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十一話  レアとカネとシダクサ

 シダクサは王子の容態に変化がでるまでは城に招待という名目で軟禁される。その間は、厳重な警備体制がとられることになっており、部屋にいるときはシダクサとオロチだけだが、部屋を一歩出ると金魚の糞の如く騎士が貼り付く。ということになってるのだが、


「レアさん、暇なんですか?」

  

 レアがシダクサの部屋に入り浸り、実質二十四時間体制がとられようとしていた。


「いや、私はシノブから知識を得るのに忙しい。次は体液性免疫とやらの説明を頼む」

「もう……体液性免疫とは、体内に進入した抗原をマクロファージという食作用を持つ血球の一種が取り込み、抗原の一部をB細胞に提示して、そのB細胞がインターロイキンという……」

 シダクサは知りうる限りの情報をレアに伝えていく。レアはシダクサの言葉を図にして、そのイメージでいいかを確かめる。

 初めて聞く用語からすらすらと図を描いていくレアは、間違いなく優秀な人物だ。



 この世界の医学というのは魔法による後押しを受けて発達は早い。ただし二十一世紀の医学までは到底及ばず、細胞が発見された十七世紀ほどのレベルにとどまっている。

 因みに治癒魔法などと言うものは存在しないので、真っ当な科学的な医学というのがシダクサに安心感を与えた。もし治癒魔法などが存在すれば医学もへったくれもない。 



「では、出来上がった抗体をほかの個体に注射するとどうなる?」

 レアの応用力はシダクサも賞賛する。シダクサが少しの情報を与えるだけで次々と疑問を投げかけられた。

「問題なく働きますよ。それを血清治療と言って、蛇に咬まれたりしたときに速攻性の薬として使えます」

「そうか、そうすれば……!」 

 レアは新たな可能性に震えた。それからややあって、急に神妙な顔つきになって言った。



「シノブ、君にはもっと医学を教えてほしい。報酬は払う、私に知識を伝えてくれ」

「高いですよ?」

 シダクサが試すような目をした。

「構わない。医学研究費として王から支給される莫大な金がある。言い値で払おうじゃないか」

「それじゃあ……千五百億」

 シダクサは悪い笑みを浮かべた。


「く、ははははは! よかろう、しかし、私たちが金を払う――つまりシノブが発表しないのなら、私らが発表することになる。君はそれでいいのか? 金に加えて地位も手に入るのだぞ?」

 むしろそうしてくれれば自分らの腹を痛めずに知識だけを得られる、そう考えてのことだった。


「構いません。私には正式な発表手段がないうえに、おそらく委託について説明しても正規のルートでは報酬も得られない。だから貴女方の資金を横流ししてほしいんですよ。でも、そうなればレアさんにリスクが生じる。だから発見者としての手柄や栄誉はその対価だと思ってください」

 シダクサはあくまでレアに発表させたいのだ。知識だけ持って行かれるのは割に合わない。


「私は手柄が欲しいわけではないのだがな」

 レアは金を払わず知識だけが欲しいことを、手柄泥棒はしたくないという不透明なカプセルで包み隠して渡す。


「わかってますよ。たしかに手柄なんてどうだっていいですよね。でも、私みたいな子供が発表してもとても信用されないと思います。なので今それなりの役にいるレアさんに巧くやってほしいってことで、了解してもらえませんか。そのほうが多くの人を救えると思いますが?」

 シダクサはカプセルをそのままつき返すようにして答える。中身はわかっているので開けることも開けさせることもしない。そのために医者であるレアの心を突くような言葉も添えた。 


「ふむ……シノブが大人になるまで何年か待っても、発見される心配はないと思……ああ、まさかとは思うが、シノブは体が成長しないのか?」

 表面上は質問だがその実は確認、シダクサはそう感じた。レアは論理の矛盾を指摘したついでに気づいてしまったのだ。この点ではシダクサの負けだ。


「……貴女は頭がいいのね」

 シダクサは微苦笑した。

「肯定か。ひょっとしたら私は敬語を使うべきか?」

 レアは完全に論点がずれてしまったのを自覚していたが、負けが確定していたようなものなので、別件でからかってやることにした。

「確かに私は貴女よりはずっと年寄りよ、でもレアさんはそのままのほうがカッコいいからいいわ」

 やれやれと白状するシダクサ。

「レアでいい、年長者にさん付けされてもな」

「じゃあレア、そういうわけでお願いできる?」

 シダクサは開き直ってレアに向き合った。

「承知したよ、先生」

 こんどはレアがやれやれとやる番だった。

「何よ、先生って」

「読んで字の如く。しかしあれだな、私より年上でその外見は犯罪だな」

「……」

 シダクサは再び苦い表情を浮かべた。

「ところで、その方法は教えてくれるのか?」

 早速レアの好奇心が噛みついてきた。

「神になればいい」

 

 聞かれたら答えるのがシダクサだ。知られて減るどころか、神としての力が増すので、むしろ積極的に話してやれば良い。ちょうど政治家が知名度を上げたいと思っているのと同じだ。だからさっきの負けは、ある意味負けるが勝ちであった。


「そうか」

「…………」

 あっさりすぎるレアの答えに、シダクサの方が戸惑ってしまう。

「ん? 説明をしてくれ」

 さぁ、と平然と催促をするレア。手にはしっかりとペンが握られ、何時の間にか新しい紙も用意されている。

「呆れた。貴女、好奇心以外に感情はないの?」


 


  †





 ごたごたとあったが、レアと契約を取り付けたシダクサは、先に説明したことを実験で証明してやると、城の医学研究室にやってきていた。騎士の見張りとしてはレオンハルトが付いている。


そもそも王城にこんな施設があるのは場違いもいいところだが、無理言って普段は使われない負傷兵の収容スペースを拝借したという。しかし、いざ戦いとなったときに困るということで、別に場所が確保されてからは、撤退の心配もなく研究所は城に居着いたという、何ともいえない経緯がある。



「シノブ、ここだ」


 真名もレアには教えていたが、無闇に呼ばないように言ってあるのでシノブと呼ばせている。


 結局、全てを教えた後もレアの対応は変わらず、かえって知識の出所も含め納得されたくらいだ。というのも、この世界にはつい数百年前まで神々が存在していた。今でも霊体としてなら多数存在し、素質のあるものならちゃんと存在を感じ取れるらしい。

 それゆえまだ体を持った神がいても、かろうじて信じられるのだ、とレアは言っていた。


「マウスはいるよね?」

「たくさんいる。まさにねずみ算だからな」

「なら、後は毒蛇をレオンさんにでも捕まえてもらって……」

 シダクサとレアは実験の構想を次々と出していった。所々にレオンが登場するのは仕様だ。ちなみにレオンを使った実験はまだ出されていない。 


「聞いても良いか?」

 レオンという単語が十回も繰り返されると、さすがにレオンが口を出した。


「ダメだよ」

「ああ、確かにだめだ。それではこの皮膚片を……」

「…………」


 レオンは二人の注意も引けず、さらには自然な二人の会話のうちでなぜか拒否されたように感じてしまった。


「なんだ、このむなしさ……」



「ああ、レオン、こんなところでどうした?」

 レアが追い打ちをかけた。もちろんわざとだ。 

「レアに会いに来たんだよ」

 と、シダクサ。レオンがこう言えたらいいのだが。

「そうかそうか、仕様がないやつだ。さぁこっちにおいで」

 レアが両腕をひろげて見せた。

「そんなわけあるか!」

 レオンは噛みつくように言い、そっぽを向いた。

「わー、レオン君かわいいね」

「シノブ、言っておくがあれは私の玩具ものだぞ」

「はいはい、盗らないから。若い子同士仲良くね」

 年寄り臭い台詞と、長いため息をはくシダクサ。事情を知らないレオンからすれば意味不明な発言だろう。


「ああレオン、シノブはこう見えて私たちより年上だそうだ」

 もちろん理解を示していないレオンに、レアが説明を入れた。

「レア、お前だまされてるぞ、それ」

「いや、お前はバカだからシノブの内面が見えていないんだ」

「ほんとだよー」

 シダクサが最後に言ったせいで説得力が半減した。


「は、二人で騙そうとしたって、そうはいかないぞ」

 レオンは、ふんと鼻であしらった。

「ま、信じるも信じないもレオン次第だ。私は信じたがな」

 レアはそう言ってシダクサの頭をがしがしと撫でた。シダクサは目をつぶってちょっと迷惑そうにしたが、満更でもないようだ。

「俺は信じないぞ」

「まぁいずれにせよ、シノブが王子殿下を完治させることができたのなら、お前は床に頭を擦りつけるようにして謝るべきだな。疑うことは結構だが、頑固なのはいかんよ。お前だってシノブを信じられないわけでもないのだろう。それを意固地になって信じないと言い張るあたり、まだまだ子供だな」

 レアはにやにやしながらレオンの額を指でぐいぐいと押した。レオンは顔をしかめたまま、押されるままに上体を反らした。


「さて、それより今は実験だ。シノブ、やはり酵素についての実験を先にしよう。受け入れられやすいのはこれだと思う」

「わかった。じゃあ……」

 

 そんなことをしながら、王子の回復を待つのであった。

 日本における大学の予算、つまり文科省の出している科学研究費は、総額で約千六百億円です。


そう考えると、シダクサの要求した金額は少なすぎですよね?w

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