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絢子、実験に付き合う。2

 私の目の前には、怯えた表情をしているあの竜が私を見上げている。視線を逸らせばまた私に念じられるとでも思ってるんだろうか、あまりにもじっと見られるのでついファイティングポーズをしたくなるではないか。

 イザベラ様への恐怖心は未だにあれど竜にはまったくないので、ついつい両手を胸の高さまで持ち上げようと動く。すると竜の震えが増すので、拳を握る前に両手を降ろすこと、数回。


「アーヤ。そろそろ揶揄うのはやめてあげないか」

「反応が面白いので、つい!」


 可愛いと思ってしまったので、つい!

 そうでもしていないと心がブルーになってしまうので、つい!


「若様、婚約者様は楽しい方ですな。是非このハロルドの持ち得る技術をお教えしたく存じます」

「やめろハロルド。……これ以上ハロルドの増殖はしたくはない」

「それはどういう意味ですかな?」


 ハロルドさんは笑顔でヴィンスさんに詰め寄っているけれど、私にも説明して欲しい。ハロルドさんの増殖って、なんだ?

 軽く聞いたところ、ハロルドさんはイアンさんとお兄さんのレナードさんの叔父様で養父だそう。イアンさんお得意の尋問はハロルドさんに基本を教わったらしいし、レナードさんを執事として育て上げたのもハロルドさん。叔父で養父で師匠ならば、イアンさんもレナードさんもハロルドさんに似てもおかしくないということ。

 それを踏まえてハロルドさんの増殖をヴィンスさんが嫌がるのは……はいはいわかりましたよ。癖の強いじいやポジションなんでしょ、ハロルドさんは! だからイアンさんやレナードさんだけでいいってヴィンスさんは言っているんだ。

 ……はて、私がハロルドさんになにかを習ったとて、私がハロルドさん化するのかしら?


 私が首を傾げていると、イザベラ様が店長に指示を出していた。店長は椅子を一脚抱え、イザベラ様の示した場所に置き、そこへと座る。丁度、私と竜と店長で二等辺三角形になるような配置だ。竜と店長の位置が少し近い。

 竜はよっぽど店長が大好きなのだろう、近付くために動こうとするがイザベラ様がそれを止める。


「駄目だよ、動かないでおくれ。アーリャギ殿……なんだっけ、トーゴ? 呼びにくいからそう呼ぶよ……アンタも絶対にそこから動いたら駄目だよ」

「はあ……はい」

『な、なにをするんじゃっ?』

「言っただろう、実験さ。アンタ、元が魔竜なら魔法は使えるね? あまり周囲に被害が出ない魔法をちょいと使って欲しいのさ」


 イザベラ様も椅子を持ち出し、私の少し後ろに座る。その間、竜はイザベラ様の言葉に困惑しているようだった。


()()()()の加減がわからん。……妾は【聖獣】じゃ! 力が強大なのは仕方のないことじゃ!』

「……だ、そうですけどどうしますか? 下手すればこのお屋敷にすごく被害が出るんじゃないですかね?」


 店長の言うとおりだ。力の加減がわからないなら、力が強いなら、この実験は危険すぎる。こんな立派なお屋敷の広いお部屋でするようなことじゃない。どうしても実験がしたいのなら、人里離れたなにもない場所がいいに決まっている。それができないのなら……だから私が巻き込まれているんだろう。チクショウ、念じればなんでもできる能力ってなんかすごく不利だな。


「そんな時のためのお嬢さんなんだよ」

「ちょっと待ってください! 私がなんでもできると思ったら大間違いなんですからね?!」

「……できないのかい?」

「……できると思います」


 チクショウ、多分できるよ!!

 それじゃあ頼むよ、と肩をポンと叩かれると、竜と店長を交互に見て大きく息を吐く。

 あの竜がなにかやらかしても被害は出ない。

 お屋敷が崩れたり燃えたりは絶対にしない。

 人的被害も一切ない。

 このお屋敷は無事だし、皆さんも全くの無事でこの実験は終わる。

 それらを強く願って目を開け、竜を見る。小さく頷けば竜は緊張した面持ちで店長の方を見ると、ポンッと音を立てて小さな炎を出した。その炎はどこかに着火することもなく、竜の頭上をふわふわと漂う。

 続いて小さな水球もチャプンと音を立てて出現し、それも小さな炎と一緒に竜も頭上を漂った。

 すごい。炎が消えないのにはびっくりだ。もしかすると水の方も冷たくて、温いとか熱いとかはないのかもしれない。


『これで、よいか……? ()()()()の加減がわからんが、でき得る限りで小さいヤツをふたつ出したんじゃが……』


 竜なりに考えてちゃんと調整して出してくれたようで、これにはご褒美に撫で回してもいいかもしれない。あとでハロルドさんにやって貰おう。竜も怖い聖女の私よりも、仲良しなハロルドさんに撫でて貰った方がいいに違いないから。


「イザベラ様、どうです? なにかわかったりしました?」

「……もうひとつ」

「はい?」

「もう一つ、なにか魔法を使っておくれ」


 しかしイザベラ様的にはまだ足りなかったようで、もっとを要求される。竜はううーんと唸ると、なにかをしたようだ。私にはわからなかったけれど。


「今のは風の魔法か。炎や水同様、そよ風程度だったが」


 なるほど、だからあんまりわからなかったんだ。炎や水のように目に見えるものじゃないものね、風って。しかもそよ風程度で竜の頭上を漂ってるなら、私の方に来る風はもうわからないでしょう、そんなの。


「トーゴ、アンタは平気かい?」


 私が、こんなにちゃんと調整できた竜は偉いね、じゃあ私の出番はなかったねえ、なんて呑気に思っていると、イザベラ様が店長に声を掛けていてハッとする。竜の動向を注視していたから、竜が魔法を使った時からの店長の様子を見ていなかった。


「……正直に言いますね。すっごく疲れて、すっごく眠いです」

「だろうねえ」


 だろうねえ……? 店長はさっきまで普通だったと思うけど、疲れと睡魔にイザベラ様が納得する理由って……


「だってトーゴの魔力を使ったみたいだしねえ、この()は」


 私は思わずファイティングポーズをした。竜は驚いて怯えて炎も水球も多分そよ風も一瞬で消してしまうが、万が一の危険がなくなったところで私は竜をお仕置きしたいと思います。


「あの竜、しばらく大人しくしておいて欲し……んんっ!」

「アーヤ、やめておけ!」


 咄嗟にヴィンスさんの手が飛んで来て私の口を覆うけれど、遅いし念じてしまえばこっちのものなので意味はない。意味はないけれど、私が竜を懲らしめるのはよくはないんだろう。けれど竜は椅子から転がり落ち、口には縄のようなものがぐるりと巻き付く。

 ――この光景、さっきも見たな。吹き飛んでいないだけ、まだマシかもしれないけれど。


「……アーヤ」

「ぷはぁっ! ……はい、ごめんなさい! でも、だって、この竜、店長の魔力を勝手に使ったんでしょう?」


 だからお仕置きしたんだけれど、ヴィンスさんにジッと見られたのでやり過ぎだということなんだろう。

 でも、だって、店長の許可を得ているわけでもなさそうだし……許可を得てないんだよね? これで許可を得ていたら、私はとんだ早とちりオバサンである。

 いやでも、そんな許可取りの暇なんてなかったと思うし……


「アオヤギ殿、この竜に貴殿の魔力の使用許可を出しただろうか?」

「いいえ。竜の存在なんて知りませんでしたし、会話なんて以ての外ですし」


 やったー、早とちりオバサン回避だー!

 私がうきうきルンルンとしていると、竜はヴィンスさんの問いを否定した店長に反応したのかジタバタと暴れだす。口を封じる縄を外したいようで、けれども力が入らないのか失敗してばかりである。


「……レナード、ナイフを」

「はい、かしこまりました」


 レナードさんがどこからかナイフを取り出して、ヴィンスさんに手渡す。懐に手を入れたような裾から出したような……あとでどうやったのか訊いてみよう。

 とにかく、レナードさんがどこからともなく素早く取り出したので驚いていると、ヴィンスさんはそのナイフで竜の縄を切ってやった。


『ぷはーっ! はあ……はあ……おのれ【聖女】め、一度ならず二度までも……!』

「あ、ごめんなさい?」

『ぴぎゃー! きちんと謝らんか!!』


 ぴょんぴょんとその場でジャンプをして憤りを表現する竜を軽くあしらっていると、ヴィンスさんが竜の首根っこを掴んで持ち上げた。目線を合わせてから、竜へと問う。


「それで、なにか弁明はあるんだろう?」


 確かに、口を封じていた時にジタバタとしていたのは、なにか言いたそうにしていたからだ。

 ヴィンスさんに首根っこを掴まれてちょっと震えていた竜ははっとしたようで、しっかりとヴィンスさんと視線を合わせる。


『そ、そうじゃっ。そもそもの話、妾が其奴を招いたのは、妾の魔力を補うためなんじゃ……!』


 私の眉間に皺が寄る。

 店長の魔力を勝手に使うどころか、そもそも招いたのは勝手に使うため? この竜、ものすごく罪深くないか?

リアクションありがとうございますー!!

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