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絢子、職を得る。1

 ドウェインさんとの勉強はなかなか楽しい。話はすごく脱線するけれど、脱線したのにいつの間にか本線に戻っている。話術が巧みで頭の回転が速い人で、フレンドリーだから取っつきやすい。わからないことがあって考え込んでいると、それはね、とすぐに手を出すわけでもないし、ヒントもあんまり与えず、かといってなにも教えてくれるわけでもなく……言葉にし難いんだけど、絶妙な距離感で接してくれる。


「すごいね、アーヤ。ある程度の一般常識はもう十分理解できてるし、歴史も軽く頭にある。作法もブランシュ仕込みで上出来だね」

「そりゃドウェインさんやブランシュさんの教え方が上手ですし、元いた世界との違いを見付けたら結構簡単だし、新しい知識を頭に入れるのも楽しいし……」

「そうそう、柔軟ってことだよね。懇切丁寧に教えなくても、察して理解して、わからなければちゃんと訊く。中々できることじゃないよ」


 やった、褒められた。そりゃあ元の世界でも仕事はレジ業務だったけれど、レジの機械が変わった時に使い方の変更点とか真っ先に理解して同僚たちに教えるまでしてたから、物事の理解力はある方だと思う。

 ――それに、こうやって勉強とか頑張っているとさ、余計なことを考えなくてすむし。

 ともかく、今日も私専用のスウィートルームで私とドウェインさんでお勉強会だ。そばではもう少しでなくなりそうな書類を捌いている、ヴィンセントさんとイアンさん。騎士団の方と行ったり来たりのロドニーさん。そろそろ休憩の時間なのか、お茶の準備をしてくれているブランシュさん。

 うん、すっごく平和。平和だけれどちょっと物足りないって思うのは――


「皆様、お茶のご用意ができました。そろそろご休憩なさいませ」


 ブランシュさんのひと声で、休憩タイムに突入する。美味しい紅茶はすっかり私のお気に入りになった。今日のお茶請けはスコーン。クリームとイチゴのジャムをたっぷりつけて食べたら、最高に美味しい。はぁ幸せ、とついつい顔を緩ませると、ほんわかした空気が流れていく。

 ……って、そうじゃない。そういう空気もいいけれど一応社畜として働いてた身としては、働かなくていいのだろうか、という不安がよぎる。

 いや、勉強も大事でそっち優先だということはわかっているけれど、ドウェインさんが言うように一般常識は十分に頭に入っている。作法も常日頃からブランシュさんに、こういう時はこうする、と教わってるからなんとなく身に付いた。だからこそ、もう一歩を、と思う分には私はまだまだ若い意識があるのかもしれない。

 そういうことなので、ロドニーさんはこの場にはいないけれど、メンツはまあ揃っているので挙手することにする。そっと、小さく、ビクビクと、だけど。


「あれ、どうしたのアーヤ」


 イアンさんが目敏く見付けてくれたので、ほっとする。これで誰も見付けてくれなかったら、なにごともなかったかのようにティータイムを続けようと思ってた。ええ、自己主張激しく大声で提案を口にする勇気はまだないから。だって、却下、と無慈悲に切り捨てられたら自己主張の激しさの分だけ凹むだろう。私の心は硝子だから、簡単に粉々に割れてしまう。

 さりげなく主張して、見付けてくれたら意を決するつもりだった。だから、確かに安堵はしたけれど、本当は緊張の方が強い。

 ええい、我ながら面倒臭いヤツだな。自覚はある分、質が悪い。


「えーと、ちょっと、提案がございまして」

「護衛解散とか交代制とかは却下だぜ?」

「今更そんなこと言いません! ……いつもありがとうございます」

「仕事だから礼なんていらないっていつも言ってるのに。律儀だなぁ、アーヤは」


 クククッと笑うイアンさんは、甘党らしくスコーンにクリームとジャムをたっぷり付けてパクリと食べた。

 こういう会話する分には仲良くなれたと思っている。アーヤという私の呼び名はイアンさん発だ。星の渡り人やら聖女様やらで呼ばれるよりは名前で、と言ったらこちらの人には呼びにくい発音みたいで、じゃあアーヤね、とニックネームを付けられた。気に入ったらしいドウェインさんは勿論、ロドニーさんはさん付けで、ブランシュさんは様付けで、なんとヴィンセントさんにもそう呼ばれてる。

 ニックネームなんてそれこそ小学生振りくらいで、中学に上がると苗字呼びが多かったし、仲良しの子たちにも下の名前を呼び捨てかプラスちゃん付けだった。因みに、小学生の頃のニックネームはなんの捻りもなくあーちゃんだった。

 閑話休題。


「それで、提案なんですけど、私もなにかお仕事、したい……です……」


 声が段々と小さくなったのは、ヴィンセントさんが紅茶を飲む手を止め、ジッと私を見詰め、ゆっくりと眉を寄せたからだ。イケメンのしかめ面は、すごく怖い。


「自分が護衛対象だということは理解できているのか?」


 ヴィンセントさんの声が低過ぎて怖い。流石にイアンさんもドウェインさんも困ったような顔してる。それはそうだ、私がなにか仕事をするとなると、護衛としてヴィンセントさんとイアンさんとロドニーさんがいつも以上にいろんなことに気を遣わなければならなくなる。

 ええ、でもなにか……なにかしたいんです……例えばこの部屋の規模くらいの一室丸々掃除とかだったら許容範囲ではないだろうか。それか私が処理してもいいような事務仕事があれば……いやそれは駄目だ、事務経験ないからそもそもの勝手がわからない。

 浅はかに、ただなんかしたいという思いだけで提案したから、ヴィンセントさんを頷かせることはできない。ここは潔く散った方がいい。


「そう……ですよ、ね。わかりました。この提案はなかったことに」


 してください、と諦めるつもりだった。けれど、何故かブランシュさんが口を挟んだ。


「あの、ヴィンセント様もイアン様も、事務仕事はもうそろそろ終わるのではないでしょうか」


 書類は本当にもう少しでなくなりそうだ。この調子だと今日中か明日の午前中には終わるのではないだろうか。私の憶測は二人も同じだったようで、イアンさんがブランシュさんに答える。


「でしたら、騎士団の詰め所の方はいかがでしょう」


 にこり、微笑むブランシュさんは相変わらず優雅だ。所作も綺麗だしお作法もきちんと教えてくれるから、きっといいところのお嬢さんなんだろうなぁと思ってたら、実際に伯爵家のご令嬢で子爵家に嫁いだ子爵夫人なんだそう。私よりも十歳若いのに、凄い肩書きだ。それなのに毎日私の世話をしてくれるけど大丈夫なのかと聞いたら、あとでまとめていただくので平気です、とにっこり返された。なかなかの社畜だ。私が現れたからだろうから、ごめんなさいをちゃんとしたい。


「なーるほど? 騎士団詰め所だったら、アーヤの存在はわかってる上に騎士ばかりだし、三人が護衛をしっかりやらなくても平気。一人での行動をしなければ、アーヤも仕事ができるってことか」

「ええ。その通りですわドウェイン様。それに、わたくしも元は騎士団の詰め所で働いております。作業はわたくしと共に、でしたら尚のこと安心でしょう」


 ぶ……ぶらんしゅさん! だいすき!

 思いっ切り握手して思いっ切りハグしたい。大興奮のそんな衝動をなんとか押さえつけていると、思案していたらしいヴィンセントさんが大きく溜息を吐いた。


「イアン。【星の渡り人】が騎士団詰め所での仕事を所望している旨と、周知徹底と配置の調整をラルフさんに申告してこい。お前はそのままそっちでラルフさんの補佐。こっちの残りの事務仕事は俺だけで捌く」

「了解。それじゃあロドニーをこっちに来させる」


 食べかけのスコーン食べてしまい、紅茶を飲み干してから立ち上がったイアンさんは、なんだか疲れた表情で書類を指さしながらヴィンセントさんに告げる。


「じゃ、もう騎士団全部の未処理の書類もいらないって団長に言っておくな」


 するとヴィンセントさん、今度は特大の溜息を吐いた。


「暇にならぬようにとのことだが、ロドニーに次から次に持たせ過ぎだろう。十年分ほどの書類を捌いた気分だ」

「あはは、俺ももうしばらくは書類はいらないかな」


 流石に書類を溜め込み過ぎだろうとは思っていた。ロドニーさんは騎士団とを行ったり来たりしたついでに書類も行ったり来たりしていたけれど、いくらヴィンセントさんが書類仕事が苦手でも書類があり過ぎでしょ、と内心驚いていた。まさか私の護衛のために押し付けら……ごっほん、暇にならないように配慮された結果だったなんて。時々、これはやったらダメだろ、って言葉や、流石にこれは無理だ、って言葉がヴィンセントさんとイアンさんの間で交わされてたのはそういうことだったのだ。


「まさか、ラルフ騎士団長の書類も押し付けら……お願いされてたんだ?」

「アーヤ、大っ正解。ほーんと、お疲れ様だよねえ」


 ははは、と笑うドウェインさんの笑い声には憐みが込められていた。

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