絢子、再会する。1
お待たせしました。
更新再開です。
馬車に揺られること、四日。私は今、王都の王宮からもマッケンジー公爵邸からも離れて、グレイアム辺境伯領内のヴィンスさんの御実家に来ている。
婚約者の御実家に、嬉し恥ずかしで初訪問したわけではない。手土産を持ってご挨拶するわけでもない。そもそももう顔合わせはしているので、そんな必要はない。……多分。
では、私が何故ヴィンスさんの御実家に来ているのか。
それはペラペラな紙様ではなく神様のエル様が、自分が招いていないのに招かれた人物がいる、とか言ったからだ。名前を聞けば、私の知っている人かもしれなかったからだ。
「ほんとうに店長かな……ねえブランシュさん、どう思います?」
「そうですわね。とりあえず、アーヤ様。わたくしのことはブランシュと。それから敬語は必要ありません」
「うっ……!」
ブランシュさんに指摘されたことを、私は一度も改められない。正式に私の侍女になった時点で、私はブランシュさんの主だ。だから敬称も敬語も必要ないと言われるのだけれど、これがなかなかできないのだ。お友達感覚が抜けきれないというか、主従が違和感というか、私に主は務まらないからである。
それでも、なるべくそうするようにしている。この馬車内の四日間も辺境伯夫人……お義母様やイザベラ様とご一緒だったので、ブランシュさんには敬称も敬語も使わないように努力した。八割方が失敗に終わったかな、という具合だ。赤点レベルである。
けれどお義母様に注意されることも、イザベラ様に笑われることもなかったので、きっと私は甘やかされているのだろう。反省はしている。
その件については今後の私に期待して欲しいので、とりあえずは置いといて。
エル様曰く、エル様以外がこの世界に招いた存在というのが私の知る人物なのではないか、という問題があるのだ。それを確認するために、エル様からの情報を頼りにヴィンスさんの御実家にやって来ているのである。
幸い、グレイアム辺境伯もトーゴ・アオヤギという人のことを把握していた。領地内のとある村から報告が上がっていたそうだ。だからこそこうやってドタバタと急いで移動できたんだけれど、さてここで問題が起きた。
私の心臓がドッキドキなのである。
本当に店長だったら、嬉し過ぎて爆発してしまうかもしれない。エル様が招いたわけではない時点でよくはない事態は確定なのだけれど、もう会えないと言われていた元の世界の知り合いと会えるのだ。店長でなくても、私の家族は勿論のこと、ちょっとした知り合いが招かれていたとしても同じ反応ができるだろう。
エル様は私の郷愁を薄めてくれているはずだけれど、同じ世界線に存在するとその効果はなくなるんだろうか。わからないけれど、同姓同名の違う人だったらがっかりすると断言できるくらいには、会えたら嬉しいという思いは強い。
「はい、できましたわ。簡単に髪を一つに結んだだけですが、これでよろしいのですか?」
ところで私は今、与えられた部屋でブランシュさんにお世話されていた。トーゴ・アオヤギさんに会う前に、着替えてお化粧や髪形をお直ししなきゃならない、なんていうとっても面倒なことをされているのである。ことあるごとにお着替えだとか、お貴族様って本当に面倒くさい。
しかし不満を言えども覆ることはなく、馬車に揺られていた時の服とはサヨナラして新しい服とご対面した私は、ブランシュさんに髪型のリクエストをしたのである。
ズバリ、簡単な一つ結び。
私は職場ではよくこの髪型にしていた。高い位置ではなく低い位置で一つに結んで、時には可愛いヘアゴムや小振りのヘアアクセを使ったりしていたのだ。
ブランシュさんに頼んだのは、そういったシンプルな髪型だ。編み込んだりするのも可愛いけれど、あえて手の込んだことはして貰っていない。
それから、お化粧もいつもよりもシンプルに。服も本当に本当にシンプルなワンピースにして貰ったから、元の世界の私との乖離はあまりないだろう。
もしも本当にトーゴ・アオヤギさんが私の知る店長ならば、これならばちゃんと私だと気付いてくれるはずだ。
「はい、ありがとうござ……ありがとう、ブランシュ」
「いいえ、どういたしまして」
言い直した私をくすくすと笑ったブランシュさんは、テキパキと片付けを始める。
手持無沙汰になってしまった私は、そういえばブランシュさんに訊きたいことがあったことを思い出した。
「ところでウェスリー卿はどこかに行ったみたいだけど、ブランシュは知ってるの?」
「ええ、勿論ですわ。辺境伯騎士団の詰所の方です。夫はいずれこちらにご厄介になることが決まっておりますので、そのご挨拶をしたいとのことでした」
ああそうか、いい機会だもんね。こちらに滞在中は、しっかり顔を覚えて貰っていた方がいいのかも。
ブランシュさんが私の侍女になったということは、ここに嫁ぐ私について来てくれるということだ。イコールで旦那さんのウェスリーさんも、王国騎士団からグレイアム辺境騎士団所属になることが決まっている。
王国騎士団からヴィンスさんとイアンさん、それからウェスリーさんが抜けるとなると、ラルフお義兄様が大変そうだ。副騎士団長の選出だけでも頭を抱えているのに、その補佐役はまだしも、第一部隊の部隊長までも決めなくちゃならないなんて頭が痛くなりそう。
それもこれも、私がヴィンスさんと結婚するからなんだけど。
……あれ、原因私じゃん……
「なんか……私の所為で、ごめんなさい……」
「なにを仰います! わたくしがアーヤ様の侍女になりたいと願い、夫は辺境騎士団に興味を持っていた。この二つが重なったのです、わたくしたち夫婦はアーヤ様に感謝しているのですよ」
私はその話をラルフお義兄様から聞いていた。私の侍女候補はブランシュさんとマリーネさんで、マリーネさんは家庭の事情で辞退したこと。ウェスリーさんが王国騎士団を辞してグレイアム辺境騎士団への転属の許可が下りたために、ブランシュさんが私の侍女に決まったこと。それらはすべて各自各家庭で決めたことだから罪悪感を抱える必要はない、と念を押されていたのだ。
ブランシュさんは柔らかく微笑んでいた。ラルフお義兄様に聞いていたばかりではなくて、本心だとちゃんと知れたような気がした。
だから、ごめんなさい、じゃあないよね。どちらかと言えば感謝だ。私のために、これまでの生活を変えてくれるんだもの。ブランシュさんは勿論のこと、ウェスリーさんも私に付いて来てよかったって、グレイアム辺境伯領に来てよかったって思って貰う事が、これからの私の課題の一つだ。
「いいえ。こちらこそ感謝するわ。改めて、私の侍女になってくれてありがとう。これからもよろしくね」
「はい、もちろんでございます」
二人で笑い合っていると、私に与えられたこの部屋の扉を叩く音がする。多分、ヴィンスさんかな。ブランシュさんがすぐに対応すると、私の姿を見止めたヴィンスさんがふわりと笑った。案の定の登場に、私の心は嬉しくて跳ね回る。
「支度は終わったようだな」
「はい、お待たせしました」
「その装いもよく似合っている。髪をそうやって結わえるのもいいな。……今度、アーヤの雰囲気に合う髪飾りを贈ろう」
「ありがとうございます。……でも、豪華な物はいらないですよ?」
「俺がアーヤを飾り立てたいんだが?」
クスクスと笑い合いながらも、私はヴィンスさんの腕の中にいた。いつの間にこんな状況に?!
確か私はヴィンスさんの登場が嬉しくて、椅子から立ち上がった。それからフラフラとヴィンスさんの方に歩いて行き、手を差し出されたのでその手を取り……次の瞬間にはもう腕の中だ。とんだ早業に、私は私が恐ろしいしヴィンスさんが私を好きすぎて照れる。
とりあえず疑問符を撒き散らしながらも首を傾げた方がいいのか、それとも顔を真っ赤にした方がいいのか。結局は困惑しながらもそっとヴィンスさんの胸を押しやると、ますます密着してしまった。ヴィンスさんが私を好きすぎて照れる。
助けてブランシュさん。
「ヴィンセント様、お時間の方はよろしいのでしょうか?」
ナイスアシスト、ブランシュさん!
「なに、まだ問題ない。……と、言いたいところだが、準備が終わったならばさっそく応接間に行かなければならない」
残念そうに私を解放するヴィンスさんに苦笑する。けれど一瞬で緊張してしまって、心臓が祭り太鼓を打ちそうだ。今ならピーヒャララと笛も吹けそうである。
ヴィンスさんが改めて手を差し出すので、私はその手に自分の手を重ねる。大きく息を吸って吐いて、ここに来た目的を果たさなければならない。祭り太鼓を打っている場合ではないのだ。
「緊張がすごいですけど、うん、頑張ります……!」
私が意気込むと、ヴィンスさんは少し眉を寄せたような……? 頑張らなくていい、ということだろうけれど、頑張らなきゃならないのは祭り太鼓を打っている私の心臓なので、生暖かく見守って貰いたい。
トーゴ・アオヤギさんが私の知る店長かそうでないのか、ただそれだけのことなので。
ブクマやリアクション、いつもいつもありがとうございます!
今回からアーヤ主軸で進みます。




