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幕間:矜持と『煉獄の魔女』 ―イザベラ・マージェニー

 昼過ぎにはグレイアム辺境伯のお屋敷に着くだろう。領都に近付いたので、先にウェスリーが馬で駆けて報せに向かっている。この拷問とも思われる四日間の旅も、そろそろ終わりだ。


「ですから、貴女のことですので身分は気にしていないのでしょう? いるかもしれませんわよ、我が領都に、貴女のお相手が」

「あのですねえ、ステラ様。私は独り身を決めているんですよ。私の年齢で今更結婚なんて、夢も見ちゃいません」


 いいや、訂正するよ。拷問は初日と最終日である本日だけだ。中二日間はお嬢さんを揶揄い、ウェスリーを巻き込んでブランシュから甘酸っぱい話を聞き出していたからだ。

 ステラ様は昔から、誰かのそういう話題を好んでいる。ご自身は魔物や魔獣にすら臆することなく前線に立てる女傑ではあるが、恋や愛の話で心をときめかせる少女のような部分も持ち合わせている方なのだ。女ばかりが揃っていれば、たとえ未来の義理の娘であろうと心を躍らせてあれこれと聞きたくなるらしい。

 私にとっては迷惑な話だけれどね。こちとら一応は侯爵家の令嬢ではあるけれど、四女の立場と魔導師としての実績を盾にして未婚を貫いている。持ち込まれた縁談もことごとく断っていたのも、私自身が結婚生活を夢にも描けなかったからだ。

 そうこうしている内に、婚期を逃しまくって今現在。


「あら、寄り添う相手ができるのに年齢は関係ありませんわ。わたくしは、貴女が師団長の座を退いてから独りになるのではと危惧しているのです」

「その時はドウィーを養子にもらいますよ。たまに様子を見に来てもらいます」


 馬鹿弟子は侯爵家の次男坊だし、結婚にも興味を示さない。いずれ私のようになるだろうことは明白で、だったら親子になってもいいだろう。一度その話を馬鹿弟子にしてみたが、しょうがないですねー、なんて言って満更でもなさそうだった。

 私の方が先に逝くだろうから、あの子もそのあとのことは勝手にするだろう。そろそろその話を本格的に進めてもいいのかもしれない、なんて思っていたりもする。


「ドウェインさんとイザベラ様が親子……なんか……なんかすごく強い……怖い……」

「どういう意味だい、お嬢さん?」

「あっ……」


 このお嬢さんはなにをどう思っているんだろうね。強いのであれば、お嬢さんとヴィンスも強いだろうよ。この世界のいつの時代に【聖女】と【勇者】の夫婦がいたっていうんだい。前代未聞なのはそっちだよ。

 私がわざと笑顔で訊ねると、お嬢さんはすぐに口元を両手で覆って小さく俯いてしまった。ブランシュが私にお辞儀をするのはきっと、主人の代わりに謝っているんだろう。できた侍女だね、まったく。


 私たちがこんなやり取りをしている間も、ステラ様は納得していない顔をしている。けれど、私の人生だ、勝手にさせて貰いますよ。

 淑女にあるまじき、頬を膨らませる、という行為をしているステラ様に苦笑するしかないでいると、コンコン、と音がした。馭者の隣に座っている執事だろう。


「奥様、お屋敷に着きました」


 馬車はいつの間にか止まっていた。外を覗けばグレイアム辺境伯の大きなお屋敷が見える。

 さて、拷問の時間はこれで終わりだ。

 馬車から降りると、思い切り背伸びをして深呼吸をする。辺境伯家の屋敷の前であろうとも関係ない、拷問のせいで私は疲れているんだよ。できればこのまましっかりと休憩を取りたいところだが、生憎とこれから人と会うことになっている。


「マージェニー師団長、道中なにもありませんでしたか」


 出迎えてくれたのは、グレイアム辺境伯とヴィンスだった。それから使用人がチラホラと。

 使用人たちが荷物を降ろしてくれたり馬車を移動させたりと忙しなく動いている中、お嬢さんの手を取って再会を喜んでいたはずのヴィンスがこちらにやって来た。

 私を労わることもしないこの男を、私は腕を組んで睨み上げてやる。


「魔物除けの香を焚いてるんだよ、上級や特級の魔物でも近付かない限り、襲われることはないよ。盗賊なんかもいなかった。万が一のことがあったとしても、お前、誰にモノを言ってるんだい?」

「これは失礼しました。……ありがとうございました」


 ヴィンスが頭を下げるので、胸のあたりを拳で軽く叩いてやった。この男、本当に私や実母であるステラ様の心配は一切していない。婚約者のお嬢さんのことだけを心配していることは簡単に見て取れる。

 まあ、私もステラ様も魔物や盗賊なんかに後れを取るような無様な姿は見せるわけがないけれどね。私は『煉獄の魔女』で、ステラ様はこの辺境の地で前線に立っていた女傑だよ。そこいらのか弱い淑女と比べて貰っちゃ困るのさ。


「お前、私だから許すけれど、他では通用しないからね?」

「自覚はしているんですが、ついアーヤを優先してしまいまして……」

「はいはい、わかっているよ。……まあ、今回の出発前よりかは落ち着いてるようだね。お前、焦っていたんだろう?」

「……なんの、ことでしょう?」


 しらばっくれても無駄だよ。道中、お嬢さんからお前の様子が少しおかしいことは聞いているからね。お嬢さんはその理由に辿り着いていないようだけど、私もステラ様も、おそらくはブランシュも気付いているよ。

 けれどその様子だと、トーゴ・アーリャギなる人物と先に会って、焦らなくてもいいと判断できたんじゃないかい?


「変なこと考えなくても、お嬢さんはお前に一途だよ」

「わかっています」

「それなら胸を張ってりゃいいのさ」

「我が家の執事長にも散々説教と助言を貰いました」


 だから少しは落ち着けたのか。そうやって親身になってくれる者がいるということは有難いことだよ。願わくば、お嬢さんが嫁いでからもお嬢さんに対してもそうであって欲しいね。中には非は見当たらないのに使用人から歓迎されないこともあるらしいじゃないか。

 まあ、あのお嬢さんならば大丈夫そうだし、このグレイアム辺境伯家じゃあり得ないことだろうけれども。

 ふとお嬢さんの方を見てみると、なにやらブランシュと攻防しているようだった。


「ええ……着替えるんですかぁ?」

「もちろんでございます。旅の汚れを落としたいところではありますが、時間がありませんのでお着替えだけでも」

「ええ……」


 どうやらこの後の予定のようだね。身支度を整えてから、件の人物との対面の流れだ。その身支度には着替えが含まれていることを、つい今し方知ったんだろう。

 わかるよ、お嬢さん。馬車に乗っていただけだから、汚れてなんかないものね。

 けれどこれが貴族令嬢というやつさ。人を待たせても身なりを整えなきゃ、家名を汚してしまう恐れがある。お嬢さんは筆頭公爵家のマッケンジー家の令嬢だから、余計にきちんとしなければならないのさ。

 不満そうな顔をしているお嬢さんだが、そういう教育は受けているんだろう。渋々ながらもブランシュの言うとおりにするみたいだ。


「イザベラ様も着替えるんですよね?」

「ああそうだよ。私だけじゃなく、ステラ様もちゃーんと着替えるさ。お嬢さんだけじゃないから安心おし」


 とはいえ、私は侍女を伴っていないから一人で支度をするしかない。けれどそれも慣れたもので、誰かにやって貰うことの方が稀だ。お嬢さんも本来ならきっとそうなんだろうけれど、今現在の立場じゃあこの先ずっと一人で身支度することはあるまいよ。


「師団長、もし必要ならば滞在中は侍女を付けることができますが……」

「いらないよ。私は仕事でここに来てるからね。辺境伯家の屋敷に滞在させて貰えるだけで十分さ」

「遠慮しなくていいのよ、イザベラ。もしも手が必要ならば、遠慮せずに言ってちょうだい」

「客人をもてなすこともできない甲斐性なしではないからな!」


 ステラ様や辺境伯まで心配してくれるのは嬉しいのだけれど、辺境伯家の使用人の手を煩わせるつもりはない。丁重にお断りすると、強情ね、とステラ様に言われてしまった。これはもう私の性分だと思って、諦めていただきたいんだけどね。


 とりあえず、屋内に入る前にごちゃごちゃとしていても仕方がない。着替えるのがなによりも先だ。

 辺境伯にご挨拶をしてから中に入らせて貰うと、二階の客室に案内される。私の部屋の隣がお嬢さんで、その更に隣がブランシュの部屋だそうだ。ウェスリーは辺境騎士団の宿舎の方へと滞在中は厄介になるようで、もうすでに詰所の方へと挨拶に行っている。

 お嬢さんの護衛はヴィンスだけで十分で、イアンもいるし私だっているからウェスリーにはある程度の自由を与えているんだろう。どうせあの子も辺境騎士団に属することになるから、今のうちに顔を覚えて貰っていた方がいいだろうしね。


「それじゃあ、またあとで。ヴィンスが惚れ直すくらいに可愛くして貰いな」

「イザベラ様っ!」


 扉の前で手を振ってやると、お嬢さんが顔を真っ赤にした。おやおや、これくらいで恥ずかしがるのかい? これは本当に揶揄い甲斐があるねえ。


「お言葉ですが、イザベラ様。ヴィンセント様はアーヤ様とお会いする時は、毎回ときめいていらっしゃいます」

「ブランシュさんっ!!」


 ブランシュもやるじゃないか、こりゃあこの先のお嬢さんが大変そうだ。ヴィンスにときめき、ブランシュだけじゃなくイアンにも揶揄わられ、毎日生きた心地がしないんじゃないのかい?

 けれど、そうやって楽しく生きてくれたら私は、この国は、この世界は、ありがたく思うよ。お嬢さんが願えば、この世界は平穏であり続けてくれるからね。


 だから、トーゴ・アーリャギなる人物を、私がきちんと見定めなきゃならない。

 お嬢さんは【聖女】様でヴィンスは【勇者】かもしれないが、魔力の流れを見ることはできない。魔力の濁りなんかも判別できるのは、魔導師の中でもほんの一握りだ。たとえ件の人物がお嬢さんの知り合いであっても、悪い魔力であれば対処しなければならないだろう。

 お嬢さんが願えば、きっとそれも大丈夫になるんだろうね。

 けれど、根本的な解決にならなかったら? ただ悪い魔力が抑えられるだけで、そのわずかな力が件の人物自身を苦しませていたら?

 私は魔力量が一般的な魔導師たちよりも少しだけ多いだけだから、なにもできないかもしれない。得意なのは火の魔法で、探求しているのは転移魔法だ。だからこそ、見定めることは重要だ。次の一手をしっかりと探ることができるように。


「さぁて……まあ、いつもの服でいいか」


 変に着飾ったら、失敗するかもしれないからね。いつも通りの格好で、いつも通りに仕事をしよう。

 私は荷物から仕事着を取り出すと、簡単に結わえていた髪を解いた。

諸事情により、次回更新は5月16日の21時半ごろの予定です。大変申し訳ありません。


いつもリアクションやブクマなどありがとうございますー!

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