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絢子、煽る。2

 すっかり怯えた様子の竜は、ガタガタと震えながらもヴィンスさんに抱っこされたままである。

 しまったな、これじゃあちゃんとお話もできやしない。私はただ平和的に会話をしたいだけなのに。


『ヒエ……【聖女】……こわい……っ』

「怖くないですよ。私はちょっと念じればなんでもできるだけの女です」

『怖いわぁ!! 【勇者】も怖いのに……妾、すごく可哀想じゃあ……!!』

「怖くはない。俺は剣さえあれば竜であろうと叩き斬れるだけの男だ」

『ぴぎゃー!!』


 嬉しい。ヴィンスさんがノってくれた。だとすれば英雄のドウェインさんは、魔力さえあれば魔法で竜をも滅せられるだけの男、とかになるのかな。王都に戻ったら土産話にしちゃおう。ラルフお義兄様だったらとか、イアンさんだったらとか考えてみるのも楽しいかもしれない。

 私がウキウキとそんなことを考えていると、相変わらず竜はガタガタと震えていた。私だけじゃなくてヴィンスさんのことも怖いって言っていたから、とりあえずは落ち着かせる方が先だろう。

 さっきは店長をご指名していたので、店長に抱っこして貰った方がいいんだろうか。けれどまだ危険が潜んでいる可能性の方が大きいので、店長に任せるのはちょっと……と考えていたら、やれやれといった様子で竜の方へとそっと手が伸びていた。

 お義父様だ。


「ほれ、そんなに怖がるでない。ワシが抱っこしよう」

『ぴぎゅ……ジジイは……ジジイはいやじゃあ……』


 お義父様の優しい申し出だというのに、なんて失礼な竜でしょう。お義父様がジジイ? この、現役バリバリ肉体派のお義父様が、ジジイ?!

 そりゃしゃべり方はジジイかもしれないけれど、立派なおヒゲもお茶目な表情もまだまだ若々しい素敵なジジイですけど?!

 あと純粋にイケオジ。流石はヴィンスさんの実父。顔面も素晴らしい。

 お仕置きとしてもう一度念じちゃおうかな、とさえ考えていると、お義父様はジジイ呼びも気にならないのかあっけらかんとしていた。サッパリし過ぎだと思います。


「なーんじゃ、嫌われてしまったな!」

其方(そなた)は【勇者】の父じゃろ……? 【勇者】は怖いからイヤじゃあ……っ』


 ああなる程、勇者のヴィンスさんの実父だから、血縁だから、なんか嫌なんだろうな。なんとなくわかる。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いじゃないけれど、嫌悪対象と由縁があるとなんか嫌だもんね。


「そしたらほれ、イアン。イアンはどうじゃ?」

「ええー、俺ですか? 【勇者】の幼馴染で側近だけど平気なんすかね?」

『そっちは【勇者】の匂いが濃いからイヤじゃあっ』

「ヴィンスの……匂いが……濃い……!!」


 イアンさんが爆笑して転がってしまったけれど、そりゃあ四六時中一緒にいるわけじゃないけれど王国騎士団では補佐役だし動物の嗅覚的には濃い匂いが付くのは仕方あるまい。私にもヴィンスさんの匂いが付いてたらちょっと嬉しいな、なんて乙女チックなことを考えていると、ヴィンスさんの手からひょいと竜が浚われた。


「あーもう、私が抱えとくよ。私なら問題ないだろう?」

『う……【英雄】の匂い……でも【勇者】の匂いよりマシじゃ……』

「なんだい? 【英雄】って、もしかしてドウィーのことかい? ドウェイン・タルコットのことだよ」


 イザベラ様の問いに、竜は大きく頷いて見せた。

 ここで私は違和感を覚える。その違和感がなんなのかはまだわからないけれど、なんかおかしいな、くらいのことだ。


「……俺の記憶が正しければ、お前とは会ったことはないんだが」


 すると、ヴィンスさんがその違和感の正体に辿り着く言葉を放った。

 確かにヴィンスさんはこの竜とは初対面の様子だった。なんなら人の言葉を操る魔物や魔獣すら初めてだ。それなのにこの竜は私を聖女だと、ヴィンスさんを勇者だと知っている。そこはおそらく、この竜が聖獣だから、という理由で解決するんだろうが、しかし匂いはまた別の話になるだろう。

 会ったこともない存在の匂いを、果たして知ることはできるのか。ヴィンスさんはまだしも、この場にはドウェインさんはいないのに、どうしてこの竜にとって嫌な匂いだとされているのか。


『だとしたら、貴様の記憶が正しくないんじゃよ。妾のことを忘れたのか。妾は忘れはせんぞ』


 途端に竜の声音が変わった。これまではどちらかと言えば可愛らしい子供のような声だったのに、低音の棘を含ませた憎悪のような声だ。

 私はそっと動いて、ヴィンスさんの腕に触れる。もしかして、と思ったからだ。それを伝えたかったのだが、ヴィンスさんも同じくそこに行き着いたんだろう。腕に触れる私の手に、ヴィンスさんの手が重なった。


「もしや、お前は十五年前の魔竜なのか……?」


 ヴィンスさんが訊ねると、竜はイザベラ様の手から逃れて高く飛び上がった。


『そうじゃ、と言ったらどうする? また妾を屠るのか? だが残念だったな、今の妾は無敵じゃ! 其処な男がおるからな!!』


 私を含め、全員の視線が店長へと集中する。


「……僕?」


 店長が困惑するのも無理もない。いくら懐かれているとはいえ、今日が初対面の竜にニコイチで無敵宣言されてもそうなってしまうだろう。

 可哀想に、異世界に招かれてしまった上にそんなところまで巻き込まれてしまうなんて、なんて不運なんでしょう……


『そうじゃ! その為に、お主をこの世界に招いたのじゃからな!』


 なんてこと。つまりは、この竜が強くあるが為に店長はこの世界に正規のルートではない方法で招かれたということ。正規のルートってなんだよ、ってツッコミが入りそうだけれど、エル様経由じゃないこの世界への転移はすべて違法なルートです。

 今度は竜の方へと視線が集中すると、竜は偉そうに踏ん反り返っていた。器用にも腕……前脚を組み、得意そうな顔をするのが腹が立つ。

 ファイティングポーズと笑顔で怯えさせてやろうと思ったけれど、ヴィンスさんが私の肩を引き寄せるのでそれは阻まれた。もしかしたら、ヴィンスさんは私の思考を読み取ったのかもしれない。話が進まなくなるから余計なことをするな、ということなんだろう。


「どのようにアオヤギ殿がお前に効果的かは知らんが、こちらには【聖女】がいることを忘れるな」

「え?! え……えーと、そ、そうだそうだー! 私が念じちゃえばなんだってできるんだからー!!」


 かと思いきや私を使って竜にマウント取るので、私も困惑しながらも応戦する。

 すると竜は私とヴィンスさんを鼻で笑い、店長の頭上にちょこんと着地した。そして再び偉そうに踏ん反り返ると、まるでお義父様のような豪快さで笑う。


『わーっはっはっはっはー! 無駄じゃ無駄じゃあ! 妾と此奴(こやつ)がおれば、【聖女】も【勇者】も【英雄】も敵ではない!』


 ……うーん、なんか腹立つな。

 私は念じるしかできないけれど、かつてこの竜を屠ったヴィンスさんやドウェインさんが侮られているのは腹が立つ。お前、一度は負けてるんだぞ?

 こうなったら、いろいろ喚いているけれど手っ取り早くもう念じちゃおうと思う。店長の頭上で踏ん反り返ってる意味がわからないし、店長を味方に付けようなんて以ての外だし。あとヴィンスさんとドウェインさんが馬鹿にされてるのが腹立つし。すっごく腹立つし。

 だから私は強めに念じてみた。蛸の足オブジェの時くらいは強く念じたと思う。これで効果がなければ、いよいよヴィンスさんたちに本気を出して貰おう。そうすればこの竜も大人しくしてくれるでしょう!


 そういうわけで、店長から離れろ。大人しくしていろ。黙っとけ。


『ぎゃんっ!』


 先ほどまでの威勢はどこへやら、竜は店長から離れて出入り口の扉ら近くまで吹っ飛び、口はわかり易くもなにか縄のようなものがグルグルと巻き付く。ジタバタとはするがあまり力が入らないようで飛ぶことはせずに転がるばかりで、仕舞いには涙目になったようだ。


「……へえ? 聖女も勇者も英雄も、敵ではない……?」


 私が笑顔でファイティングポーズを取ると、いよいよ涙を流したようである。

 ちょっとやりすぎちゃったかな?

聖女がまるで悪役のよう……(笑)


いつもリアクションを、ブクマもありがとうございますー!

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