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絢子、実験に付き合う。4

「なんだよ、その面白い出来事。俺がいる時にやってくれよ」


 あれから一時間くらい経ったのかな? 私は今、応接間でイアンさんとお茶をしている。もちろん、ブランシュさんの淹れた美味しい紅茶だ。

 イアンさんがいなかった時の話を簡単に話していたんだけど、なんとも悔しそうにされてしまったようだ。私としてはあんまり面白くないことだったんだけど、他人事ならば確かに愉快なことなのかもしれない。


「残念でしたね、イアンさん。……そういえばイアンさんはなにをしてたんですか?」

「俺? ヴィンスに頼まれて、アーヤのお義兄様宛てにお手紙書いて出してた」

「ラルフお義兄様に?」


 店長の件と、新たにあの竜のことをしたためた手紙だろうか。予定外のことが起こったので、報告はするべきだろう。ヴィンスさんの言っていたとおり、竜を連れて王都に戻ることもできないのなら、尚のこと。


「団長には一応、アーヤが例の力で竜を捻じ伏せてました、って報告しといたからな」

「うっ……お義兄様に呆れられちゃうかな……」


 次に顔を合わせる時に、無茶なことはするな、としっかりと叱られてしまいそうだ。

 ラルフお義兄様はヴィンスさんほどではないけれど、私がアラフォーの義妹であってもちょっと過保護なのである。それは多分、マッケンジー家が男系の家系だからだろう。たとえ義理であっても、家族の中に母や妻以外の女性がいる時点で過剰に保護しちゃうのである。


「呆れはしねえと思うけど……まあ、ある程度の覚悟はしておいた方がいいぜ。つーか、ヴィンスにも叱られたんだろ? もう無茶すんなよ」

「そうだった! 聞いてください、イアンさん!!」


 イアンさんの言う通り、私はついさっきまでヴィンスさんに叱られていた。その原因は、やはりあの竜とのこと。

 あろうことかあの竜は店長の顔面に張り付く行為を二度もやりやがったので、私は皆さんに確認した上で念じさせてもらった。店長が窒息する前に、手っ取り早く引き剥がしたかったからである。

 念じた結果、毎度のことながらもあの竜の口は縄のようなものでグルグルになり、床に転がった。無様である。涙目で、しかし念じた所為か無抵抗になった竜を見下ろした私は、ついついコロコロと転がしまくった。ぴぎゃーだのやめろだの叫ばれても、無言でコロコロとしたのである。

 だってなんか腹立たしいじゃない。確かに私とは相性が悪いけれど、店長がお世話するって宣言しただけであの喜びようだよ?! 店長に選ばれてよかったですわねえ、というわかりやすい嫉妬をしたって仕方ない。そう、仕方ないからコロコロ転がして、お手打ちにするのだ。

 すると、竜のコロコロ遊びをやめない私はヴィンスさんに確保され、応接間の方へと強制連行と相成った。大きく溜息を吐いたヴィンスさんに、しっとりとじっくりと、体感にして四時間くらいのお説教を食らったのである。実際は三十分強くらいだったけど。

 その場にいたお義母様がヴィンスさんを止めても無駄、ブランシュさんが私を庇おうとしても無駄、ゲイルさんがレナードさんを呼んで来ても無駄で、私へ説教はしばらくは続いたのだ。


「ちょっと待ってくれ、アーヤ! なんかすげえ目が輝いてるんだけど?!」

「申し訳ございません、イアン様。アーヤ様は、その……少し、興奮していらっしゃいます」

「なんで?!」


 なんで、と問われましても、そのお説教中のお話を是非ともイアンさんにしたいのである。だから私の目はキラキラと輝き、ブランシュさん曰くの興奮状態なのだ。


「聞いてくださいってば、イアンさん! お説教中のヴィンスさんってなんかホント可愛くって~!」


 そうなのである。私にお説教するヴィンスさんが可愛かったのである。

 お説教なのに、ヴィンスさんは私の両手をぎゅっと握るのだ。そして、危険な真似はしないで欲しい、無抵抗であっても竜を転がすのはやめて欲しい、好戦的なのは個人的には好ましいが心配するので控えて欲しい、アオヤギ殿が心配なのだろうが君の婚約者は俺だ、みたいなことをとっても丁寧に説くのである。想いを思いっきり込めて。つまり、情熱的に。

 聞く人によってはおそらくは面倒にも思えるお説教も、私のことをしっかりと想って、ちょっと拗ね気味に伝えてくるものだから、可愛い、と思ってしまったのだ。

 はい、そうです。これは惚気です。


「ヴィンスが可愛い?! 勘弁してよ、主のそういう話は……ヴィンス! お前、アーヤになにしたんだ?!」


 ……チッ。タイミングの悪いことに、ヴィンスさんが応接間に戻ってきた。もう少しイアンさんに惚気話をしたかったのに、これじゃ消化不良である。……あとでまた時間を見つけてイアンさんに惚気ちゃおう。


「なんの話だ?」

「アーヤが、説教中のお前が可愛かったって……」

「……なんだ、と……? アーヤにはなにも伝わっていなかったのか?!」


 失礼な。ちゃんと伝わっていますよ、ヴィンスさんが可愛い以外にも、ちゃんと。

 これからは危険じゃないとわかったら私ができることをやったりやらなかったりしますし、好戦的な態度は自分でもちょっとアレレと思う時もあるので控えますし、私はヴィンスさんの婚約者ですし、竜のことはコロコロと転がします、危険じゃないので!


「お前が可愛いってところに反応して欲しかった……」

「一度アーヤに直接言われているから抵抗が少ない」

「そっか……直接言われたのか……」


 そういえば言ったな、婚約式の後に。その一度で抗体ができるなんて、ヴィンスさんはすごい。私なんかはいつまで経っても、好きだ、の一言に照れてしまうのに。

 なんだか面白くなくて頬を少しだけ膨らませていると、ヴィンスさんが私の隣に座った。もしかしてまたお説教なのか、と身構えるが、どうやら違うようでひとまずほっとする。


「俺が可愛い云々はともかく。アーヤ、あの竜の件だ」

「え、店長と仲良くお部屋に戻ったんじゃ?」


 ごろにゃんごろにゃん、とまるで甘える子猫のように店長に懐きまくっている竜と、引き受けたものの若干後悔しているっぽい店長がこの応接間に顔を出したのが少し前。一旦部屋に戻るね、と言う店長と少しお話がしたかったのに、ヴィンスさんに駄目だと言われて引き留められなかったのでちょっと拗ねてしまったのだっけ。

 それからヴィンスさんは応接間から出て行って、入れ替わりでイアンさんがやって来て……


「少し様子を見に行ったが、アオヤギ殿のひざの上でくつろいでいた。問題はない」

「問題あるんですけど? え、店長のひざの上……? 許し難き所業ですね??」

「アーヤ、あれは愛玩動物だ。嫉妬したとて無駄だろう。……いや、なにに嫉妬しているんだ。何度も言うが、アーヤの婚約者は俺だ」

「そうですね?」

「……」


 イアンさんがしゃがみ込んだのが気配だけで分かった。おそらくは笑うのを堪えているんだろう。

 ――あの人、本当に笑い上戸だな。なにをそんなに笑うことがあるんだろ? 私とヴィンスさんのやり取りって、そんなに面白いのかな?


 ゴッホン、ヴィンスさんが咳払いをする。


「そうではなくてだな……この一件を、王都の方にはイアンに頼みラルフさんに報せている。じきに返事かドウェインが来るだろう」

「はい、イアンさんから聞きました。報告は大事ですもんね」


 ドウェインさんが来るというのは、応援的なことだろうか。魔竜だったあの竜が聖獣になって現れたんだからドウェインさんもこちらに来て貰った方がいい、みたいな感じなのかもしれない。

 すると、ヴィンスさんはとても言い難そうに顔を歪めた。歪めたのに顔が崩れないのは正直ずるい。


「……エル様は御存知だろうか、とふと不安になってだな」

「あ……」


 顔面崩壊しなくてずるい、などと思っている場合ではなかった。

 エル様は、あのポンコツでペラペラな紙様は、この世界のことを細々と隅々まで把握しているわけじゃない、と堂々と発言している。この世界に招いていない店長のことを調べていたのはエル様も同様だけれど、果たしてあの竜のことも把握しているんだろうか。

 いや、流石に……でもポンコツだし……いやいやだって調べてるんだよ……?

 段々と不安になると、新しくお茶を用意してくれたブランシュさんが首を傾げた。


「アーヤ様やヴィンセント様からお声を掛けることはできないのでしょうか?」

「ブラーンシュ! そういうこと言ってると、何度目かの目の前で二人が消えるアレ、見せられるんだ……ぜ……」


 私は思うのである。ブランシュさんの疑問も、イアンさんの諭す言葉も、フラグだったのだ、と。

 見覚えのある、ふわふわでよぼよぼの球体が現れる。私とヴィンスさんはこれからその球体が放つ強烈な白い光に包まれて、エル様とお喋りできる謎の真っ白い空間に連れ去られてしまうんだろう。

 私とヴィンスさんは互いに顔を見合わせ、頷き合った。

 とりあえず、親指と人差し指の準備をしておきますね。

リアクションやブクマ、いつもありがとうございます!


お知らせです。

ストックが切れました。更新できるものが何もありません。

生来のナマケモノがニョキッとしてしまいました。

それ故に書き溜めることに力を注ぎますので、次の更新は8月1日金曜日の夜とさせていただきます。

……果たしてそれまでにどれだけ書き溜められるかはわかりませんが……頑張ります!


【追記】

うっかりしておりました、感想ありがとうございますー!いつも嬉しいです(*‘ω‘ *)

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