絢子、煽る。4
「なんの話をしているんです、母上」
お義母様の手を払ったヴィンスさんは、流れるような動きで私を立ち上がらせて引き寄せた。がっちりとホールドされてしまったので、逃げようにも身動きが取れない。試しに少し動いてみたが、更にグイっとされてしまったので諦めるしかないだろう。耐えろ、私の羞恥心。
ヴィンスさんのスキンシップにはいい加減慣れてもいいかもしれないけれど、周りの方々も慣れたかもしれないけれど、如何せん店長の前である。今更かもしれないけれど、知り合いにこういう姿を見られるのは純粋に恥ずかしい。
ちょっと俯いて羞恥に耐えていると、ヴィンスさんとお義母様の攻防が続く。
「なにって、貴方とアーヤさんの出会いの話です。改めてお父様からもアーヤさんへの謝罪をいたしますからね」
「ぐっ……その件は本当に俺が不用心だったと自責しております。アーヤにも不快な思いをさせてしまった」
「え?! いえいえ、私も悪かったですし!」
「いいや、アーヤはこの世界に招かれた直後で、何処にいるのかもわからなかったのだろう? 俺がもう少し警戒していたらよかったんだ」
う、ずるい。そんなにしょんぼりした顔をされたら、ヴィンスさんの有責になってしまう。私が見てしまったのだから、私の方が悪いのに。
こればかりは譲れないと意気込んで反論しようとすると、店長の遠慮がちな声が耳に届いた。
「あの~……塚原さんが若様とどういう出会い方をしたのかはわかりましたが、それ以外を僕はまだなにも知らない状態なんですが……」
困ったような顔をする店長に、はっとする。玄関を開けたら大浴場で裸のヴィンスさんとバッタリ出会った、くらいしか店長に話をしていないし、店長の不安を取り除くような話は一切していない。
私は腰に回されたヴィンスさんの手を何回か叩くと、慌てて椅子に座った。
「そうでした! それでですね、私はどうやらこの世界の神様に選ばれた星の渡り人の聖女とやらで、神様曰くこの世界に存在してるだけでいいらしいです。あとは多分平和を願っておけば大丈夫みたいな感じですね」
簡単に説明すれば、店長はなんとなく理解できたようで何度か頷いている。イザベラ様がなんとも言えない表情をしているのは、私の説明が雑だったからだろう、多分。
でも簡単に説明するとなると、こんな感じにならない? 店長も理解してくれてるし、大丈夫でしょう、きっと!
「ええと、塚原さんがその神様に選ばれた理由は?」
「……?」
と、問われても、そういえばエル様が選出するらしいけれど、どういう基準なのかとかは聞いていない。英雄は種を蒔くとか言っていた気がするけれど、聖女や勇者はどうなんだろう。
私が首を傾げていると、私の側に立っているヴィンスさんが代わりに答えてくれた。
「選出方法は知らない。だが、アーヤが招かれた説明ならできる」
十五年前にこの世界が脅威に晒されそうになったこと。
私が聖女として脅威を止めるためにこの世界に招かれるはずだったこと。
その前にヴィンスさんとドウェインさんが脅威を食い止めたこと。
平和になった世界でヴィンスさんが結婚しない宣言せざるを得なくなったこと。
ヴィンスさんにも幸せになって欲しいエル様が、お節介とこの世界の持続的な平和のために私を招いたこと。
以上を簡単且つわかり易く説明すると、店長は勿論のことお義母様もポカーンとなさっていた。そりゃそうですよね、エル様の私への扱いがなんか雑ですもんね。
「何度聞いてもお嬢さんが招かれた経緯がおかしくて笑ってしまうね」
「そうですよねー。ヴィンスさんが誰とも結婚しないから、やっぱり聖女呼んじゃったらいいんじゃない? っていうエル様の軽い気持ちで招かれちゃいましたからね」
「それなのに、お嬢さんは最初は結婚も恋愛も願望すらなかったんだろう?」
「そうなんですよ~。……あっ! でも今は、ちゃんと、その……ヴィンスさんとの結婚式が待ち遠しいし、恋愛もヴィンスさんとなら……ごにょごにょ」
おっと、いけないいけない。自分で墓穴を掘ってしまった。自然と小声になっていったけど、まったく誤魔化せなかったので隣に立っているヴィンスさんを見上げるのが怖い。愛しさ満載の笑顔で見られていたらどうしよう。いいや、どうしようもなにも恥ずかしいけれど嬉しいんだけれども。
「アーヤ、ありがとう。俺も同じ気持ちだ」
「……はい」
案の定、ヴィンスさんのデロデロの愛が降って来たので、私は堪らず両手で顔を覆う。
「なるほど、アーヤさんが招かれた過程はよくわかりましたが……それでは、神様のおかげで二人は出会い、今こうして婚約できているのですね?」
「そう解釈していただいてよろしいかと」
まあぶっちゃけ一番最初は聖女である私を保護する目的でマッケンジー公爵の義妹になったしヴィンスさんの婚約者になったから、申し訳なさで一杯だったんだけどね、私は。でもヴィンスさんの方が私に恋愛感情を抱いてくれていて、だから私も恋愛の意味での好きを持つようになって……
つくづく、人生ってなにが起こるかわからないものだと思う。
「……そっかぁ。塚原さんはこの世界で幸せに生きているんだね」
こうして店長に心底よかったと思っている顔でそう言われると、なんともむず痒い気持ちになる。それは私がずっと、仕事中の他愛もない会話の中で恋愛も結婚も興味がないと店長にも言っていたからだろう。今や立派に恋愛しているし、結婚の前段階である婚約中でもあるから、余計に。
「そうですね、すごく幸せです。でも……だからこそ、店長のことはどうにかしなきゃと思ってます」
さて、ここらで本題に戻ろう。店長のわからないことを、私がわかる限りでお伝えしなければならない。
店長も私の覚悟を察したのか、居住まいを正してしっかりと私に向き合ってくれた。
「まず、私はエル様……神様に選ばれた聖女なので、この世界に招かれました。けれど店長は、聖女のはずは当然ないですし、同じく神様に選ばれる勇者でもありません。今代の勇者はヴィンスさんなので」
「それじゃあ僕は、この世界に招かれるわけがない存在というわけだね」
「そうなんです。だから店長をこの世界に招いたのは神様じゃない。あの発言が本当ならば、あの竜が招いた、ということになります」
「神様以外がこの世界に違う世界から招くことはできるの?」
「それは、できない、です。だから神様も問題視したんだと思います」
「塚原さんは、あの竜のことはなにか知ってることはある?」
「いいえ。けれど、さっきのやり取りで判断すれば、あの竜は十五年前にヴィンスさんとドウェインさんが倒した魔竜なんでしょう」
店長が私から視線を外し、考え込み始めた。これまで実際に起こったことと照らし合わせたり、状況で判断したりとしているんだろう。どうか混乱していませんように。私の説明が、ちゃんと届いていますように。
しばらく考え込んでいた店長は、ゆっくりとイザベラ様を見たようだった。
「あの竜と僕の関係性などは、貴女の魔力を視る力でなにかわかりませんか?」
そうか。あの竜は店長を自身とのニコイチで無敵扱いしやがっていた。なにか関わりがあるのなら、イザベラ様の目に魔力で繋がりが見えていたりするのかもしれない。
けれどイザベラ様は首を緩く左右に振る。
「言っただろう、なにもわからなかった、と。なにかしらあの竜が魔法を使えば魔力の流れがわかるんだろうが、使わなかったからねえ。……いや、使えなかったのかもしれないね。ほら、お嬢さんがいたんだし」
「ええ、私ですか……?」
「もしかして、アーヤが平和を願っているから不穏なことはできなかった、と?」
まさかそんな、とは思うものの、その可能性は否定できない。そうなるとあの竜がどんな破壊の力を使おうとしたのかという話にもなって来るけれど、店長とあの竜の関係性を調べるには願うのをやめたらいいのだろうか? そんなことをしたら世界は脅威に晒されたりしない? 大丈夫だよね? 世界が滅んだら私のせいとかにならないよね??
私が顔を蒼くさせていると、イザベラ様がとってもいい笑顔をなさった。
「お嬢さん、ちょいと実験させて貰えないかい?」
私は小さく悲鳴を上げてヴィンスさんにしがみ付いたけれど、検証すべきと判断したのかヴィンスさんは無情にもイザベラ様の方へと私を押しやった。
えーん、婚約者が守ってくれないよ~!
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