絢子、煽る。1
更新再開しますー!
店長の右肩のおかしな流れの魔力の主を目に見えるようにしたところ、現れたのは竜だった! 赤子くらいの小さな竜は、喋るどころか自分を聖獣なんて言い出して……? とりあえず竜に大人しくして欲しいなんてうっかり念じてしまった聖女おアーヤこと私は、婚約者を始めとする皆さんにジッと見られてさあ大変! このピンチをどう潜り抜けられるのか……?!
「アーヤだろう? 竜が突然転がった原因は」
「むしろお嬢さん以外の誰がやったって言うんだい?」
「あ、はい。犯人は私です。ごめんなさい」
どうやらピンチを潜り抜けることはできないらしい。ここは潔く認めて謝罪しておけば、強く責められることはないだろう。
……まあ、私の能力を知っていれば、犯人が私だってことは早々にわかってしまうんだろうけれどね。イアンさんも残念な子を見る目で私を見てくるし。
「今のが【聖女】様の力なんじゃろうか? 竜を手懐けられるのか?」
「ちょっと違いますね。その気になれば手懐けられるでしょうけど、こう……念じちゃえば割となんでもできそうな力です」
お義父様の疑問に答えてみたけれど、改めて説明すると怖い力だ。私が安易にあれそれと念じてしまえばこの世界はどうとでもなる。
だからこそ、私はこの世界で平穏にのんびり暮らさなきゃならないんだ。幸せであれば尚いいので、ヴィンスさんと一緒に幸せいっぱいに生活できればと思っている。
でも……はて? どの程度念じたら発動するんだろうか? 皆さんに迷惑が掛からない程度に、なにかしらで試してみるべきなのかもしれない。今度ヴィンスさんに相談してみよう。
「ええと……塚原さんって、一体……?」
店長が私を見て、ちょっと怯えているようだ。そりゃあかつての部下がとんでもない能力の片鱗を見せたら、ドン引きしちゃいますよね。疑問にも思っちゃうことでしょう。
「ごめんなさい、店長。その説明はまたあとでゆっくりしましょう」
けれど私が念じたとおりに大人しくなった竜は、大人しくなったからその効力が失われたようだ。
改めてヴィンスさんが、イアンさんが、イザベラ様が、竜に向き合う。お義父様とゲイルさんとやらが私と店長の前で壁になってくれたので、改めてひょっこりと顔だけを出した。もちろん、店長も一緒だ。
すると、まるで毛を逆立てて威嚇をする猫のようになった竜は、低く低く唸る。
『ひどい……酷いぞ、【聖女】! 妾を抑えつけるとはなにごとじゃ!!』
「あ、それに関してはごめんなさい? うっかりです!」
『謝るならちゃんと誠意を見せい!!』
そんなことを言われましても、申し訳なくは思っているんですけどね。
「……ごめんな、さい?」
『ぐぎゃーーっ!!』
改めて謝罪の言葉を紡げば、望んでいる誠意が私からは見えなかったのか竜はますます憤った。ヴィンスさんが困ったような顔で私を見るんだけれど、竜を煽ってるつもりはないのでそんな顔で見ないで欲しい。
なんかこのパターンって既視感あるな、なんてことが頭をよぎる。どこかのペラペラな紙様とのやり取りもこんな感じだ。きっとヴィンスさんも同じことを感じて、私の方を見たに違いない。
だからだろうか、この空気感に警戒を解いてしまったらしい各々方が油断したその時、竜が大きく動いた。
「しまった……アーヤもアオヤギ殿も逃げろ!!」
「辺境伯、ちょいと室内が焦げますよ!」
「ゲイル、行けるか?!」
「よぉーし、ワシが相手じゃあ!!」
「う、うおーーっ!!」
そんなことを言われたとて、咄嗟に行動できるわけがない。赤子ほどの大きさとはいえ、竜は竜だ。羽ばたきながらも突進してきたなら、恐怖で逃げることはできないだろう。いくら皆様方が機敏に動こうが、私の足はうんともすんとも言わないのである。
それは店長も同じだったようで、すぐ側の存在が動く気配などしなかった。
こういう場合、頼もしい方々が一緒でよかった、と安堵したいところだけれど、それもできないようである。いくら皆様方がそれぞれお強いのだとしても、皆様方を掻い潜って竜はこちらへと向かってくる。
ヴィンスさんもイアンさんも剣がないので避けるしか術はなく、イザベラ様は結局狙いを定められないようで魔法は発動しない。拳でやり合おうとするお義父様を躱し、ゲイルさんとやらの剣からも軽く逃れた竜はこちらに、私の方に……いや、店長の方に突進して張り付いた。顔面だ。息はできているんだろうか。
「……店長、息できてます?」
私が訊ねたら、店長は左手を左右に振った。できていないようである。
しかしそんな店長の様子などわかっていない竜は、べったりと店長の顔面に張り付いたまま大騒ぎを始めた。
『うぎゃーん! 酷いんじゃよ、【聖女】は! 妾は【聖獣】なのに!』
「そんなことより店長から離れてくれませんか」
『ぴぎゃーっ!! そんなことよりぃ?! やはり此奴が一番居心地がよい! 離れたくない! さすがは妾が招いた異世界人じゃ!』
……は?
はい……はいはいはい! 久々のちょっと待ってコールですよ!
待って欲しい。本当に待って。
確かに店長はペラペラな紙様もとい、神様のエル様が招いた存在ではない。イザベラ様が、奇妙な招かれ人、と称したけれど、まさしくそうだ。
だから私とヴィンスさんは招かれた人物を調べるためにここに来たわけで、え、こんなに早々に犯人がわかっていいの?! いいんだろうけど?!
私がグルグルと混乱していると、いよいよ酸欠になった店長が力の限りで竜を顔面から引き離し、そしてそれはヴィンスさんの手の中へと渡った。
「はぁっ……はぁっ……いみがっ……わからないっ……!」
でしょうね、という言葉を飲み込んだ私は偉いと思う。なにもわからない店長にしてみれば、なにもかもが意味がわからないことだろう。早く全部説明して差し上げたいけれど、まずはやっぱりこの竜のことが先である。ごめんなさい、店長。
『ぎゃー! 離せ、離すんじゃ【勇者】! 妾は其処な男がよい! 貴様よりずっとずーっとよいんじゃ!』
「父上、竜はどうすれば気絶しますか?」
「竜は稀少な故、流石に知らんな!」
いい加減、ぎゃあぎゃあ騒ぐ竜がやかましいのはわかる。けれど、なにも気絶させなくてもいいのではないのか。黙らせるとか大人しくさせるとかで勘弁してあげて欲しい。
だってまだこの竜から聞きたいことがあるし。
それにほら、そういう相談していると、イアンさんがツッコミ入れちゃいますよ。
「それならアーヤに念じて貰えばいいんじゃねえ?」
『きゃー!! なにを言うんじゃ?! 妾をどうするつもりじゃ?!』
「……よろしいでしょう、私が念じて竜を黙らせて見せます」
『きゃーーっ!! イヤじゃイヤじゃあ……っ! お主、妾を助けろ!』
店長に命じるなんて、なんて不届き千万な子なんでしょう。そういうわけで、ご要望もあったので私が笑顔でサクッと念じてやりましょうかね。
とりあえず、なんとなく笑顔でファイティングポーズを取る。すると表情豊かに大騒ぎしていた竜の頬がヒクヒクと引き攣るので、私は更に笑顔を深くして握る拳に力を籠めた。
……よし、勝った。
そう思ったのは、竜はヴィンスさんに抱えられた状態でガタガタと震え、小さな両手……前脚? で顔を覆ったからだ。
完全勝利である。私は握りこんだ右の拳をそのまま高く掲げた。
――え、勝者のインタビューですか? そうですね、エル様相手には人差し指と親指だけで恐怖に陥らせられるけれど、竜相手だとファイティングポーズが有効だということがわかってよかったと思っています。今後この竜がなにかしでかしたら、ファイティングポーズで泣かせますので是非私を頼ってください!!
「アーヤはエル様といいこの竜といい、どうして仕草だけで怯えさせられるんだ……?」
「それは私が訊きたいですね」
キリっとした顔で答えると、ヴィンスさんは大きく溜息を吐いた。失礼だな、ちょっと抓ってみたり念じて大人しくさせただけで、怖いことはしてないはずなのに。
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