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十三話  ミーナの独白

 私の名はミーナです。平民なので、ご大層な苗字はありません。私の生活はここ数日で著しく変わりました。そう、何の前触れも無く突然に。きっかけは一人の少女でした。



「あの……私シノブと申します。旅の途中でしたが、先ほど森の中で魔獣に襲われて荷を……どうか、どうか一晩泊めていただけないでしょうか」

 

 ある晩、ごめんくださいという声に応じて家の戸を開けると、ひとりの女の子が立っていました。背が低く、顔も幼い子でした。髪が綺麗な黒色をしていて、黒曜石のようにつややかで驚いてしまいました。


顔立ちが少し平坦で、服装も見たことのないものだったので、すぐに異国の人と分かりました。彼女は少し涙ぐんでいて、荷を失ったので泊めて欲しい、と私に頼みました。その様子は同性でも思わず抱きしめたいほど可愛らしかったです。

 

彼女は魔獣に襲われて命からがら逃げてきたというようなことを話したのですが、彼女の服に汚れは無く、また、走るのに適したような服でもありませんでした。私はこの子が嘘をついているな、ということは分かったのですが、何となく困っていることだけは本当のような気がして泊めてあげることに決めました。



 「あの、この子……」

 


 少女がそう言って、腕に抱えていた何かを私に見せました。そして私は気づいてしまいました、彼女が抱えているのが魔獣であると。それも見たことのない八つの頭と尾を持つ蛇のような魔獣の子供でした。


 

 村のしきたりでは、旅人の持ち込んだ魔獣や貴重な品はこっそり盗むことになっていました。


村には風の魔法師が一人居て、結界で村に出入りした物が分かるそうです。なので今日、私がしくじったら罰を与えられてしまうのです。この前失敗した近所の男の子は洞窟の奥に追いやられて、結局出てきませんでした。私は心臓を冷たい手で握られるような感覚がしました。


 


 私は何とか自然に少女を家に招きいれることが出来ました。


「ちょっと待っててね」


 私はそう言って彼女に眠り薬入りの飲み物を用意しました。薬を入れるとき、手の震えがとまりませんでした。

 彼女は私の出した飲み物を魔獣の子と仲良く(?)飲み、少し話をしている間に薬が効いてきたのか、眠そうにし始めました。早めに休むんだよ、と私が促すと彼女は素直に従ってくれました。


「おやすみなさい、ミーナさん」


 少女は安心しきったような表情で私に挨拶をしてくれました。本当は罪悪感でも感じればいいのでしょうけど、私は達成感のほうを強く感じていました。命が惜しかったからかもしれませんが、私はこの時のことを恥ずかしく思います。




 頃合を見計らって、少女の寝ている部屋に忍び込み、私は魔獣の子をそっと籠に入れて連れ出しました。魔獣が自分で逃げたように見せかけるために、わざわざ壁に穴を開けることまでしました。


魔獣の子も、少女と同じ飲み物を飲んでいたので、まどろんでいるようでした。特に騒ぐことも無く、じっと眠っていました。私はそっと籠ごと持ち出し、村長に手渡しました。




 その後は安心してしまって、家に戻ってベッドに横になった瞬間にはもう寝てしまいました。


 



  †




 翌朝、私の心は重かったです。少女はきっと魔獣が居なくなって悲しむでしょう。昨晩の様子を見ただけで、とても可愛がっているように見えましたから。



「オロチ様……オロチ様は……」


 案の定というか、少女は困惑して部屋の中をウロウロとしていました。その様子がとても痛ましく、どっと罪悪感を感じました。泣きつかれでもしたら、私はどうやって嘘を吐けばいいのだろうとか、とてもできない問題を突きつけられたように思いました。でも、そんな心配は要りませんでした。少女は私と目が合った瞬間、ふっと何か雰囲気が変わって、私に、



「……貴様、オロチ様をどこへやった?」



 と、言いました。背筋が凍りつくとはこのことでしょう、私はあまりの威圧感に瞬きもできないくらいでした。オロチ様というのは魔獣のことだろうか、なんてことは疑問にも思いませんでした、いえ、思えませんでした。

 


 彼女は私を呪う様に恨み言を言いました。そして彼女が私を指差すと、私の身体は何かにぶつかられたように後ろに飛んでいきました。お腹が丸太で打ち付けられたように痛みました。


私の身体は隣の部屋の壁まで飛ばされて、強烈に壁に打ち付けられました。続けて体中を万力で締めあげられるような痛みに襲われました。このときどんなやり取りがあったかなんて覚えていません。



 私は死すら覚悟しました。


でも頭に残っているのは部屋でオロオロとする小さな女の子の姿。私がこの子を裏切ったのがいけなかったのです。




「……貴女の手は温かかったから、無理やり協力させられたって言うのなら命までは取らないであげる。ねぇ、話してくれない?」


 彼女はそう言いながらも、私の首を絞めていました。私は死にたくない一心で頷きました。このときの彼女の無邪気な顔は、人の命をなんとも思っていないようで本当に恐ろしかったです。




 全てを話した後、彼女は魔獣の子を取り戻すために村長の家に向かいました。私も同行しました。



 


  †





「何を言っているんだね、君は」

 

 などと、村長は最初こそとぼけていましたが、やがて隠し切れなくなって少女を剣で一突きにしてしまいました。私は思わず飛び出して、彼女を抱きかかえていました。さっきまで自分が殺されかけていたというのに不思議なことだと思うでしょう?


これは罪悪感からなのでしょうね。私がこの子の魔獣を盗まなかったら、私が死んで、この子は生き延びたはず。でも私が魔獣を盗んだからこの子が死んでしまう。だから全て私のせいなのだと。



『騒々しいぞ』



 そんな声が聞こえてきたのは少女が倒れてから間もない時でした。その声の主はなんと魔獣だと思っていたもので、本当は神様だったのです。その御名をヤマタノオロチ、古い祟り神だと後ほど聞きました。

 


 彼は自分を売ろうとしていたこと、それになにより妻である少女を傷つけられたことに怒り、私ひとりを残して村を滅ぼしました。直接見ていたわけではないのですが、圧倒的な力でした。ものの数分で、見慣れた人々は皆、彼に喰われてしまったのです。




 家族もなく、そこまで愛着があったわけでもないのですが、皆死んでしまったことはショックでした。やはり、私のせいだ、と思ってしまうのです。そんな中、村長に剣を突きたてられた少女が奇跡的に生きていたことが、私にとっての唯一の救いでした。やはり後から聞いたのですが、彼女も神様で、このくらいでは死なないそうです。




 気持ちの整理がついたのはその日の夕刻でした。それまで一切飲食を忘れていました。私は適当なものを無理やり飲み込み、村を出る支度を始めました。私は一度裏切ってしまったあの子、神様であるシダクサ様に償いたいと思い、旅の同行を願い出ようと思ったのです。



私は力も無ければ特別な才能を持っているわけでもありません。ですが、身の回りのお世話くらいなら出来るかな、と思ってのことでした。失礼ですが、シダクサ様は浮世離れしていて、生活力があまりある方ではなさそうでしたから。



 「どうか、私を同行させてくださいまし。数々の無礼の償いをし申し上げたく……!」



 私がカチカチになってお願いしたら、シダクサ様は笑いながら、



「いいよ、でもだめ」


 と霞のような答えをしました。どういうことか問うと、貴女を生かしたのは温かい存在だからということだから、カチカチの態度を取られるのが気に入らないということでした。具体的な行動として最初のように頭を撫でろなんていうものですから、私は困惑してしまいました。



 ともあれ、私は祟り神のお二人と同行することが決まり、夕刻にも関わらず早速の出発となりました。


隣街についてからは、暗い村の雰囲気から解放された気がして、私はちょっとだけ浮かれてしまいました。服屋さんは閉まりそうな時間でしたが、シダクサ様たちに見つからないようにこっそり無理を言って待ってもらい、シダクサ様に服を選んだりしました。


 


 服屋を出ると、オロチ様からさらっと衝撃の事実を伝えられました。なんと私に魔法の才を与えてくださったのだそうです。神の祝福らしいのですが、そんな大層なものを頂いて本当に恐縮でした。それと共に、お二方が疑いなく神であると確信しました。ひょっとしたらそれが狙いだったのかも知れません。



 そんなことがあって、私の生活は今までとまったく違ったものとなったのです。今城に居るにいることだってシダクサ様あってのことなのですから、あの呪われた村から私を解き放ってくれたシダクサ様とオロチ様には感謝こそすれ、恨むなんてことはありません。



 そうそう、言い忘れましたが、オロチ様とシダクサ様は汚い手を使って神殺しを犯した極悪人スサノオに罰を下すために旅をしているそうです。




  †




「……こんな感じですね」

 ミーナはこの話をレアとレオンに語っていたのだ。彼らはシダクサとオロチが寝静まった頃に、こっそり話を聞きに来ていた。今、三人はミーナに与えられた部屋にいる。


「苦労したんだな、ミーナは」

 レアが言う。その座るレオンなんて絶句している。


「いえ、それほどでも。それに、私は今のほうが楽しいですし」

「しかし、オロチ様はともかくシノブはあんまり神様らしくないよな」

 シダクサの幼さの残る振る舞いやしゃべり方などを思い浮かべて、レアが笑った。

「そうですね、でも親しみが持てていいです」

「俺は逆に怖い……」

「なんでですか?」

「何か裏がありそうなんだよ」

 レオンの言葉に対してミーナが口を開きかけたところをレアが口を挟んだ。反論されるまえに潰す魂胆だ。

「レオンは女性がみんな私みたいだと思ってるんだ、許してやれ」

「お前自覚あるのかよ……。というかあいつはお前にそっくりだから言ってるんだ」

 これにはレアも言い返せない。すると、ミーナが再び口を開き、

「あの、シダクサ様の行動の少なくとも半分には裏があると思ったほうが……」


 ミーナは主人のことをよく分かっている、よい従者だ。




足踏み回でした。


城編(?)はもう少し続きます。

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