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絢子、職を得る。2

 ところで、私が今現在お世話になっているのはお城だ。部屋からほとんど出ないとはいえ、関係者以外の誰かに目撃される可能性がないとは言い切れない。私の存在は秘匿されているとはいえ、お城にいる女性が花柄プリントのシャツにジーンズというスタイルは大変目立って仕方ないだろう。そういうわけで、部屋にいる時はドレスを着用していた。

 服を戴けるというわけで、なるべく動き易い服を、と主張した私は間違っていないだろう。まるで中世欧州みたいなドレスなんて初めてだし、ロリータファッションとかも無縁だったのだ。やたら窮屈なコルセットとかいう拷問器具も遠慮したかったので、要望を押し通してシンプルなマキシ丈のワンピースのようなドレスを勝ち得た。ランドン宰相が手配してくれたそうで、既製品だとしてもそれなりのお値段なんだろうけれど。ついでに拷問器具必須のドレスも何着かクローゼットにあったけれど、着る機会なんてないはずなので箪笥の肥やしになるだろう。

 そんなこんなで、今現在、アーヤこと塚原絢子は、それ以上に動き易い侍女のお仕着せを身に纏っている。ブランシュさんがいつも着てる服と一緒なんだけど、ゴテゴテしたリボンがないフリルもレースも少ないシンプル且つ、裾も少し短めのスカートスタイルだ。袖も気にせず捲れて、靴もブーツだから歩きやすい。できることなら、この先ずっとこういう衣装で過ごしたい。

 そんなわけで私のお仕事したいですの提案から一週間、色々と許可やら調整やらが終わって、晴れてお仕事デビューが叶った。勿論、ブランシュさんも一緒だ。きっちりお仕事を教えて貰えるので、すごい安心感がある。


「まあ、やはりアーヤ様は物事を覚える速さがございますね。すぐに吸収してくださいますので、教え甲斐がございます」

「ブランシュさんの教え方が上手だからですよ。すごくわかり易いので、不安もなく作業ができます」


 ブランシュさんに教わりながらこの世界での初めての仕事は、結構順調だ。簡単なお掃除と、書類の整理。それから、お仕事開始までの一週間でブランシュさんにみっちりとお茶の淹れ方を教わったので、お茶の時間の給仕もなんとかできている。でも、仕事をするのは副団長の(ヴィンセントさんの)執務室(部屋)のみ、という制限付きなんだけれど。肩書きを得るなら、専属の侍女、ただし見習い、が妥当なのかもしれない。

 部屋を出る時はブランシュさんが一緒か、ロドニーさんかイアンさんが一緒だ。ヴィンセントさんは詰め所にいる限りはひっきりなしにアレコレと仕事が舞い込んで来るみたいで、お互いに執務室にいる時くらいしか顔を合わせない。流石は副団長ってことなんだろう。

 それからドウェインさんは一応騎士団預かり期間が終了したみたいで、魔導師団の方に戻っている。ヴィンセントさん曰く、嬉々として大好きな研究をしているらしい。


「……でも、欲を言えばもう少し働きたいです。体力も少しは付くかな、と思ってたんですけど全然ダメで」


 私の実働時間は、午後からの四時間。午前中はのんびりと部屋で過ごして午後から出勤し、夕方には終了。元の世界ではフルタイムで働いてたから無理言って働かせて貰っているけれど、やっぱり物足りなさを感じる。仕事内容も結構のんびりだし、はっきり言ってしまえば退屈だ。もともとあまりない体力の向上も望めないだろう。


「アーヤ様は働き者なのですね。元の世界でもよく働いてらしたのでしょう?」

「そうはいっても実働八時間だったし、騎士団の皆さんやブランシュさんよりは働いていないのでは?」

「騎士団の皆様はともかく、わたくしは本来ならば二日に一度、お休みをいただいておりますので」

「え、そうなんですか? だったらますます私のせいでごめんなさいの気持ちが大きいです」


 こちらの世界のお城勤めのご令嬢は、結婚した後は時間や勤務日数の融通が利くらしい。未婚の場合は行儀見習いを兼ねて登城するためか、仕事と勉強で休日が少ないんだとか。あと、既婚者が仕事する環境が整ってるから働き手が多いのも融通が利く理由とのこと。すんごくホワイト企業だ。羨ましいレベルである。


「以前も申しました通り、あとでまとめてお休みをいただけますので平気ですよ。もう一人、アーヤ様にお付けになるとラルフ様が申しておりましたし」


 突然招かれた星の渡り人の年齢は大体二十代半ばくらいだろうという予想で、ブランシュさんが私の急遽のお世話係になった経緯がある。同年代くらいの方が星の渡り人の心が休まるだろうという配慮だった。しかし、結果はご存じの通り、十歳もブランシュさんの方が年下だ。それでもブランシュさんとは仲良くなれたし、大変落ち着いていらっしゃるので私も安心してお世話されていたけれど。

 これからもずっとブランシュさんだけで、と思っても、いつまで経ってもブランシュさんがお休みを取れない。だから、もう一人お世話係を私に付けてくれる話があるのだとか。本当はお世話係なんていなくてもいいようになればいいんだけど、そうは言ってられない大人の事情があるから仕方がない。護衛がいなくならないように、お世話係も必要なのだ。


「本当に、お世話になります。体が資本ですし、私が言うのもなんですけどあまり無理とかなさらないでくださいね」

「そのお気持ちだけで十分でございますよ。さあ、この洗濯物を持って行って、ヴィンセント様とイアン様にお茶を淹れて差し上げましょう」

「はい! そろそろお茶の時間ですもんね」


 今日は特に忙しいこともなく、じゃあ特別に、と洗濯物をランドリー室へ運ぶ仕事を少しさせて貰っている。この分を運んだら、ヴィンセントさんの執務室に戻ってお茶を淹れる時間だ。

 今日はどの紅茶にしようかな、お茶請けはなににしようか、とブランシュさんと話しながらランドリー室へ向かっていたら、私やブランシュさんが着ているお仕着せとはまた違った、もう少し品のある侍女服を身に纏った女性がこちらを向いて立ち止まっていた。ブランシュさんは可愛らしいふんわり系の人だけど、この人はなんか凛としたお姉様系の人だ。

 そのふんわり系のブランシュさんがハッとしながらも背筋を伸ばし、綺麗にお辞儀をする。すると向こうの侍女さんも綺麗にお辞儀を返すから、私もしなきゃ、とスカートを抓んだところで声を掛けられてしまった。ブランシュ先生ごめんなさい。お作法の実践ができませんでした。


「突然申し訳ございません。わたくし、とある御方の侍女をしております。ご無礼を承知で申し上げますが、お時間が許すならばこれからお茶の時間をいただけませんでしょうか」


 ぎゅんっと勢いよくブランシュさんを見てしまった私は、お作法的にまたマイナスだけど仕方ないと思う。

 なにこれ。なんで私がお茶に誘われてるの。もしかしてブランシュさんが誘われてるのかな、と思ったけれど、この侍女さんの視線はバッチリ私にロックオンしてる。

 困惑している私にブランシュさんは困ったように微笑みながら頷くので、多分、断れないような方からのお誘いなのだろう。頷き返せば、ブランシュさんが代わりに返答してくれた。


「承知いたしました。されど、少しお時間をいただけませんでしょうか。この荷物を所定の場所まで運び、所在を護衛の者に伝えねばなりません。それにお茶会となれば着替えの時間も必要ですので」

「お仕事をなさっていることは存じております。そのままのお姿で構わないとのことでした。荷を運び、護衛の方への言付けの時間を設けることも承知しております」

「お心遣い、大変嬉しく存じます。それでは、しばらくお時間をくださいませ」

「薔薇の苑でお待ちしております」


 再び綺麗なお辞儀を交わした二人に、慌てて私もお辞儀をする。そうすると侍女さんは静かに去っていき、途端に疲れが出てその場に洗濯籠ごとへたり込んだ。侍女さんの後姿が完全に見えなくなっていてよかった。


「大丈夫ですか、アーヤ様」

「だ、だいじょうぶ……ブランシュさん、今のって?」


 私がヨロヨロと立ち上がりながらも訊ねると、ブランシュさんは私の耳元で、まるで内緒話をするように答えてくれた。


「あの方はのお名前はナディア・ヘイローズ。王太子妃様の侍女です」


 ウソでしょー、と叫ばなかっただけでも偉い。叫びそうになったのを両手で塞いで、それでも私の顔面が真っ蒼になったのは、仕方ないことだと思う。

 まさか王太子様のお妃様が私をお茶会に呼ぶなんて思わないではないか。本当に、人生なにが起こるかわからないものである。ブランシュさんにお作法習ってて、本当によかった。実践でどうなるかわからんけど、習っていないよりはマシだ。


「ひとまず、急いでランドリー室へ向かいましょう。それからヴィンセント様に報告して……アーヤ様。わたくしが付いておりますわ」


 にこり、いつも通りに微笑んでくれるブランシュさんに、今回こそは抱き付いてしまった。

 すごく、すごーく、心強いです!

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