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絢子、攫われる。3

 時計も欲しい、と言えばよかった。できればこの空間の時間の流れではなく、元の場所の時間の流れでの時計が欲しいのである。

 太陽の位置や星の位置で時間は大体わかるだろうって? 残念ながらそれはできない。私にその能力がない以前に、私が確認できる空は絵画的な青空のみだからだ。

 朝と昼は青空でいいから、せめて夜は夜の空にしてください、とエル様に言えばよかった。()()エル様が叶えてくれるかはわからないけれど。


 どうして今そのことに直面しているのかというと、パイ包みのシチューとパンとクッキーと紅茶のせいでお腹一杯になったので、眠い、の一言だったんですよね。つまり、することもないのでベッドに転がったら、そのままスヤ~っと寝てしまたんですよね。危機管理能力のない女ですこと。

 とにかく、目を覚まして窓の外を見ても、青空。扉の方を開けても、青空。一体今は何時なんだ、この空間に来てどれくらい経ったんだ、と今更ながらに地味に焦っているのである。


「うーん、困った。こんな状況でも寝ちゃう自分にも困った。多分、絶対にヴィンスさんたち私を探してるだろうし……探してる……よね……?」


 探していなかったらどうしよう。もしも、私の存在自体の記憶が失われていたとしたら? あのエル様ならば、そういうことも可能なんじゃない?

 突然のネガティブ思考だが、許して欲しい。よくわからないけれどエル様に拉致られ、エル様に軟禁され、呑気ではなかったんだけど食事と睡眠に満足した自分自身を顧みたのである。なにやってんだろう、という思いに殴られまくっているのである。

 こんな時にも鳴ったお腹と、次の瞬間には出現したお料理に、私は私を殴りたくなった。


「~~クソ―! 美味しそうなベーコンエッグですこと! こんがりトーストとスープも付いてるしサラダもちょっと付いててなんてバランスがいい朝食ですこと! 寝起きだから朝食だよね?! 正確な時間帯は知らないけど!! あと牛乳も飲みたいです!」


 あ、牛乳が追加された。

 私はテーブルに座ると、パンっと手を合わせていただきますをする。ついでに、このお料理たちを食べてもなんの害もない、と念じれば、まずは牛乳をごくっと飲む。美味しい。まるで牧場でいただくような新鮮な牛乳である。

 ベーコンエッグも美味しい。ベーコンの塩味だけでも十分とも思えるけど、少し振られた胡椒がアクセントになっていてペロリと食べられそうだ。そこに、トーストをひと齧り。サックサクの香ばしさだしパン自体にしっかりと味が付いているので、バターやジャムがなくても単体で食べられそう。

 美味しい。ネガティブ思考になってしまったけれど、美味しいものを食べたら少し浮上できたような気がした。


「……いやいや、待て待て。私、美味しい朝食が食べたい、って念じてみたっけ?」


 コーンクリームスープを飲んでいると、ハッとする。

 あれ? そういえば、このお料理は一体……? 確かにお腹は鳴ったけれど、なんか食べたいって思った訳じゃないのに……? お腹が鳴ったから、イコールで食べたい、イコールでご飯の出現って繋がった? そんな些細なことでも、私のこの力は発動しちゃうの??


 いや、違う。私じゃあ、ない。


 私の念じれば食べ物だって出せる能力は、勘違いだったのかもしれない。そのことには、もう少し早くに気付けたはずである。

 ここは、いつもと様相が全く違うけれどエル様とお話しできる空間のはずで、以前もエル様はポンポンとお菓子やお茶を出して飲食していた。私も、ヴィンスさんだってご相伴に預かったこともある。


「聖女の力だと思ってたのにぃぃ……」


 そもそも、なにかしら影響がないようにあるようにと念じることはできても、なにかを出現させるとかの力は元からないんだろう。聖女の力に関してはまだよくわかっていない部分もあるので、それが知れただけでもよかったのかもしれない。いざなにかを出現しなければならない事態に陥った時に、得意げに念じて失敗を見せたらその場の士気は下がってしまうだろうし。

 これはこれでよかった、と思うと同時に、では何故なのか、とも思う。


「……拉致して軟禁してるのに、なんで出てくる食事がちょっと豪勢なんだろう?」


 それこそパンとスープだけでもいいだろうに、そこはエル様の優しさなんだろうか。様子がおかしいのに、そういう気遣いは私の知っているエル様らしいといえばそうだ。

 だから、だろうか。青空のクオリティが低く、そこだけが雑さを感じる。神様であるエル様であっても、絵画ではない青空を作り出すのは無理難題なんだろうか。

 いいや、そんなはずはないだろう、と思ってしまうのだ。できることとできないことは神様であってもあるのだろうが、なにもない空間にあれこれと出現させるエル様ならば、と期待してしまう気持ちがある。


「アンバランス、な気がするんだよねえ。……そもそも、ポンコツなのがおかしい、のか……?」


 そう呟いて、ハッとする。

 エル様という神様は、そういう御方、と認識してしまっていた。初対面からペラペラな紙みたいだったから、私もつい調子に乗って抓ったり暴言を吐いたりしていた。それが許されていたから、慣れてしまっていたのだ。


「思い出せ……記憶を、引っ張り出せ……!」


 今私に必要なのは、エル様との最初から最新までのやり取りだ。

 エル様は、なんて言っていた。疲れている、ミスが多い、ポンコツ、うっかり、寝ていた。

 私は思わず上を向いた。目を閉じ、盛大に溜息を吐く。その症状、いくらエル様が神様だからって放っておいていいことではなかった。神様だから大丈夫だろうと思っていた自分自身を殴りたい。


「早急に補佐役を付けてくださいって言えばよかった……! エル様がおかしいのは、神様という役職に忙殺されて心身共におかしくなっちゃったヤツだ。エル様に必要なのは休息。ワンオペで神様業をやってる場合じゃないんだよぉぉっ」


 こちらもそもそもの話、私の知るお茶目でポンコツなエル様が本当のエル様ではないのかもしれない。むしろそうなのだろう。威厳に満ちた少し威圧されるくらいの姿が、たまにポンッとお出しされていたエル様が、本当のエル様なんだろう。

 症状はすでに出ていた。私もヴィンスさんも、本当のエル様を知らなかったから見逃していた。


「でも、だからって人格から変わっちゃう~? 今のエル様、たくさん寝て起きたら、いつものエル様もしくは威厳に満ちたちゃんと神様なエル様にならないかな?」


 きちんと休息を得たなら、もしかしたら可能性はあるのかもしれない。けれど、それでもダメならば、どうしたらいいんだろう。今のなんかおかしいエル様が、ヴィンスさんたちが生きる、私が招かれた世界を見守ることなんてできるんだろうか。


「うぅ……ちからが……力が欲しい……私が存在するだけで世界は平穏になるなら、エル様にもその効果があって欲しい」


 めそめそしながらも、すっかり冷めてしまった朝食に再び手を付ける。

 クソォ、冷めてるけど美味しいってどういうことなの。エル様の、お料理に対する執念が反映されてる、とかなのかな。あ、大丈夫です。不満とかではないので、次に出していただけるお料理もそういうクオリティでお願いしたいです。

 こうやって考えていないと、私の思いとは違ったことをされそうだ。部屋はあれど暇つぶしになるような物はなにもないので、すぐにエル様が私の思考を読んで反映させるのかもしれないし。

 ……願えば、せめて暇つぶしになるような本も出てくるかな?


「……そこまでのサービスはないかー。選別が難しいなら、英雄と魔竜の物語の本でもよかったんだけど。確かいろいろ種類あるらしいし、読みたかっ……あ、出た」


 室内のどこに現れるかはわからなかったのでキョロキョロしていると、ベッドの上にポンッと数冊の本が現れる。具体的にどういう本がいいのか、指定するべきだったようだ。いろんなジャンルの中から私好みの本なんて、すぐにポンポンと出せるもんじゃないよね。ジャンルが多ければ冊数も多くなり、この部屋いっぱいになるだろうし。


 私はとりあえず、朝食を食べてしまうことに集中する。

 いろいろ考えて気付いてしまったけれど、今の私にはなにかができるわけではない。なにも、できない。ここがエル様とお話しできる空間ならば、脱出方法なんてエル様の胸倉を掴んで元の場所に戻るように脅すくらいしかできないだろう。今のエル様に、それをできる気が一切しない。

 だったら、とりあえず大人しくしておくべきだ。英雄と魔竜の本でも読んで、エル様が再び私に接触してくる時を待とう。


念じればご飯を出せる、わけがない聖女。


リアクションなど、ありがとうございます!

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