絢子、再会する。2
万歳である。三唱しましょう。そのあとにハイタッチして、なんなら祝杯もあげましょう。
いや、やっぱり駄目だ。本当はよろしくはない案件なのだ。万歳はしても三唱はせず、ハイタッチはやめて再会の盃の方がいいか。本当は宴を催したいけれども!
「あーでもホントよかった。よくはないけど、よかった。お元気そうだし、顔色も前よりいい気がする……」
つまり、確認ができたのである。よろしくはない事態だけれど、トーゴ・アオヤギさんはちゃんと私の知る店長だった。
私が勤めていたスーパー飯山の、青柳店長。ずっと上司でいて欲しい人ランキング堂々の一位で、殿堂入りの人物。
その優し気な風貌も、ご飯ちゃんと食べてますか、と問いたくなるようなヒョロさも、お変わりなく店長だった。
少し顔色がよく見えるのは、この世界に来て変なストレスがなくなったからだと信じたい。私もなんか肌艶がよくなった気がするから、現代社会の社畜は異世界でのんびりするべきである。お手軽に行ける場所じゃないけれど。
「それはよかった。だがな、アーヤ。君の婚約者は俺だ」
「はい、そうですね?」
私が店長でテンション爆上がりさせていると、ヴィンスさんのご機嫌が斜めになったようだ。はしゃぎすぎただろうか。エル様に警戒しておいてと言われてはいるけれど、元の世界の知り合いと再会できたんだから私ははしゃいじゃいますよ。いや、決してよくはないんだけど、どうして招かれたの、と店長を問い詰めたいんだけれど、嬉しさが勝ってしまうのは許して欲しい。
いや、でも、あれ? どうしてヴィンスさんは、自分が婚約者だという主張をするのかな?
私が首を傾げると、ヴィンスさんが大きく溜息を吐いた。本当に私はなにかしちゃったのかな?
助けを求めるようにキョロリと周囲を見ると、イアンさんがいたのでじっと見てみる。けれどこの人はヴィンスさんの味方をする人なので、私の味方はまだゼロだ。
「ヴィンス、もう諦めろってば。アーヤは絶対にわかってねえから」
ほーら、やっぱりヴィンスさんの味方だ。
今度は私がご機嫌を斜めにしそうになっていると、イアンさんは呆れた感じでヴィンスさんの肩をポンポンと叩いた。
「どういう意味ですか、イアンさん!」
「ええ……マジのヤツかよ……」
「ええ……なんでそういう反応されなきゃならないんですか……?」
ヴィンスさんが婚約者を主張するのも、私がなにをわかってないかも、もう本当に私にはわからない。ちゃんと言葉にして教えて欲しいのに、雰囲気とかだけで察しろだなんて酷い話だ。私が鈍感なのが悪いんだろうけれど、わかってないってわかってるんだから素直に教えてくれてもいいのに。
私が低い声で唸りそうになったからか、イアンさんはもう一度、今度は強めにヴィンスさんの肩をバシバシ叩いた。
「ヴィンス、ほら、お前じゃねえと無理だから」
「はい! なにもわからないので教えてください!」
「ほら、アーヤも元気にそう言ってるし。つーか、ちゃんと話すって言ってただろ」
私が元気よく挙手すると、イアンさんも元気よくヴィンスさんの肩を叩く。するとヴィンスさんはイアンさんを小突きながらも、一つ大きく深呼吸をしたようだった。
私と話をするのに、そんなに意を決さなければならないのか。それだけ重要な話なのか。だったら場所を変えた方が……と考えていると、しっかり意を決したらしいヴィンスさんが私の方をしっかりと見た。
「……アーヤ。この際はっきりとさせたいんだが、いいだろうか」
「なんでしょうか……?」
イアンさんが苦笑している。ヴィンスさんがおかしなことを訊く想像ができないけれど、もしかしておかしな質問をされるんだろうか。それはそれでドッキドキだな。祭り太鼓にピーヒャララじゃなくて、軽やかなテンポのピアノのメロディのようなドッキドキだ。
そんな年甲斐もなく乙女ちゃんなドキドキをしていると、ヴィンスさんは言い難そうにしながらも私に問う。
え、やっぱり場所を移動した方がいいんじゃないんですか? そんなに言い難そうなら……
「アオヤギ殿とは、恋人だったのか?」
……うん。おかしいな。私の耳が悪くなったような気がする。聞こえが悪いというか、聞き間違いをしたような気がするのだ。
だって、ヴィンスさんはなにを訊いた? 店長と、私が、恋人?!
そんなわけあるかー!! 職場で懐いていただけの人だー!!
……と叫んでしまいそうになるのを、ぐっと堪える。まずは冷静になった方がいい。ここで感情任せにしてしまえば、なんとなく拗れるような気がする。
何回か深呼吸をして、私は気まずそうに不安そうにしているヴィンスさんを見上げた。
「その質問の答えは、いいえ、です」
私がはっきりと言えば、ヴィンスさんが安堵の息を吐く。もしかすると、ずっと不安になっていたのだろうか。エル様から話を聞いて以来、私が店長のことを気にし過ぎていたから、もしかしたらと勘ぐっていたんだろうか。
しょうがない人。たとえ、いいやあり得ないんだけれど、例えばの話、私と店長が過去に恋人関係にあったとしても、今の私の婚約者はヴィンスさんだ。他の人なんてありえない。
そもそも、十年くらい恋愛事から遠ざかっていた私の心が動いた相手は、ヴィンスさんだけなのに。
「すまなかった。どうやら俺は、アーヤの過去の相手に嫉妬してしまうらしい」
「店長はそういうアレじゃないですから!」
「そうじゃなくても、過去を知っている人物だろう? 俺の知らないアーヤを、アオヤギ殿は知っている」
ヴィンスさんが私の右手を取って、自分の口元に持って行った。指の付け根あたりに唇が当たったように感じると、私の顔は瞬間的に熱くなる。きっと、見た目にも赤くなっているに違いない。
お願いですから、そういうことをするのは控えてくれませんか。
「そうは言われましても、私だってヴィンスさんの過去を知らないですし……」
「アーヤはアーヤでマルヴィナ嬢に嫉妬してたよな?」
「ちょ、イアンさん!!」
してましたけれども! ヴィンスさんの婚約者は私です、って気持ちでお茶会に挑みましたけれども!!
「そうか……アーヤはあの時、今の俺と同じ気持ちだったんだな」
「はっ……!!」
それじゃあ私たち、同じようなことをしていたということ……? 嫉妬しなくていい相手に嫉妬して、勝手に落ち込んだりしてたっていうこと?
ヴィンスさんを見ればやっぱりそこに気付いたようで、なんとも言えない笑みを浮かべていた。私だって苦笑いしたい。
そこでハッとするのである。もっと違うことに気が付いてしまったのだ。それは、イアンさんに揶揄われる、ということ。
似たもの夫婦とか言われそうなヤツだ。まだ夫婦じゃない、と反撃したら、そのうち夫婦になるだろ、と返り討ちに合うヤツだ。
私はわかっている。今はただ、黙って過ごすのが賢明だと。
「よっ、似たもの夫婦~」
ほら来た。イアンさんがニヤニヤと揶揄う気満々だ。ここで突っかかっては駄目だから、大人しく口を閉ざせばいい。
しかし私の努力の甲斐もなく、ヴィンスさんが私の肩を抱き寄せるのである。やめてください、なにもしないでください、なにも言わないでください。
「羨ましいだろう」
肯定どころか煽りやがりましたよ、この人。ヴィンスさんが今どういう表情をしているかはわからないけれど、声音が弾んでいるのできっと満足そうな笑顔なのだろう。ドヤ顔で煽っている姿も想像できる。
ヴィンスさんのまさかの発言に、私の時が止まったような気がした。イアンさんが笑い転げているし、あちらはあちらで奮闘していた辺境伯ご夫妻とハロルドさんも笑いを堪えている。堪えるくらいなら大爆笑して欲しい。
唯一、イアンさんのお兄さんのレナードさんだけがあわあわとしていて、このノリについていけていないのが新鮮だ。ブランシュさんを見ればにこりと微笑まれたので、こちらには新鮮味はない。
「あー笑った笑った! んじゃそろそろ、あっちに行こうぜ。マージェニー師団長がトーゴを連れて行ってるから」
そういえば、店長たちが出て行ったのには気付いていたけど、どこに行ったんだろう? 屋敷内にはいるとは思うけれど……
まさか、イザベラ様は店長を気に入ったりした? お義母様が、王宮内じゃなく別の場所にイザベラ様のお相手がいるかもしれないとか言っていたけれど、もしかして店長なの?
駄目です。絶対にダメです。決して嫉妬ではなく、本当に、普通に駄目なんですよ、イザベラ様。店長には優しくて可愛らしい奥さんと、立派に成長したお子さんがいらっしゃるんです。店長はそもそもこの世界に招かれるべき人ではないから、エル様に頼んでどうにかして元の世界に返さなきゃならないんです。
止めなきゃ、という思いができたので、私もご一緒させて貰おう。了承を得ずにちゃっかり付いて行っても問題はないだろう。
すると、この部屋の扉を叩く音がして、グレイアム家の使用人の人が少し慌てた様子で入室した。
「御館様、若様。それから若様の婚約者様。魔導師の方が、急ぎで呼んでおられます」
なにかあったんだろうか。
私たちは顔を見合わせると、急いで部屋を出た。
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