絢子、煽る。3
こんにちは、皆さん。私は今、お義母様とイザベラ様、それから店長を交えてお花が綺麗な中庭でお茶会の真っ最中です。王宮や王都のマッケンジー邸のお花はそれはもう綺麗だったけれど、グレイアム邸のお花たちも、うん、名は知らぬが綺麗だよ……知らなくてごめんね……
はい、というわけで!
竜に対してやりすぎちゃったかもしれない私は、頭を抱えたヴィンスさんに丁重にブランシュさんに引き渡されました。イアンさんが爆笑していたけれど、あとでエル様にするように抓って差し上げようと思っております。
「……なるほど」
私は手にしていたカップをそっとソーサーに置いて、ピンと背筋を伸ばした。イザベラ様から先程までの報告を受けていたお義母様が、扇子を開いて口元を隠したからだ。それがなにを意味するのかはわからないけれど、怖い、ことは確かである。
「そのような無礼な振る舞い、わたくしは許しません」
そうですよね、相手は魔竜で聖獣で、今はどちらかと言えば聖獣なのでそりゃあ尊い存在ですもんね、多分。私なんかが何度も捻じり伏せていい相手ではないです、多分。
素直にお叱りを受けようとぎゅっと目を瞑っていると、ガタガタと椅子やらなにやらの音を立てて慌てている様子が聞こえてくる。そっと目を開ければ、イザベラ様と店長がお義母様を止めているようだった。
「落ち着いてください、ステラ様!」
「そうです! 危ないですよ!」
そこにブランシュさんやメイド長のアルマさんも加わると、お義母様は仕方なくお怒りを鎮める。
「アーヤさん!」
訂正しよう。お義母様はまだ憤っているようだ。
お義母様に閉じた扇子の先を向けられた私は、身を縮ませながらももう一度ぎゅっと目を閉じた。叱られる覚悟は万全である。
……いや、まだ待って。もうちょっと心の準備をさせてくださぁい!
「よくぞやりました! そのように無礼な竜は、【聖獣】であろうと捻じ伏せて当然です! 今からでもヴィンセントに斬り捨てて貰いたいくらいですわ」
「……え? 私をお叱りになるんじゃなかったんですか?」
「あら、どうしてですの?」
私はてっきりお義母様に叱られてしまうのかと思っていたけれど、どうやら違うようだ。イザベラ様や店長を見ても不思議そうに私を見ているし、ブランシュさんをちらりと見ても困ったように微笑まれてしまう。
「アーヤさんはなにも間違ってはいませんわ。その竜は好戦的だったのでしょう? 挙句にトーゴさんを利用しようとしたとのこと。腹立たしい行いをした竜には相応の罰ですわよ」
「よかった……やりすぎちゃったかな、と反省していたところです」
「いいや、正直助かったよ。私たちが攻撃してもよかったんだが、辺境伯からは許可をいただいたとはいえ、屋敷を壊したり燃やしたりするのは申し訳ないからね」
確かにイザベラ様の言うとおりだ。もしも念じた時にあの竜が扉に叩きつけられて扉が破壊されていたのなら、今頃私は顔面蒼白になっていたに違いない。そうでなくとも床には叩きつけられていたのだ、どうか傷んでいませんようにと願うばかりである。
「あの、ところでその竜のことなんですが……」
そろり、店長が手を上げた。
私ははっとする。そうだ、竜のことだけではなく、店長にはちゃんとなにからなにまで私が知っている限りのことを話さなければならない。なにもわからないままのこの人の現状を、少しでもわかって貰わなければならないのだ。……ちゃんと安心できるかは別として。
「店長。私とお話をしましょう」
「あー……えーと、そうだね、塚原さんと話をした方がいいかもしれない」
「はい。それじゃあ、私はどうやってこの世界に来たのか、の話から始めましょう。かれこれ三か月前になりますが、私は退勤して家に着いて玄関を開けたらそこはこちらの世界の大浴場でした」
「まあ! 大浴場……?!」
あ、しまった。うっかりしていた。私ったらもう本当にうっかり屋さん。
お義母様が驚くのも無理もないのだ。この世界のこのプレスタン王国では、異性の裸を見たり見られたりはちょっとやばいのである。不可抗力であったとしても、未婚同士ならばその相手と結婚すればぎりぎりセーフ、既婚者ならば醜聞のオンパレード。防げない事故であってもそうなのだから、不純異性交遊は完全にアウト、なのだろう。
ちなみに私の場合は不可抗力な事故だったので、私が星の渡り人だからってだけで王太子様から無効にして貰った経緯がある。しかし、普通ならばこうやってお義母様が顔を蒼くさせているようなことなのである。
――ということを、馬車移動の四日間でも話していなかったのに、ヴィンスさんがいないこの場で話すべきではなかった。私一人でどうにか切り抜けるのだろうか。いざという時はブランシュさんもいるし、イザベラ様だって助けてくれるだろうけれど……
「もしかしてアーヤさんは、その大浴場でヴィンセントと……?」
「ええと……はい、という答えにはなるんですが、その時は私が星の渡り人だからと王太子様に無効にしていただいたので……」
まあ、結局はヴィンスさんとは婚約することになったんだけどね! 裸を見ちゃったので婚約したのと、政略で婚約したのでは大きく違いますからね!
私たちは前者でもありますが後者の方です、と声を大にしてお伝えしたい。プラスで、愛し愛されの婚約だということも付け加えよう。
だからそこまでお叱りにならないで欲しい、というのが本音だ。
「若様と大浴場でばったり会ってしまったんだ?」
「そりゃ大浴場ですからね。誰かしらとばったり会ってもおかしくはないでしょうが、今ではヴィンスさんでよかったと思っています」
「……はっ! ヴィンセント以外と遭遇していた可能性も……?!」
あ、お義母様がガタガタと震えていらっしゃる。
これはまずい。私が悪いんだけど……いいやエル様だな。安易に塚原家の玄関の扉と大浴場を繋げやがったので、一番の悪者はエル様だ。改めて、今度会った時に思いっきり抓って差し上げようと思う。
私が密やかに決意していると、お義母様のガタガタは治まったようだ。ただし、まだ顔色は悪い。
「アーヤさん。未婚の貴女に愚息の裸体を見せてしまったこと、深くお詫びいたします。結果的にはあなたたちは婚約しましたが、もし貴女がその件の責任を感じているのならそれは違います。【英雄】とまで称されているというのにも関わらず、アーヤさんにみすみす裸を見せてしまったあの子の不注意です」
困ったぞ。ものすごく責任を感じていらっしゃる。
私の予想では、息子の裸を見るなんて無礼ですわ、まさか息子のお嫁さんが痴女だったなんて幻滅ですわ、とか言われて蔑んだ目で見られるくらいはするだろうと思っていた。あんまり叱って欲しくはないけれど、そのくらいは、と。
けれどお義母様はヴィンスさんを悪者にし、見てしまった側の私に謝罪までしてくださる。
違いますよお義母様。私が軽犯罪法違反者で建造物侵入の罪に問われる側です。ヴィンスさんはむしろ被害者なんです。
「あの、お義母様……」
「ステラ様、お嬢さんが困惑しております。それにその件については、彼女が言った通り王太子殿下が無効にしていますからね。お嬢さんが悪いわけでもなければ、ヴィンスが責められる謂われもありません」
私が困っていると、イザベラ様が助けてくれた。それでもお義母様は納得していないようで、表情は暗いままだ。
「ええ、その件については王太子殿下の意向に感謝しております。……けれどね、イザベラ。もしその時にヴィンスではなく他の者だったらと思うと、わたくしは卒倒してしまう思いです」
おや、流れが変わったぞ。お義母様が一番衝撃を受けたのは私がヴィンスさんの裸を見てしまったところではなく、もしも、の世界だ。
確かに、もしもあの時私が遭遇したのがヴィンスさんじゃなかったら、ヴィンスさんじゃない人の裸を見たのにヴィンスさんと婚約した女が誕生していただろう。それはおそらくこの国の人にとってはあるまじきことで、だから卒倒してしまう思いなのだ。
「ええと、お義母様……」
今度こそ私がお義母様にお声を掛けようとすると、お義母様はおもむろに立ち上がり、私の両手をがっつりと捕まえた。
「アーヤさん、我が愚息の裸を見てくださって感謝しますわ」
「えっ……?!」
そ、そんなことを感謝されてしまうのは普通のことなの……っ?
「そうでなければわたくしの娘になることもなかったでしょうし、そもそもヴィンスと貴女の婚約の話もなかったでしょう」
「……はあ」
「安心なさいませ。グレイアム家はアーヤさんを歓迎しております。アーヤさんがヴィンスの相手でよかった。貴女が【聖女】様だからではなく、心よりそう思っているのです」
「そう仰ってくださるのは嬉しいですけど……」
「知り合ってまだ日は浅いですが、貴女はとても素敵な人だとわたくしは知っております」
「いえ、そんな……あっ」
「そしてヴィンスのことを心から想ってくださっていることも……なにをするのですヴィンセント! わたくしはアーヤさんとお話をしているのですよ!!」
お義母様のマシンガントークに押されまくっていると、私の前に救世主という名のヴィンスさんが現れてくれた。
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そういえばこの回を書いてて改めて思ったんですが、この世界のこの国の独身の人って、男女ともに清らかな御身体なんだなって……つまりはヴィンスさんはどうt……おっと誰か来たようだ。




