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絢子、再会する。4

 これは隙をついて部屋から逃げ出した方がいいのかもしれない。けれどヴィンスさんは私の手を握ったまま背後にグイグイするので、まずはヴィンスさんの手から逃れることが先だ。

 そもそも、私を捕まえながら、剣もないのにどう戦うつもりなんだろう? どう考えても私は邪魔なので、 視界を遮るよりも逃げさせて欲しい。


「ヴィンスさん、ヴィンスさん。私、部屋の外に逃げるんで、手を離してくれると嬉しいです」

「いや、駄目だ。アーヤにはここにいて貰う」


 なんですと……?! 絶対に、嫌だ!!


「い……嫌ですよぉ、大きいんでしょう? ウゴウゴ系ですか? カサカサ系ですか?」

「んー、どちらかと言えば、のそのそ系かな」


 のそのそ系の虫ってなんですかね、イアンさん! 想像がつかないんで全力で逃げさせて欲しいんですけど駄目ですかね?!


「のそのそぉ? のしのし系じゃないのかい?」

「ドシドシかもしれんぞ?」


 のしのし? ドシドシ? そんな擬音が似合うような虫って一体なんなの??


「て、てんちょー! てんちょーっ! どんな虫ですか?! 肩に乗ってるんですか?!」


 こうなったら、店長に直接聞いた方がいい。見たくはないので言葉で把握させて欲しい。

 すると返ってきた店長の声は、未だかつて聞いたこともないような震える声だった。そうでしょうね、皆さんが戦闘態勢に入るくらいには大きい虫でしょうから、怖いですもんね。当然の反応である。


「つ、つかはらさん……みて、ダイジョウブ……虫じゃ、ないから……」


 え?


「ああ、虫ではない。虫ではないが、危険なのでアーヤは俺の背後にいるように」


 え?!


「虫じゃないなら見ますよ! そんなグロテスクなモノとかじゃないんですよね?」


 早く言ってよぉ~、と脱力した気持ちだけれど、もしかしたら店長のあの反応ならば見た目がグロテスクなのかもしれない。

 けれどまあ虫じゃないならイケるかも、と安易に思った私は、ヴィンスさんが制止するにも関わらず顔をひょっこりと出した。


「わあ……のそのそでのしのしでドシドシだぁ……」


 私の目に入った物体を、脳が素直に認識する。確かに、皆さんの擬音は間違っていなかった。前提が虫ではなく、私にはまったく馴染みがない生き物だったけれど。

 私の故郷の世界では、空想生物に分類されるだろう。もしくは古代生物だ。

 トカゲのような姿に、コウモリのような翼。これはいわゆる西洋の竜なのではないか。


「うん、できればその……これ、取っていただけると嬉しいんですが……」


 鋭い爪は店長の肩を掴み、体を支えている。どうやら店長に懐いているようで、頬にすりすりとしていて人懐っこそうだ。今にも顔中を嘗め回しそうな雰囲気に、犬っぽさを感じる。見た目は完全に爬虫類だけれど。

 けれど店長は懐かれていることよりも恐怖心が勝っているようで、震える声でお願いしている。

 それはそうだろう、赤子くらいの大きさだけれど得体の知れない爬虫類系の生き物が頬をすりすりしているんだもの。私だったら、ギャーと叫びながらも咄嗟に首根っこ捕まえて放り投げるかもしれない。怖すぎて。

 店長のお願いにヴィンスさんが動くので、イアンさんも動く。竜がどのような動きをするのかもわからないので、一人よりも二人で動いた方がいいのだろう。

 私はその隙に、イザベラ様の方へと逃げさせてもらう。側にはお義父様もいらっしゃるので、もしもの時の戦力は申し分ないはずだ。私は非戦闘員なので、逃げる準備だけは万端にしておこう。


「アオヤギ殿、できればそのまま動かないで欲しい。俺が竜の体を掴んだら、イアンはアオヤギ殿を引っ張って退避しろ」

「了解。師団長、ヴィンスの援護お願いできますか。ジェフリー様はアーヤをお願いします。ゲイルもアーヤを頼むぜ」

「了解しました!」

「わかったよ」

「アーヤさん、ワシの後ろにいなさい」

「は、はいっ」


 非戦闘員の私は遠慮なくお義父様の背後に回り、気になるので顔だけをひょっこりさせる。ジリジリとヴィンスさんが店長と竜に近付く中、その竜は大きく口を開いて欠伸をしたようだ。そして、店長の肩を蹴って高く飛び上がる。

 上背のあるヴィンスさんが見上げるくらいの高さで留まる竜は、もう一度大きく欠伸をしたようだった。まるで余裕のある竜の行動に、私にはわからないけれど実力の差というものがあるのだろうか。


「さて……どうしようか」

「私が水の魔法でもちょいと当ててみようか?」

『待て。水浸しにする気か』

「じゃあ師団長お得意の火の魔法とか」

『炙るのもナシじゃ』

「ゲイル、剣を貸せ。ワシが串刺しにしてやるわい」

「ええと……かしこまりました」

『串刺しが一番イヤなのじゃが?!』


 もしかしたら竜の方がすんごく強いのでは? という私の懸念をよそに、ものすごく、ナチュラルに会話していらっしゃいます。四つん這いでこっそりと逃げてきた店長も、私と視線を合わせると首を傾げながらも頷くくらいです。おかしいよね、っていう無言の会話です。皆さんがそのことに気付いているかどうかも判断つきません。この場合はどうするのが正解でしょうか。


「あの、しゃべってますよね、あのトカゲみたいなの」


 店長が恐る恐る手を上げながらも、正解を叩きだした。そうだ、そうやっておかしいことはおかしいとはっきりと言うべきなのだ。そうじゃなきゃこの不思議な状況を打破することなんてできないだろう。

 すると皆さんは竜の方をしっかりと見ると、ピリリと緊迫した空気を醸し出した。これは多分、ちゃんと気付いていた上での茶番的な奴だったのだ。私か店長かのツッコミ待ちだったのだ。


『ふん、なんじゃ。(わらわ)が話せることがそんなにおかしいか』

「これまで人の言葉を話す魔物や魔獣に出会ったことがなくてな」


 ゲームも漫画もアニメも映画も人の言葉を話す動物はいるからか、私にはおかしいとは思えない。実在するんだ、ってビックリするけど。

 それにしてもヴィンスさんたちの反応は薄いので、てっきり既に人の言葉を話す動物とかが存在しているのと思っていたけれど、違うんだ? そこにビックリである。

 すると、竜はヴィンスさんの言葉が気に障ったようで、突然怒り出した。


『妾をそこらに蔓延る魔物や魔獣と一緒にするでない! 妾はな、【聖獣】なのじゃ!』


 聖獣……例えば青龍とか玄武とか、スフィンクスもそうだっけ? この世界の聖獣の意味合いがどんなものかはわからないけれど、私が知る限りでは人間に加護を与えたりする存在だったはず。

 この赤子くらいの大きさの竜が、聖獣。確かに神々しいくらいの白いボディだけれど、神秘性よりも不審物系である。その理由は、一人称が聞き馴染みのない妾だから、という超個人的なアレだけれども。


「店長、どう思います?」

「……ごめん、よくわからない」

「私は胡散臭さが大きいです。人型ではない生き物がしゃべるのは、あるあるですけども」

「あるあるなんだ?!」

「いわゆる異世界ですよ、異世界。剣と魔法の世界です。神様だっているんですから、竜だってしゃべるでしょ、そりゃ」

「神様いるの?!」


 しまった、余計に店長を混乱させてしまったかもしれない。

 とりあえず、店長にはそもそもの話をまだしていない。私がどうしてこの世界にいるのか、聖女なのか、店長がどうしてこの世界にいるのか。店長の件はまだ謎だらけだけれど、店長はわけもわからず知らない世界で生きていたんだ。説明がまず先である。

 でも、優先順位的にはあのしゃべる竜の方が先だ。あれをどうにかしてからじゃないと、ゆっくり説明することもできないだろう。


「うーん……店長といろいろとお話ししたんですけど、あの竜のことがやっぱり先ですよね」

「そうかな? ……いや、そうだね。どうにかして貰わないと……」

「うーん……あの竜、ちょっと大人しくなってくれないかな?」


 あ、しまった。


『ぎゃんっ!』


 私が軽く念じてしまうと、竜は突然転落して床に転がった。そしてヴィンスさんとイアンさん、それからイザベラ様の視線が私に集中する。

 そうです、犯人は私です。ちょっと念じちゃっただけなんです。悪気はなかったんです。

 店長もお義父様もゲイルさんとやらも事態の把握ができないようで、不思議そうに私を見た。

 なんかごめんなさい……

出ちゃった、★竜☆


いつもリアクションなど有難うございます!


またまた都合により金曜日更新はお休みして、次は6月3日(火)夜に更新いたします。

ご容赦くださいませ。

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― 新着の感想 ―
 この世界で「竜」というと、結構危ないモノ扱いだったような。どう暴れるのか楽しみにしています。
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