幕間:友はきちんと仕事をしていて ―イアン・デクスター
「よし、やーっと完成したぁぁ!」
ペンを置くと、固まった体を解すために伸びをする。バキバキと音がしたような気がしたが、気にせずに柔軟を続ければ書類仕事の疲れが緩和されたように感じた。
久しぶりの書類仕事ってわけでもないのに、領地に帰ったらコレだなんてウソだろ。確かにどう書いた方が適切なのかって考えながらだったけれど、環境の違いがあるってことだ。
俺はつい先程まで、ヴィンスに命じられてラルフ団長に手紙を書いていた。手紙と言っても報告書のようなもので、グレイアム辺境伯邸に着いてからのことをしたためたのだ。トーゴのことや竜のことは勿論だが、アーヤの奇行も綴ったので団長がクスッと笑ってくれるに違いない。頭の痛い思いをする内容の中に、少しのお茶目さを忍ばせてもいいと思うんだよな。
ヴィンスの机から印璽を引っ張り出して封をすると、それを手にして部屋を出る。辺境伯騎士団の方へ向かえば、王都まで最速で届けることが可能だ。ついでにウェスリーを回収しよう。辺境騎士団は王国騎士団とはまた違う荒々しさがあるので、変にからかわれてやしないだろうか。まあ、いずれ入団するから今から慣れてもらっていた方がいいんけどさ。
玄関を出て騎士団の詰め所までは、徒歩でも近い。屋敷内でかすかに感じた魔法の発動のことには知らぬふりをして鼻歌交じりに向かうと、詰め所の前でウェスリーと数名の騎士団員の姿が見えた。ウェスリーは背中をバシバシと叩かれていて、俺は咄嗟に駆け寄る。
「おーい、なにしてんだー?」
強力明るい声を出せば、騎士団員たちは俺の姿にぎょっとして敬礼をし、ウェスリーは満面の笑顔のまま振り返った。よかった。イジメられてはいなかったようだ。
「副団長補佐! しばらく滞在するならと、鍛錬や巡回などの誘いを受けておりました。ついさっきも打ち合いに呼ばれまして」
「おいおーい、ウェスリーは今日ここに着いたばかりだぜ? まず休息が必要だろうが」
「も、申し訳ありませんイアン様……! 若様やイアン様以外の王国騎士団の方だったので、つい……」
気持ちはわからんでもない。俺でも他国の騎士と手合わせできる状況ならば、他の騎士を押しのけてでも権利を勝ち取るもんな。その前に、俺が手合わせを提案している立場だ。
だからそんなに叱れない。ウェスリーも本当に楽しかったという顔をしていたので、これ以上は責めないでおこう。騎士ならば、俺が心配した体調管理も自分でできているはずだしな。
「まあいいや。これ、若様の命で王国騎士団団長様に届けなきゃなんねえんだわ。誰か王都まで行けるヤツ……」
言い掛けで、途端にざわめき出す。俺が俺がと主張されても、辺境騎士団の予定等を把握していない俺が指名する訳にもいかない。ここは、辺境騎士団でも上部の者に預けて采配してもらった方が得策だろうか。
「自分が行きましょうか?」
「いや、すぐに戻ってもらうのは申し訳ない。それに、ウェスリーにはこっちに少しだけでも慣れてもらった方がいいって俺もヴィンスも思ってる」
ウェスリーが申し出てくれたが、やはりそうしよう。
辺境騎士団の副団長を務めるニコラスの所在を確認すれば、それまで騒いでいた騎士団員たちは途端に残念そうにする。そのくらいの意気込みがあるならば、ニコラスに直談判してでも配達の任務を奪取すればいいだけのこと。あとはそれぞれの運次第だ。
「じゃ、俺はニコラスにこれを渡してくるから。ウェスリーは一旦屋敷に戻れ。部屋はブランシュと一緒だってさ。屋敷の者に案内してもらうといい」
「承知しました。私達夫婦への気遣いの感謝を、副団長と辺境伯様へお伝えします」
敬礼したウェスリーが屋敷の方へと歩いていくのを確認すると、俺は詰め所内へと入っていく。ニコラスが俺の姿を確認して依頼をも把握すると、早々にニコラス自身が手紙を携えて馬を出すことになった。
これには騎士団員たちからは不満と羨望の声が上がったが、俺としては早くにこの手紙がラルフ団長に届くならばニコラスでいい。否、寧ろニコラスであった方がいいのだろう。辺境騎士団の副団長を務めているんだ、ジェフリー様からの信頼も厚い彼が届けた方が、王国騎士団側としても安心感がある。
あとは頼みます、とニコラスに手紙を託した俺は、騎士団詰め所をあとにした。
◆◆◆
騎士団の詰め所から屋敷の方へと戻った俺は、廊下でヴィンスと兄上に出くわした。どうやらジェフリー様のところへ行くらしく、ヴィンスから応接間にいるアーヤのことを頼まれた。
それならば、ヴィンスのことは兄上に任せよう。いずれ兄上も俺と同じようにヴィンスに付き、彼の手足となり支えていくんだ。領地から離れている間は俺が専従しているが、領地にいる今は兄上に任せたって構わない。寧ろ、側に仕える時間を増やしてくれと兄上に文句を言われそうだ。
そういうわけで、俺は応接間でアーヤの相手をしている。ブランシュが紅茶を淹れてくれたので、あれからなにがあったのかを聞いている次第だ。
話を聞いていると、改めて思う。やっぱりアーヤって面白い。
俺も目にしていたけれど、竜を相手に【聖女】の力で捻じ伏せて怖がらせちゃうんだもんな。しかも簡単にやってのけるから、もしもアーヤと敵対していたらと思えば恐怖の対象だ。
そしてこれはついさっき聞いたこと。あの竜をコロコロ転がしてやったらしい。なんとも豪胆な【聖女】様だ。ほーんと、すっげえ面白い。
とはいえ、流石にやりすぎだって婚約者様にお説教されたらしい。説教というか、ヴィンスからしたらただ過保護な気持ちで色々と言い聞かせただけだったんだろうけど。その効果があったのかは、アーヤのこの様子だと不明だ。多分効いてない。
なんとこの【聖女】様、グレイアム辺境伯家子息にして王国騎士団副団長であり【英雄】且つ【勇者】という肩書を持つ屈強な男からの説教(?)を、可愛かった、と言ったのだから。
そんな屈強な男の幼馴染で部下である俺からしてみれば、ヴィンセント・グレイアムが可愛いなんてことはひと欠片もない。そりゃあ子供の頃は可愛かっただろうが、今は筋肉ムキムキのおっさんだ。勿論、俺もな。
アーヤが筋肉ムキムキのおっさんを可愛いと思うのは、おそらくは惚れた欲目ってやつなんだろう。そういうことにしておく。けれど、説教(?)中のヴィンスが可愛いというのはどう考えても賛同しきれない。しかも目が輝いているし、なんなんだこの子は……
「ヴィンスが可愛い?! 勘弁してよ、主のそういう話は……ヴィンス! お前、アーヤになにしたんだ?!」
「なんの話だ?」
「アーヤが、説教中のお前が可愛かったって……」
「……なんだ、と……? アーヤにはなにも伝わっていなかったのか?!」
俺がアーヤのとんだ発言に混乱してる最中に、ヴィンスが戻って来たらしい。兄上がいないのは、叔父上かジェフリー様になにか命じられたからかもしれない。まあ屋敷内にいるんだ、常々随行しなければならないというわけでもないから、特に気にはしないけれど。
今はそれよりも、ヴィンスの反応の方に引っかかる。そっちじゃなくて、可愛い云々のところに反応して欲しかった。そう伝えれば、ヴィンスはなんてことない顔をして言葉を返す。
「一度アーヤに直接言われているから抵抗が少ない」
「そっか……直接言われたのか……」
訊かなきゃよかった。
俺がサラサラと砂になりかけていると、ヴィンスはアーヤに竜の話をし始めた。どうやらここに戻ってくる前に、トーゴのところに行ったらしい。
トーゴが関わるとアーヤがなんか憧憬を持ってトーゴの動向に一喜一憂するので、正直ヴィンスが面白い。嫉妬まみれになりながらもアーヤのことは傷付けまいとするから、余計に笑いが込み上げてくるのだ。
大丈夫だっていうのに。アーヤはちゃんとヴィンスのことがだーい好きで、トーゴのことは本当に憧れ。それと、トーゴがこの世界に不本意に招かれてしまったことへの同情と、同郷からの責任感ってところか。
それが見抜けないわけでもあるまいに、自分の愛しい婚約者だからこそ見えていないんだろう。自信もないのかもしれない。
それがおかしくてついつい俺も笑い転げてしまうと、ヴィンスがいらぬ心配を吐露した。
神様のことだ。
俺だって、別に忘れてたわけじゃない。ヴィンスは【勇者】でアーヤは【聖女】だ。だからこそ、二度も眼の前で姿を消され連れて行かれることが起きた。犯人は神様だ。わかっている。
だけどさ、その現象をこちらから招くようなことはしたくはないじゃん?
最初のあの絶望感を、俺は忘れてない。それに同じ状況でも、本当に神様が二人を連れ去った犯人とは限らないだろう。ドウェインより凄腕の魔導師がこの世に現れた可能性だって捨てきれない。その凄腕の魔導師が【勇者】と【聖女】を屠る力をも持っていたら?
「アーヤ様やヴィンセント様からお声を掛けることはできないのでしょうか?」
「ブラーンシュ! そういうことを言ってると、何度目かの目の前で二人が消えるアレ、見せられるんだ……ぜ……」
アーヤは俺とブランシュの不用意な発言を、後に……なんだっけ、ふらぐ? とか言った。
俺の考えと発言と、それからブランシュの発言によるものかはわからないけれど、これで三度目だ。ブランシュは二度目か。ともかく、元気のない白い球体がものすごく発光して、覚悟が決まり切った顔をするヴィンスと、絶対にそれ神様を抓る為だろうと思われる手の形を保ったアーヤが、目の前から消えることになった。
「失礼します! 副団長、アーヤ様、ご無事でしょうか?! ……ブランシュ、イアンさん?!」
「ちょいと失礼するよ! ……あー、こりゃアレだね、神様だね。そうだろ? イアン、ブランシュ」
頭を抱える俺と、慣れないのかガタガタと震えているブランシュ。俺たち二人の第一発見者は、ウェスリーとマージェニー師団長だった。
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