絢子、憤る。2
私は期待の目でじっとエル様を見る。しかしエル様は首を傾げたまま、きょとんとした顔のままだった。
え、もしかしてこれは……なんにもわかんないヤツ??
「人を招いたわたし以外のなにかは、もしかしたら十五年前の魔竜かもねって、わたし言ったよね?」
わかんないなら、もう一回くらいエル様を抓ってもいいよね? ……なんて思っていると、エル様はきょとんとした顔のまま、私とヴィンスさんを責めた。その真っ直ぐな瞳は、なに言ってんだコイツら、と言っているかのようである。
言ってましたっけ、と記憶を探るがそれっぽい記憶がうっすらあるようなないような。
私はヴィンスさんを見上げる。するとヴィンスさんは私を見ていて、心配そうにしていた。
あれ……? ということは、エル様からの批難は私に対してだけ、だな?
「えっと……言って、ましたっけ……?」
「確かに仰っていた。アーヤもそこはちゃんと繋がっていたと思っていたんだが……」
「多分、私はトーゴ・アオヤギさんが店長かもしれないっていうので、頭がいっぱいになったんだと思いますぅ……」
「ああ、なるほど。……腹立たしいな」
ボソリとヴィンスさんがなにか言ったようだったけれど、それよりも今はエル様だ。
えへへ、と笑っていれば、誤魔化されてくれるだろうか。
「言っておくけど、わたしには誤魔化しは効かないよ〜ぉ?」
はいそうですよね、知っていました! 思考を読まれるのはやっぱり便利だけれど不便だ、チクショウ。
「ごめんなさい!」
ここは潔く謝罪である。頭を深々と下げて、心の中でも誠心誠意の言葉を並べる。こんなことで許してくれるかはわからないけれど、やらないよりは全然いい。
べ、べつに、罰とかあったらイヤとかじゃ、ないんだから、ね?!
「……まぁ、別に忘れててもいいんだけどね」
謝罪をしながらも焦る気持ちの方が段々と大きくなっていると、エル様はあっさりと許してくれた。思わず勢いよく顔を上げれば、本当に怒ってもいないのかニコニコと笑っている。
「いいんですか……?」
訊ねれば頷かれる。
「だって、わたしもポンコツなんだよ? 【聖女】や【勇者】であっても君たちは人間。神のわたしがそうなのに、完璧さは求めないよ」
そんなことを微笑みながらも言われましても、素直によかったと安堵することはできない気がする。エル様にポンコツの自覚があるのは大変よろしいことかと思うけれども。
私が、はあ、と気の抜けた返事しかできないでいると、隣でヴィンスさんがゆっくりと息を吐いていた。
「もしもアーヤが罰を受けるならば、俺にも非があるので罰を受ける覚悟でありました」
「え……? ば、罰……? なんでですかっ?」
記憶がすっぱ抜けていた私が悪いのに、どうしてヴィンスさんが罰を?
混乱していると、エル様がコロコロと笑う。
「ヴィンセント・グレイアムは根っからの騎士だからね。でもわたし、そういうことはしないよー。……もっと別なことならするけど」
「えっ……?!」
ニヤニヤとしながらもエル様が言うものだから、私は思わずヴィンスさんの腕にしがみついた。涙目である。ヴィンスさんも私の代わりに罰を受ける覚悟とか言うし、エル様はエル様で怖いし。
そんなことしないで、という思いと、ごめんなさい、という思いでぎゅうぎゅうとヴィンスさんにしがみついていたら、ヴィンスさんが天を仰いでいた。どうしたんだろう。もしやエル様がなにか罰を発動した……?!
「ヴィンスさん?! 大丈夫ですか?!」
エル様が罰を発動したのなら、ヴィンスさんにはやめて欲しい。その罰は私のものだ。私の代わりにヴィンスさんが受けるなんて、そんなことは絶対に駄目だ。
私がエル様に思考を読んで貰えるようにぎゃあぎゃあと心の中で騒いでいれば、エル様はフッと笑った。
「もぉ〜、駄目だよアーヤ。そんなにくっついたら、ヴィンセント・グレイアムの理性が切れちゃうでしょ〜?」
「へ……? あ……ごめんなさい、ヴィンスさん……」
「いや……平気だ……」
しまった。はしたなくもくっつき過ぎてしまっていたようだ。そっとヴィンスさんから離れると、居心地が悪いような気がして小さくなる。
ヴィンスさんにそっぽを向かれてしまったので余計に居心地が悪くなっていると、エル様が私とヴィインスさんの肩にそれぞれポンと手を置いた。先ほどまでは面白そうにしていたのに、今度は心配顔をされてしまっている。
「ねえ、本当に二人は婚約してるんだよね? あまりにも初心すぎない? 神様もビックリだよ? いい加減に慣れよう?」
御尤もである。御尤もであるが、私にはまだまだ修行が足りていない案件なのだ。この様子だと、ヴィンスさんも。
そんなことを真剣に言われても、婚約はしているしまだ慣れる気はしないんです! こればっかりは、お願いだから生暖かい目で見守ってくれていたら嬉しいです!!
「御忠告、ありがとうございます。ですが……婚約はまだしたばかり。もうしばらく見守っていてくださると幸いです」
ヴィンスさんが顔を手で隠しながらも、私の考えと同じことをエル様に言ってくれる。考えが一緒なのは喜ばしいことだけれど、現状維持をしていてはいつまでも初心すぎることになってしまう。だから、本当に、本っ当に、ゆっくりでもいいから恋人らしいスキンシップとかに慣れよう。
……とは、常々思ってはいるけれど、なかなかどうにも上手くいかないんだよね。これが恋愛事がお久し振りすぎる者の弊害か~。それとも相手がヴィンスさんだからかな~?
呑気にもそう思っていると、エル様がやれやれと疲労を見せながらも大きな溜息を吐いた。
「うん、そうだね。もう二人を揶揄ったりしないって誓うよ。軽い気持ちでやったらこっちが後悔しちゃったんだもん」
「もしかして、それがエル様の言葉を忘れていたアーヤへの罰のはずでしたか?」
「結果的に罰を受けたのはわたしだったね」
「俺は、正直役得でした」
「だろうね~?」
ヴィンスさんとエル様の会話を聞いて、私の頬はぷっくりと膨れた。眉間の皺も深い。なんか、語彙がどこかへ飛んで行ったけれど、なんかムカつくのである。できればエル様の脇腹を両方とも抓って捻り、ヴィンスさんの両頬を抓って伸ばしたい。
「おやおや、アーヤを怒らせてしまったようだ。調子に乗り過ぎてしまったね、申し訳ないことをした」
「……別にいいですケド」
「すまない、アーヤ! 俺はその……嬉しかったんだ。俺を頼ってくれたんだろう? 心配してくれたんだろう? それなのに、俺は邪まな思いを……騎士としてあるまじき行為だ……」
「そんな大げさな……とは言い切れないね。アーヤ、本当に申し訳ない。先ほども言ったように、二度と二人の仲を揶揄ったりしないよ」
ちらり、ヴィンスさんとエル様を窺う。お二人共、どうやらきちんと反省している様子だ。だったら、私が拗ねていたら話は進まない。ムカつく、という思いはまだ燻ぶっている。けれどそれをどうにか押しやって、冷静に、もう大丈夫です、と伝えたらヴィンスさんが安堵の息を吐いた。
「よかった……アーヤに嫌われたら、俺はもう生きていけない」
「私も同じです。だから……こういうことはちょっとずつって言ってるのに……」
もう一度だけ、すまない、と謝罪を受けた私は、笑顔でそれを受け取った。そういうわけで、これでもうこの話は終わりです!
すると、エル様がパンパンと手を叩いた。
「それじゃあ、話を進めようか。ええっと、竜がかつての魔竜であり【聖獣】で、アーヤの知っている店長をこの世界に招いた者、だったね」
話が本題に戻る。
「はい、そうです」
「そのことですが、エル様はなにかご存知ないでしょうか? 我々には【聖獣】の知識がほとんどありません」
ヴィンスさんが問えば、エル様はなにやら考え始めたようだ。記憶の引き出しを引っ張り出している最中なのか、それともどう説明するべきか考えているのか。
「……【聖獣】って、なんだっけ?」
エル様のすっとぼけた言葉に、私は思わず親指と人差し指をこんにちはさせた。
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