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一話  ヤマタノオロチとシダクサノヒメ

 日本の神話に、ヤマタノオロチという祟り神が登場する。


彼の物は八つの頭と尾を持ち、八つの谷と、八つの峰をまたぐという巨体をほこる。その目はホオズキのように紅く、背には苔や木が生い茂り、腹は血でただれているという。



この怪物はスサノオノミコトに退治され、尾からは神器である天叢雲剣あまのむらくものつるぎ、後の草薙之剣くさなぎのつるぎが取り出されたという話は有名だ。


  

 しかし、その後ヤマタノオロチは本当に死んだのだろうか。仮にも祟り神、八つ裂きにされた程度で滅びるのだろうか。


否、そんなことはなかった。




 スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治した際、彼はオロチの腹にいた少女も殺してしまった。なに、オロチの子ではない。オロチに生贄として差し出された娘だ。その名をシダクサノヒメ。運よくオロチの腹の中で少し長い時間生きていたのだ。



 ただ、彼女には次に繋がる運がなかった。


シダクサノヒメは、意図せず突き刺されたスサノオの剣によって貫かれ、息を引き取ったのだ。


スサノオは先に喰われた娘を殺し、後に喰われる予定だった娘を妻として国を築いた。ともにオロチの被害者である二人の娘だが、その結末は対照的だった。



ヤマタノオロチとシダクサノヒメはスサノオを恨むものとして魂が交じり合い、共に祟り神としての力を徐々に蓄えていった。

 



 幾星霜の時を経て今、二柱の祟り神は力を得てついに受肉のときを迎える。




「オロチ様、ついに憎きスサノオを倒すときが来たよ」

 つつましげな和服に身を包んだ黒髪の少女が、ヤマタノオロチの頭の一つに頬を寄せて言った。頬を寄せるといっても、大きさからいって身を寄せるという表現のほうが適切か。


『うむ。まこと長いこと息を潜めていたものだ。シダクサよ、本当に我と共に来てくれるか……そなたを喰ってしまった、そんな我と』

 ヤマタノオロチはどことなく悲しそうな表情でシダクサに問うた。


「ええ。貴方が生きるために必要なことだったことくらい分かってるわ。それに私の心の臓は草薙之剣の代わりに貴方の尾の中に。もはや一心同体、離れ離れになどあり得ないわ」

『済まない、シダクサ……』

「いいのよ。でも、私に楽させてね」

 シダクサは満面の笑顔をヤマタノオロチに向ける。

『……う、うむ』

 ヤマタノオロチが幾星霜のうちにすっかりシダクサの尻に敷かれる存在と成り果てていたのは、二人だけの秘密だ。




「ところでオロチ様。スサノオは今どこに?」

『変な世界に転生したようだ。神通力や妖術の類を人も使うという奇天烈な世界、そんな世で生を受けたそうな』

「じゃあ、私たちもその世界で受肉を?」

『そうだ。しかしその世界が我を受け入れるには少々無理があるようだ』

「存在が大きすぎるのね……そんなことで大丈夫なの?」

『心配ない。人型をしているシダクサだけが受肉するには問題はない。そなたが受肉し、縁を頼りに我を召喚するのだ。割り入ることは出来ないが、引き入れることは可能だからな』

「そう。なら、少しの間はお別れね」

 シダクサはちょっと目を伏せた。


『我はそなたを信じている。我らは心の臓で繋がっている。必ずや召喚は成功するだろう』

「そうね……そういうことなら、私、先に行くから」

『うむ』

 オロチの表情は分かり辛いが、シダクサには彼が微笑んだように見えた。





 †





 シダクサが受肉したのは人気のない森の中、時刻は宵の口といったところだ。多少色の異なる月が夜空に輝いている。

 

 身体は彼女が死んだときと同じもので、自慢の黒髪もそのままだ。江戸時代ごろに手に入れた着物もしっかりと受肉についてきている。シダクサとしては満足だった。


「空気が綺麗……」


 シダクサは二十一世紀の初頭まで力を蓄えていたため、汚染された空気を知っている。つい先ほどまでその中に居たのだから、それと比較してこの世界は空気が綺麗とわかった。


「オロチ様を召喚しなきゃ」

 

 この世界には魔法というものが存在するらしい。シダクサとて神の端くれ、受肉した瞬間にある程度の知識は得られた。


その知識からすると、これから行うことはこの世界で言う使い魔の召喚に似ている。これはかなり高度な魔法で、成功しても召喚したものに殺されることもあるというリスクの高い魔法だそうだ。


もっとも、ヤマタノオロチはシダクサの夫のようなものなので、いまさら取って食われることはないから安心だ。




「オロチ様、来て」


 人間が使い魔の召喚をするには数時間単位の詠唱が必要らしいが、そんなものは祟り神シダクサノカミには関係ない。第一、彼女はこの世界の魔法を使うわけではない。これは神としての力だ。


魔法が神の真似事に過ぎない以上、その力の差は歴然といえる。


 

 


 闇夜に紫色の閃光が走り、オロチが虚空から一瞬で全貌をあらわした。



その全長、およそ三十センチ。



『ふむ、成功か』

「あ……あぁ……」

 シダクサが両手をわなわなと震わせてオロチを見つめた。目は大きく見開かれている。


『む、どうしたシダクサ。様子が……』

 ミニサイズのヤマタノオロチが八つの首を同時に傾げた。右に四つ、左に四つだ。

「オ……オロチ様……か、かわいいっ!」


 シダクサはミニオロチを腕にぎゅっと抱きしめた。ぬいぐるみ同然の扱いである。

『お、落ち着け、シダクサ! な、中身がでる! そなたの心臓もあるのだぞっ!』

 


 ~時間経過~



「……ごめんなさい、オロチ様。あんまりに可愛いから。でもそんな格好でスサノオの勝てるの?」

 少しだけしゅんとしつつも、オロチを抱きかかえたままシダクサが尋ねた。

『問題ない。我にこの世界の力、すなわち魔力を取り込めば体躯も元に戻ろう。一々篭めなおす必要があるので面倒ではあるが……』

「そうなの。ところで、私の周りに集まってきている得体の知れない四足どもをお任せしてもいいかしら?」

 シダクサは辺りを見回しながら言った。彼らの周りには獣のようでどこか違った生き物が群がってきていた。これが魔獣と呼ばれる魔力を持った猛獣だそうだ。


『よかろう、こんな獣ども一飲みにしてくれる!』

「よろしくね、オロチ様!」


 シダクサはオロチを地面に降ろすと、ミニオロチは紫色に発光すると爆発的に大きくなり、八つの谷、八つの峰をまたぐというヤマタノオロチに戻った。さすがに八つの谷云々は誇張だが、小山ひとつ分くらいの大きさはある。



『シダクサ、乗れ』

「もう乗ってる。落とさないでね」

 シダクサはヤマタノオロチの頭の一つに正座で座っている。

『承知。久々の獲物だ、たらふくいただこうか』

「ええ」

 

 シダクサとヤマタノオロチは一心同体、それは食事についても、命についてもいえる。どちらも一方が一方を補うのだから非常に都合が良い。



ヤマタノオロチはシダクサが乗っていない頭をそれぞれ器用に動かし、金縛りにあったような魔獣どもを丸呑みにしていく。その様子は鳥が虫をついばむのに似ている。



「あんまりおいしくない……」

 もちろん味覚も共有だ。魔獣というのはあまり美味ではないらしい。

『我慢しようぞ。前に贅沢は敵だ、と誰かが言っていたではないか』

「オロチ様時代遅れ~。私、マッキントッシュが食べたいな」

『それは食べ物ではないぞ』

「そうだっけ?」


 口がいくつもあると、食事中の会話も円滑だ。


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