幕間:そんなことより検証がしたい ―ドウェイン・タルコット
王都から北東へ、普通の馬で三日。プレスタン王国の国有地である、ラヴィロッティの森。
元々はどこの家だったか、高位貴族の領地だった。とはいえ樹々がたくさん植わっているし少し開けた場所も草が生い茂っている場所なので、自然に任せて手入れもしていなかったようだ。
こういう場所は、たとえば僕みたいな魔導師が好む。自然を壊さない程度だったら、魔法の練習とか実験とかし放題だからだ。もちろん、領主には許可を得てだけれど。
騎士だって鍛練に合った場所だった。ほどほどの魔物も遭遇するし、野営の練習なんかにもちょうどいい。
だから十五年前のあの日、僕はちょっと実験がしたくて、ヴィンスを捕まえてこの森に来ていた。グレイアム領産の馬を借りて往復で三日、森での滞在も三日という予定を、騎士団長に任じられたばかりのラルフ様が渋々認めてくださってのことだった。
「まさかそこで、件の魔竜を倒すとは思わなかったけどね~」
魔竜はヴィンスの故郷であるグレイアム辺境伯領で暴れ、世界各地でも火を吐き民を食い散らかしていた。
もちろん僕も、プレスタン王国の魔竜討伐隊に名を連ねていたしヴィンスだってそうだった。
第一陣に編成されて実際に魔竜と対峙したけれど、その時はまったく歯が立たなくて撤退したんだよね。死傷者ももちろん数多く出ていたし、全滅するよりはマシだった。
僕は魔竜と対峙したことで、もっとどうにかできないかな、と思って魔法の実験がしたかったんだ。戦場から王都に戻ったばかりで本来なら体を休める期間だったけれど、そんなことよりも魔竜討伐の糸口を探りたかった。あんな存在がある以上、僕の研究が進まないからね!
そこにヴィンスを誘ったのは、あまりにもギラギラしていたからだ。
最初の魔竜による被災地は、グレイアム辺境伯領だ。魔物や魔獣なんかが数多くいるが故に、国王陛下に認可されている独自の騎士団を持つグレイアム辺境伯領内だった。とはいえ、領内のどこにでも騎士たちが配置されているわけでもなく、駆け付けたところでそこはすでに焦土と化していたらしい。
つまり、間に合わなかった。被害は、王都分の土地と小さな村一つ。死者は村人の数にして三十名足らず、辺境騎士団では十数名。重軽傷者は数多。かつては王国騎士団の団長を務め、誰もがその強さを知る辺境騎士団の団長でもあるグレイアム辺境伯であっても、魔竜には敵わなかった。
あのジェフリー・グレイアム辺境伯でさえ民を守れなかったことは、息子であるヴィンスも堪えられることではなかったんだろう。守るべき領民と、国や領地のために辺境の前線で剣を振るい盾にもなっていた騎士たちを失い、辺境伯子息としても魔竜への憤りを人一倍感じていたに違いない。
それなのに、僕も出陣した第一陣の討伐隊での戦績は、一様にして無残。僕とはまた違った方向で、もっとどうにかできないのか、と思っていたんだと。
「だからヴィンスを誘ったんだっけ。僕と君とで魔竜を屠る方法の実験をしよう、って」
本当はもっと時間が欲しかったんだけれど、ラルフ様が許可したのは移動を含めての六日間。それならグレイアム領産の馬を貸して、ってヴィンスにわがまま言って、ここラヴィロッティの森までやって来たんだよね。もちろん、ラルフ様経由で当時の領主に許可を得て。
そんなことを思い出しながらも、僕は森の中を歩いていた。
目的の場所は、僕とヴィンスが当時野営していた場所。勢いをつけて跳ばなくてもいいくらいの小さな川の上流近くの、少し開けた野原。十五年前と比べると随分と荒れたように見えるのは、魔竜の終焉の地だからだろう。誰も寄り付かなくなったんだ。
最後にこの地に訪れたのは、ウチの魔導師団。プレスタン王国との友好国の視察団がすべて帰国したあとに、最終点検が必要だったからだ。友好国とはいえ、なにかおかしなことをされていたら堪ったもんじゃないもんね。そして、今後の厄介なお客さん対策のために簡易的だけれど結界も必要だった。興味本位で森に入って、魔竜が所以のなにかに遭遇するかもしれないからね。脅かし用の術も仕込んであるんだよ、凄いでしょ。
それじゃあ僕はどうして今、なにもなく森の中に入れているのかって?
ラヴィロッティの森の簡易結界も脅かし用の術も、僕が開発者だからだよ!!
「確か、あっちの方に首が落ちて……胴体はここら辺だったかな。うーん……もう少し、資料をちゃんと見てくればよかった。僕の記憶も流石に曖昧か〜」
当時の野営地に着いたから、そこを支点に方角の確認。十五年前の当時の記憶も引っ張り出して、やや正確ではない魔竜の最期の状態を確認する。急ぎだったとはいえ、資料をしっかり読んでくるべきだった。僕の優秀な頭脳でも、様々なことが詰め込まれていると記憶も曖昧になるらしい。
「まあいいや。ここだと仮定して、なんかおかしなことは……」
当時の僕の実験は、とても単純なものだった。ヴィンスに身体強化系の魔法をかけ、更に剣に魔法を纏わせての攻撃。身体強化の魔法は誰にでもかけられるけれど、魔法を剣に纏わせるのには術者と非術者の相性があるから大変なんだ。本当は剣の能力が高いヴィンスを基準にしちゃダメなんだけど、ヴィンスくらいの能力の持ち主じゃないと早々に実験終了となってしまうしね。
と、まあ実験は順調だった。あとは個々の能力に沿って騎士たちを強化し、さらには魔導師との連携で騎士たちと共闘できたら魔竜を討てるんじゃないか、と僕は結論付けそうになっていた。
僕自身もこの実験でワクワクとドキドキが止まらなくて、なんだか魔力量もたくさん増えたような気がしていたんだよね。魔導師の魔力量って、どんな拍子で多くなったり少なくなったりするかは個人で違うんだけど、僕はその時だったのかなって。
――思い返せば、有り得ないくらいの魔力量の増加だったんだけど。
「魔力の流れは、正常かな。まあ、流石に十五年前だしねえ。魔竜ほどの大物がなにかしてたら、すぐにでもわかりそうなものだけど……と。あはは、なんか発見~」
正常だと感じた魔力の流れが、少しおかしい場所があった。そこは確か、魔竜の胴体があった場所だ。切り離された頭部があちらだったと思うから、普通の生き物でいうところの心臓の部分。魔力を帯びた魔物や魔獣が通ったり争ったりではないような、ちょっとしたおかしさ。
「魔力の質が他とは違ったんだよね、魔竜って。その異質な魔力がこう……なんか集合しちゃったみたいな。でも不穏な感じはないし、これを本当に魔竜と断定していいのやら」
首を捻るけれど、もともと薄っすらだったその魔力の流れは僕の目の前で段々と弱くなり、消えた。
「……うん、なるほど。一応、見回りをしてから森から退散かな。そんでグレイアム領に向かって、確認しなきゃ」
ヴィンスたちが出会っているだろう、【星の渡り人】ではなくこの世界に招かれた人物。その人物からも、消える寸前に感じた異様なほどの清らかな魔力を見ることができるかな。
僕はワクワクドキドキしながらも、森の巡回を始めた。
◆◆◆
「ロドニーじゃん。どうしたの?」
「よかった、すれ違いにならなくて。こちら、団長からです」
王都とラヴィロッティの森の間には、小さな町が一つある。森の方からだと、一泊は野宿でもう一泊はこの町だ。
今回の僕は、急ぎだけどこの一泊だけはちょっとゆっくりさせて貰おうと思っていた。結構疲れたからね。けれど、騎士団や魔導師団御用達の宿屋へと向かっていると、僕を呼ぶ声に引き留められる。
「なになに? えーと……わーお、ホント? こうしちゃいられないヤツだー」
僕を捕まえたロドニーから差し出された手紙を、無遠慮にもその場で拝読する。ラルフ様からの手紙って緊急事態なんじゃないかな、と思ったら、やっぱりそうだった。
「手紙を読んだら、至急、グレイアム辺境伯領へ、とのことです」
ラルフ様からの追加の言付けも受けると、僕はもう一度手紙を読み直す。
案の定、件のトーゴ・アーリャギなる人物はアーヤの知り合いだったらしいね。それはよかった。いいや、よくはないけれど。それで、彼を師匠が調べていたら竜が現れて、それがなんとかつての魔竜で【聖獣】と自称している、と。
――うん、何度読んでも僕はニコニコしちゃうね! ロドニーの表情を見るに、ニヤニヤの方かな? どちらにしろ、僕はものすごく愉快な気分だ。
この際、僕とヴィンスとで屠った魔竜が生きていることはどうだっていい。問題は【聖獣】の部分だ。僕がラヴィロッティの森で感じた、あの清らかすぎる魔力。その答えが【聖獣】ならば、なんとなく繋げた点と点が線になったような気がする。
「……ねえ、ロドニー。僕ね、森を調べた時に、ものすごーく清らかな魔力を感じたんだよね」
「清らかな、魔力……ですか?」
「そう! その魔力がね、そういえばなんか似てるなぁって思ってたんだ」
「なにに、でしょうか?」
訝しげにするロドニーに、僕は零れて溢れる笑みを堪え切れない。
「よし! すっごく面白くなってきた! 僕は早速辺境伯領に行くね!」
「えっ?! あ、はい! でしたら、私の馬をお使いください。グレイアム領産を借りてきましたので」
「さっすがロドニー! 遠慮なく乗って行くねー! ……あ、でもその前に仮眠取っていいかな? 疲労感がすっごいの」
「ええ……はあ、仮眠と言わず一泊くらいならよろしいかと」
ロドニー優しー。
僕はニコニコご機嫌のまま、ロドニーの腕を引っ張って御用達の宿屋の方へと向かう。ロドニーも、一泊くらいはいいんじゃない? 僕は明日の朝は早くに出るから、君はゆっくりしていきなよ。
でも、寝られるかわからないかもしれない。
だって、あの清らかすぎる魔力は【聖獣】だからで、ヴィンスとアーヤが神様に攫われたり返してくれたりする時に残っていた魔力の流れと同じ、だったから。
つまり、魔竜は神様だったんじゃないか、ってこと。
リアクションだけではなく、ブクマも評価もとたくさん有難うございますー!
今回はちょっと小休止、ドウェインの動向のお話でした。
アーヤがあれからどうなったのかは、次回からまた……




