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十話  騎士と女医

 女医の活躍でシダクサは王子との面会と相成った。


「王子殿下、薬師のシノブ殿をお連れしました」

 返ってきた王子の返事は小さく弱弱しい。


「王子殿下、シノブと申します。お手を失礼します」

 シダクサは騎士たちに厳重に見張られるなかで、王子の手首から脈を確認した。ついでに体温も確かめたが、通常より少しばかり高いことが分かった。


「医師の方、ちょっと」

 シダクサがさほどの女医を呼ぶ。

「レアだ」

 女医はそう名乗る。シダクサはそれに微笑んで答えるだけにして、王子の症状について尋ねた。


「耳の下や下肢の付け根に腫れている箇所が見つかっている。それと全身に倦怠感があると仰っていたな」

「そうですか。殿下、身体が痒かったりすることはありませんか?」

「……ある」

 ふむ、とシダクサは一呼吸を置いた。

「おそらく……悪性リンパ腫でしょうね」

「分かるのか!?」

 レアが食いついてきた。やはり中世レベルだと対症療法くらいが関の山だったのだろう。リンパ節が何かわかっているのかも怪しいところだ。

「ええ。難病ですが、あの子なら治せます」

 シダクサはそう言って騎士が恐る恐る抱いていたオロチを指差した。


「さっそく薬を調合しましょう。その子を返してもらえますか?」




  †




「レアさんは東の山の神の伝説をご存知ですか?」

 薬の調合場所に移動している間にシダクサがレアに言った。

「確か……蛇の神だったか」


 蛇の鱗云々の話がこの世界にはあった。しかし、それほど驚くことでもない。元の世界でもヤマタノオロチに似た話が西洋でもあり、英雄ヘラクレスがヒュドラという九つの頭を持つ蛇を退治したという。それと同様に、シダクサの世界では鱗について記述されなかったが、この世界では記述された、それだけの話だ。

 

「そうです。その蛇の神の鱗をすりつぶして飲むと、どんな難病も治るという話です。これ、実は単なる作り話じゃなくて、実際にあったことを基にしているそうです」

 これはシダクサの方便だが、その可能性も棄てきれない。

「それがその魔獣だと?」

「ええ。数が少なく、滅多に見つけることが出来ないので神聖視されたんでしょうね」

「それを良く見つけたな……」

 レアは感心したようにため息をついた。

「今回の為に見つけたわけではないので、たまたまですけどね」

「しかし、そのような万能薬ならわざわざ診察も必要はなかったのではないかな?」

 レアは意地悪く笑った。実際その通りなので、シダクサは彼女の疑り深い目にひやりとした。彼女が王子に会った本当の目的は、彼の目を見て前世を知ることだった。結果は残念だったが。


「そうでもありませんよ。この薬は本人の免疫力や体力を上昇させるためのものなので、それで治すことの出来ない遺伝的な病気に関しては効果がありませんから」

 しかし、当然考えられる疑問であったので難なくかわすことができた。

「そうか。ところで君は何歳かな、とても歳相応に見えないが」

「……内緒です」

 シダクサは思った。このひとは強い、と。





 薬の調合と言っても簡単だ。オロチから鱗を四五枚頂戴して、すり鉢で粉状になるまでするだけ。変な疑惑を持たせないように、オロチから鱗を取る以外はレアに任せた。しかもレアが鱗をひとつひとつ舐めて毒の有無まで調べたのだから、これで何かあったほうがおかしい。


「さっそく殿下のもとへ行く。悪いがシノブは待っていてくれ。心配性のレオンはシノブについていろ」

 レアが完成させた薬を零さないよう慎重に紙で包んでから言った。何時の間にかシダクサをシノブと呼ぶようになっていることに騎士――推定レオンが顔をしかめていた。

「はい、転ばないように気をつけてくださいよ?」

「気遣い感謝する」

 レアはそう言ってサッと姿を消した。その姿は本業を疑うほどだった。




「レオンさん?」

 いまだに機嫌が悪い騎士に、シダクサが声を掛けた。部屋にはシダクサの他には彼しか居ない。

「……なんだ?」

 騎士はぎょろりと目をシダクサに向けた。

「そんなに怖い顔しなくても……」

 シダクサはちょっと怯んだような風に身をすくめた。

「わ、悪い……」

 シダクサがようやく歳相応(?)な反応を見せたことに、騎士は思わず格好が崩れた。

「それで、騎士さんのお名前を伺っても?」

 シダクサもシダクサで、ようやく騎士の仮面にほころびをつくれたことが嬉しくて笑顔を見せた。

「……レオンハルトだ」

 部屋の外には他の騎士が居るが、部屋にはレオンハルトしかいないため、彼はあえて口調を戻さなかった。


「それではレオンさん、つかぬ事をお伺いしますが、レアとは恋人関係ですか?」

「まて、名前を聞いておいてレオンさんってどういうことだ! それに何故あやつと恋人にならねばならん!」

「おぉ……まぁまぁ落ち着いて? もしかしてレオンお兄ちゃんとかのほうがよかった?」

 とても崩れたレオンが面白くて、ついシダクサは追い討ちをかけてみた。

「な、何故そうなる! 貴様、あれか! 猫被ってたな!」

「そりゃぁ、初対面だったから緊張もして猫被るでしょ? そういう貴方だってさっきまで騎士の鏡だったのにすごい変わりようだね。私、面白くてやめられそうにないな」

 シダクサは人の悪い笑みを浮かべてレオンハルトを見つめた。

「わかったぞ、貴様、何故か気に食わんと思っていたら、レアの小さい頃にそっくりだ!」

「へー、レオンさんとレアさんって幼馴染なんだー」

「お、俺は認めんぞ!」

「ホントはレアさんが好きなんでしょ? ほらほら、言っちゃいなよ」

 レオンはすっかり顔を赤くしている。これが怒りからくるものでないことくらい誰にでも分かるというものだ。


「お、俺は、そんなこと、断じて、認めない!!」

 レオンはそう言って部屋を飛び出して行った。部屋の外にいた騎士が不審に思って部屋の中を覗いてきたが、そこには腹を抱えて笑う少女が一人いるだけだった。それですべてを悟った騎士たちもまた、密かに笑うのだった。


 


  †




「シノブ、殿下が薬を飲んで下さったぞ。む、レオンはどこに行った?」


 シダクサがレオンをいじり倒してしまったことを言うと、レアは大爆笑した。彼はレアにいじられ続けて二十年以上のベテランらしいのだが、いじり甲斐のなくならない奴だ、とレアは語った。


「レアさんって、レオンさんのことどう思っているんですか?」

 先ほどの仕返しのつもりでシダクサが訊いてみたのだが、

「レオンか、まぁ幼馴染だしな、それなりに好きだぞ」

 と、あっさりと答えられてしまった。

「へぇ……」

 どもるレアを見れるかと思っていたシダクサには残念だった。


「そうだ、私は言伝を頼まれたんだった。殿下の様子に変化が見られるまで城に居てくれないかということだ」

「軟禁ですね」

「すまないな。私はシノブを信じているのだが」

 レアは頭をかいて申し訳なさそうにした。

「わかってますよ」

「表の従者には帰ってもらうよう使いを遣らせるから、安心すると良い」

 従者にまで心遣いをすることからも、彼女の人となりが分かる気がした。

「ご心配なく。すぐに帰るよう言ってありましたから」

「……よく分かっているな、改めて聞くが……」

「歳は教えません」

「ちっ」

 

 二人はどちらからとも無く笑い出した。レオンの言うとおり、二人は似た同士だ。 

 



  


 

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