絢子、憤る。3
言うに事欠いて、なにを言っているんだこの人は。いや、この神は。
私はヴィンスさんを見た。ヴィンスさんもどう反応すればいいのかわからないらしく、困惑しながらもこちらを見てくる。なので私はこんにちはさせていた親指と人差し指をアピールしてみるが、首を左右に振られるので抓る許可は下りないらしい。エル様のボケには抓るのが一番効果があると思うのに、誠に残念である。
あと、さっきのムカつく分も上乗せして抓ってやりたい思いもちょっとある。
「うーん、あんまり重要じゃなかったような、そうじゃないような……その程度だから放っておいていいかもね!」
そして、更になにを言っているんだこの人は、である。いや、この神だ。
放っておいていい? 駄目に決まっているだろう。
「……なに言ってるんですかね?」
私がいよいよ親指と人差し指をこんにちはさせた状態でエル様に見せつけながらも、なるべく低い声を出す。ヴィンスさんは相変わらず私の指を丸めるけれど、だったらグーでバコーンッでもいいんですけれどね。私は非力なので、私もエル様もそこまで痛い思いはしないで済むだろうし。
殴る気満々で今度は拳を握りしめていると、慌てたヴィンスさんが私の両手を拘束しやがった。握っていたのは利き手の右だけなので、左は関係ないのにどういうことだ。右手が駄目なら左手で行こうとは、ほんの少しだけなら考えていたけれど。
「アーヤ、落ち着け」
「だって! 絶対に放っておいてちゃ駄目でしょうに!」
「ああ、それはそうだ。……エル様。過去には【星の渡り人】に寄り添っていたらしいのです。それ故に、エル様はご存知かと思ったのですが」
「ええー……?」
ヴィンスさんが丁寧に訊ねても、この反応である。頬をぷくーっと膨らませるので、この拳でその膨らみを潰してしまおうか。原点に戻って抓ってやるのでもいい。
そもそも、放っておいていい問題じゃないのは明白である。だって、聖獣ってなんか神様と繋がってそうじゃない? そうでなくとも、ちょっとくらい情報があるはずだし、それを教えて欲しいのだ。ただそれだけなのに。
私はとりあえず、ヴィンスさんの拘束から逃れるために両手をバタつかせる。すると優しいヴィンスさんはあっさりと解放してくれるので、その優しさに感謝しつつも右手の親指と人差し指をこんにちはさせた。申し訳ないけれど、ヴィンスさんの優しさを踏み躙らせてもらいますね。大体エル様のせいです。
けれど、私がエル様に親指と人差し指のアピールをすれば、すかさずヴィンスさんに指を丸められ、首を左右に振られる。殴るのは諦めるから、もう一回くらいどこかしら抓ってもいいと思いますけどね、わりと本気で! だから私の指を何度もきゅっと丸めるのはやめてもらっていいですか!
「そう言われても……あっ」
私とヴィンスさんが無言の攻防を繰り広げていると、なにかを思い出したのかエル様が声を上げる。
「思い出した。【聖獣】って、私の分身みたいなものだ」
ほらぁぁ!! やっぱりエル様と繋がりがあるじゃないぃぃ!!
私がちょっと憤っていると、エル様の言葉にヴィンスさんが息を呑んだようだった。見れば顔を真っ蒼にさせていて、少し震えてもいる。
ここでいったん冷静に、考えてみよう。エル様は聖獣を自身の分身と言った。
――分身。
私が偏見まみれで思い付く限りでは、分身といえば忍者だ。自分と同じ姿かたちをした、まるでホログラムのような存在である。攻撃されたら消えるので、虱潰しに消していけば本体に辿り着くイメージがある。漫画やアニメ、実写の映画なんかでもそういう表現をしたりするだろう。
だからエル様が、聖獣を自称するあの竜を自身の分身と言うのはおかしく思える。私が念じて転がしたりコロコロ転がしたり転がしたり、まあ転がしたりしたけれど、あの竜は一度も消えなかったからね! むしろ実体がなかったから私が見えるようにしたから、むしろ逆なんだけどね!
だけれど、エル様の分身ということが仮に事実だとしたらば。
「それならば俺は……エル様の、神である貴方様の分身を屠った、ということになりますね……?」
ヴィンスさんが顔を蒼くさせているのは、そういうことだ。聖獣を自称するあの竜は、イコールでヴィンスさんとドウェインさんが屠った十五年前の魔竜なのだから。
つまりは、ヴィンスさんとドウェインさんは神であるエル様の分身を屠ったということになる。魔に堕ちていたとはいえ、神を屠ったと同じと考えてもいいのだろう。
とはいえ、あくまで分身だ。どこまでエル様と深く繋がっているかはわからない。現にエル様は分身だということを忘れていたのだし、そこまでの影響はないと思いたい。
……影響はない、よね?
「ああ、大丈夫だよ。それは問題ない。魔竜を討ったこと、本当に感謝している」
心配していると、エル様はこちらの様子に気付いて言葉を下さる。笑顔のエル様に、ヴィンスさんはもちろん私も安堵だ。
ほっと息を吐くと、でも、とエル様は続ける。
「でも、どうして【聖獣】が魔竜になったのかは調べないといけないね」
むしろ重要なのはそこだろう。神の分身が魔に堕ちるようなことって、きっと絶対にあってはならないんだろうから。むしろそれだけの影響だけで済んでよかった、という案件なのでは? 結局は聖女の私の出る幕はなく、魔竜は滅びたのだから。
それに。
「それもですけど、聖獣がどういった役割なのかもついでに思い出して貰いたいなぁ~、って……」
「エル様の分身ならば、生まれた意味もあるのでしょう」
どうせなら、そこまで知ってスッキリしたい。本来の聖獣の役割がなんなのかを知って、あの竜が店長をこの世界に招いてまでなにをしたいのかを、糸口だけでも掴みたいのだ。
エル様は考えてくれる。おそらくは記憶の引き出しを再び引っ張り出しているんだろう。
今度こそは、きちんとした引き出しを引っ張り出せますように。祈っていれば、エル様は困ったように眉を下げた。
「本当なら、手助けが必要な【星の渡り人】に寄り添うんだよ。けれど、今回は【聖女】が来る前に魔竜になってしまった。その原因は……」
言いかけて、やめた。
エル様はスッと手をかざすと、困った顔のままに笑う。
このポーズは駄目だ。このエル様と面会できる真っ白い空間から、元の場所に戻るための術かなんかを発動するポーズだ。エル様は私とヴィンスさんを有無を言わさずに、元の場所に戻すつもりなのだ。
「ちょっ……待ってください! まだ話が……っ!!」
それを止めるべく私はエル様の方へと手を伸ばしてみたけれど、術を止める気配のないエル様は困った笑顔のままで。
「アーヤ、駄目だ! 目を瞑るんだ、あの光が来るぞ!」
「だってヴィンスさんっ!!」
――ごめんね。
謝罪の言葉と同時に、とうとうあの強烈な白い光に包まれた。光から庇うようにヴィンスさんに抱き込まれてしまったので咄嗟にぎゅっと目を瞑れば、そんな中でもエル様の声が耳に届く。
「あの竜が生まれた場所に行くといい。なにか、わかるかもしれない」
だからそれをエル様の口から聞きたかったんだってば!
「なにかってなによ! ごめんねってなに?!」
叫んだ声は、エル様に届いただろうか。
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