絢子、実験に付き合う。3
店長はこの竜によって、この世界に招かれた。その理由はこの竜の魔力を補うため。だからこの竜が勝手に店長の魔力を使ってもいいのである。
――ということが判明したんだけれど、どれだけ自己中なんだこの竜は。世界平和のため、みたいな大義名分があればいいわけではないけれど、それにしても印象はまったくよくない。
そもそも店長を招くほどの力があったのなら、招かずに細々と暮らしていた方がよかったのでは? あ、魂だけの幽霊だったんだっけ、私が念じるまでは。だったらそのまま幽霊生活を送っていても……よいわけがないから店長を招いたのか、そうか。
とにかく、この竜の目的は一体なんなのだろう。屠られて魂だけになった後に、なんの未練があるのだろう。
ヴィンスさんやドウェインさんへの憎悪が強いわけでもない。怖いと怯えるだけで、攻撃らしい攻撃をしようとはしない。それなのに魔力を求めて店長をこの世界に招いたりして、なにをしようとしているんだろう。
「異なる世界から人を招く行為は神様にしかできない御業だ。それを行ってまで、お前はなにを成し遂げたいんだ」
ヴィンスさんが、問う。
すると竜は、私の方へと視線を寄越した。
『――言ったであろう。妾は【聖獣】じゃ。元々、【星の渡り人】が招かれるのを待っていたんじゃ。しかし妾は魔竜となった。悪しきなにかが妾を変えた。その悪しきなにかは【勇者】と【英雄】が魔竜と共に屠ったが、【聖獣】の妾の本来の役割は潰えておらぬ。だから……肉体を得るために膨大な魔力が欲しかったんじゃ』
なるほど。聖獣と星の渡り人の関係性がイマイチわからないけれど、この竜は本来の役割とやらをまっとうしたいのか。それには魔力と肉体が必要で、魔力は店長から貰おうとこの世界に招いた、と。
すると、イザベラ様がいぶかしげな表情をした。
「おかしいね。トーゴの魔力量はカスみたいなもんだよ。膨大な魔力なんて持っちゃいない。それなのに、どうやってトーゴから魔力を得るんだい?」
店長が首を上下に激しく振っている。イザベラ様の言う通りに魔力量は少ないんだろう。ついさっきも疲労と睡魔があったようだし、竜に魔力を渡し続けるのならば店長がカラカラに干乾びてしまうのではないか。
そうなる前に絶対に止めるし、お仕置きだってしてやる。けれど、万が一に私たちの知らないところで実行されたら、私はこの竜を絶対に許さない。星の渡り人である私と関係性があるらしい聖獣だとしても、絶対に。
『そのような目で妾を見るな、【聖女】よ。其奴と妾は波長が合っている。カスみたいな魔力量でも、妾の力となるんじゃ。其奴が死ぬようなことはない』
「……本当に?」
『何度でも言う。妾は嘘は言わん』
あれだけピギャピギャ叫んで私やヴィンスさんに怯えていた竜が、真剣な面持ちではっきりと言葉にする。これには店長も安堵したようで、大きめに息を吐いていた。
私は一つ頷くと、ヴィンスさんの方へと両手を伸ばす。竜をちらっと見てからヴィンスさんと視線を合わせ、もう一度頷いて見せた。すると私の意図を汲んだヴィンスさんが首根っこを掴んでいた竜を差し出してくれたので、私は遠慮なく竜を受け取る。
『ぎゃっ! なにするんじゃ!!』
「私の方がヴィンスさんよりもマシなんじゃないの?」
『お、同じじゃ! お主も【勇者】も怖いと言うておるのに!』
「はいはい、わかったわかった。お願いだから、なにもしないで大人しくこの椅子に座っててね。ちょっーとみんなで緊急会議するから」
『なぜ妾も参加させない?! 妾も緊急会議とやらに必要であろう?!』
「はいはーい、みなさーん、ちょっと集合しましょう!」
『これ!! 【聖女】!!』
竜を椅子に座らせると、ファイティングポーズと笑顔を向けた。大人しくなったのを見届けると、皆さんに集合してもらう。私に怯えて竜はしばらく大人しくしているだろうから、その間に緊急会議だ。
議題は、この竜の処遇について。
「さて、どうしましょうかね?」
「そうだな……竜の目的がはっきりとしていない以上、王都に連れて行くわけにもいかないだろう」
そうなると、まだしばらくはグレイアム辺境伯領に滞在することになるんだろうか。私としては着いたばかりでなにもできていないから、竜にはぜひ大人しくしていただいて観光でもしたいところだ。
今回グレイアム辺境伯領に来た目的は件の人物が店長かどうかの確認だったし、そもそも旅行じゃないからそんな暇はないと覚悟はしてあったけれどね。暇なお時間があるならちょっとだけでも、という期待もやっぱり捨てきれず。
「あの……初歩的な質問なんですが、そもそも聖獣とは一体なんなんですか?」
おずおずと挙手した店長の質問に、私はしっかりと人差し指を店長に向けて頷いた。それだ、流石は店長、その質問はすべきだ。
すかさず私の指はヴィンスさんによってグーに丸められる。ついやってしまうけれど、人に指差しちゃいけませんというヤツだ。ごめんなさい!
それからヴィンスさんは店長の質問には答えずにお義父様やハロルドさんを見て、最後にイザベラ様に視線を移した。
「そうだねえ、一般的には【星の渡り人】に寄り添ってる存在だね。どんな文献も口伝でも、傍らに獣がいる、とだけしか伝わっていない。記録されている限りで、必ずや【星の渡り人】の傍らにいるわけでもないようだし」
「イザベラ嬢であってもその程度の情報なんじゃなあ。詳しいことはわからんか」
「となれば、やはり【聖女】様の愛玩動物として扱うべきかと存じます」
ハロルドさんの言葉に、私は微妙な顔をせざるを得なかった。あんなにイヤイヤ言われているしファイティングポーズで怯えさせている竜をペットになんて、お互いにストレス過多だ。私はあの竜を可愛がれる気がしない。店長の魔力を勝手に使ってるしね!
ちらりと竜の方を見てみる。どうやら大人しく座っているようだが、こちらの会話は聞き耳を立てているようだ。ハロルドさんの言葉にだろうか、嫌そうに首を左右に振っているので不本意ながらも私と同じ意見なのだろう。いや、この場合、私と同じ意見なのは喜ばしいことか。
「正直に言いますと、私はあの竜を引き受けたくはないです。多分、めちゃくちゃ相性悪いですよ」
「僕もそう思う。塚原さんのペットにしたら、毎日喧嘩しそうだよね」
「イヤイヤされてファイティングポーズして、最終的には念じてピギャーッ……ですよね」
「そうそう。だから……僕がお世話しましょうか。僕の魔力が欲しいみたいですし」
店長の提案に、私たちはざわっとなった。
当然だ、なに言ってるんだこの人は。あの竜は自分の魔力の補充のために店長をこの世界に招いて、勝手に魔力を使っちゃう奴だ。それなのに、聖人なのだろうか、店長は。私から見れば聖人と言ってもいいほどの人だけれども、それにしても人が好過ぎないか。
「それはあまりいい案ではない。アオヤギ殿はあの竜の最大の被害者だ。あの竜から招いた方法を聞き出し、元の世界へ帰すすべを見つけ出さねばならん」
「私からも言わせて貰うよ。死なないとはいえ、魔力を使われたら疲労はあるし眠気もある。アレがいつ魔力を使うかわからないんだ、あまり近くにいない方が身のためだよ」
ヴィンスさんやイザベラ様の言葉を聞いても、店長は撤回するつもりはないらしい。首を左右に振ると、僕がお世話をします、と今度ははっきりと断言した。
それに感激するのは、当然あの竜である。
大人しく座っていた竜はバサバサと翼をはためかせて店長に突撃し、顔面に張り付く。これで二度目である。三度目がないことを祈りたいところだ。
『さすが! 流石は妾が招いた男じゃ! よいよい、妾はこの男の世話になろう!』
私は冷静に、ヴィンスさんを確認した。うんと頷かれるので、次にお義父様を確認する。これまたうんと力強く頷かれるので、次はイザベラ様だ。うんうん、と二度頷かれたからハロルドさんを確認すれば、にっこりと微笑まれた。レナードさんはなんとも言えない表情をしているけれど、私は勝手にレナードさんも皆さんと同じだと判断させて貰う。
そういうわけで、許可を得たので念じましょう。店長が窒息する前に。
リアクションもブクマもありがとうございまーす!