朝、王に暇乞いをする。それでいい?」

 レオンはシダクサの言葉に首肯する。彼はそのまま部屋を出ようとした。



「レオン」

 部屋をまさに出ようとしているレオンに、シダクサが声を掛けた。彼は振り返らなかったが、足を止めた。

「私ね、レオンもレアも、好きだったよ」

  

 レオンハルトは無言でその場で立ち尽くし、思い出したように部屋を出て行った。



 


   

   †






 その翌朝、シダクサとオロチはミーナの操る馬車に揺られ、多くの人に見送られながら王都を去った。果たしてその中に、レオンは居たのだろうか。








 王都を離れ馬車に揺られること数時間、太陽はずいぶん高く昇っていた。オロチ、シダクサ、ミーナの三人は昼食のため、馬車を停めて休んでいる。

 

「まさかあんなに多くの人に見送られるんて、思ってもみませんでした」

 ミーナは王都を去るときを思い出して言った。彼女にはただ王都をでる旨だけを伝えた。

「そうだね」

 シダクサはどこか気分が優れない。レアにはちゃんと別れを告げられたが、レオンはもう会ってくれなかった。ミーナは訓練場でレオンに別れを告げたという。


「……シダクサ様、私たち、そんなに悪いことをしたのでしょうか」

 ミーナが突然言った。シダクサもオロチもこれには驚いた。

「どういうこと?」

 シダクサはとぼけてみた。

「だって、追い出されたようなものでしょう? 言われなくても分かりますよ」

「……そう」

「シダクサ様は王子様や子供たちを助けたっていうのに、ひどい話です」

「王家を利用したのは確かだし、しょうがないよ」

 シダクサが諦めたように言う。彼女は目を瞑って頬杖をついた。

「でも、何をするにしても結局は何かのためになってしまうんじゃないでしょうか。聖者が人を救っても、結局はその神聖性を高めるためになってしまうのですから。それが少し世俗的になっただけで咎められるのも酷ではありませんか?」

 ミーナの言葉に、シダクサが片目だけを開けた。

「それが許せない人もいるんだよ」


 シダクサはレオンの顔を思い浮かべた。彼は実直で正義感に溢れた立派な騎士だ。それ故、シダクサとは相容れなかった。シダクサは、レアが自分に似ているのなら、こういう結果になって彼らの仲を悪くさせてしまったのではないかと少し心配してしまう。


「それで、どこに向かいますか?」

「国を出るって約束したからね。取り敢えずこのまま道なりに隣の王国へ行こうと思う」

 シダクサは干し肉を食いちぎるのに苦戦しながら答えた。

「そうですか。もう……戻って来られないんですか?」

「かも、ね」


 

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