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グレイアム家応接間にて3

 相変わらず僕をじっと見てたイザベラ様は、今度は僕ではなく僕のすぐ側の床へと視線を落とす。すると僕も皆さんも一斉に床を見ることになった。特になにもない床だからだ。あるとすれば立派な絨毯だけで、決して土足で踏んじゃいけない気がするだけである。いくらするんだろう、この高級そうな絨毯。


「イザベラ嬢よ、床になにがあるんじゃ?」

「魔導師の目から見て、おかしなものでも見えてしまうのかしら?」

「それじゃあハロルドに言って引っぺがして貰うか! 家具なんかの移動は騎士団に頼めばいいじゃろ!」

「ジェフリー様、わたくし気になっている絨毯がありますの。ダドリー商会で取り扱ってますのよ」

「ほお? それならイアンに言って、シャロン嬢に用意させよう!」

「まあ、名案ですわね!」


 部屋の外でガタガタと物音がしたけれど、イアンが慌てたのかな? 領主様も夫人も声が大きいので、きっと今の会話が聞こえてすぐに行動に移したんだろう。若様がなんとも言えない表情をしているのは、自分の従者を勝手に使う両親に呆れているのかもしれない。

 僕はあえてハロルドさんの方には視線をやらない。もしかしたら、般若の面のような表情をしているかもしれないからだ。なんとなく、そう思ったからだ。

 僕が密かにガタガタとしていると、塚原さんが若様とこそこそと会話をしていた。


「ヴィンスさん、シャロンさんて?」

「……あとで、イアンに直接聞いた方がいい」

「はーい。……あ! そういうことですか。イアンさんも隅に置けませんね」


 ニヤニヤと楽しそうにする塚原さんを見る若様の表情が、なんとも柔らかい。険しい表情ばかりする、気難しそうな人だと思っていたのに婚約者相手ではやはり違うようだ。

 ……あれ? もしかして僕が若様に警戒されていた理由って……?

 いやいや、深く考えないでおこう。そもそも僕は既婚者で、妻以外と不純な交遊をするつもりは一つもない。塚原さんをそういう目で見たことは一度もないし、他の人でもそうだ。


 ところでイザベラ様が床を見つめて動かなくなったので、ここらでちょっとおさらいをしようかと思う。

 塚原さんと再会してから抱いた違和感のことだ。

 前提として、今の僕は塚原さんのことはちゃんと記憶にある。

 僕の記憶が正しければ、仕事はスピーディで、覚えるのも早いので大変助かっていた。これでもう少しお客さんに愛想よくしてくれたらなあと思うことも多々あるけれど、同僚とは仲良くやっていたので人見知りが強い人なのかもしれない。クレームを受ければちゃんと反省してくれていたし、決して悪い子じゃない。

 前提として、僕は一か月半をこの世界で生きているけれど、彼女は三か月ほど前からこの世界にいる。

 僕の記憶が正しければ、彼女のいなくなった一か月半程度を、彼女がいないことが当然のようにすごしている。シフトも特に問題なく……いや、あった。おそらく最初の頃だ。レジに立つ時間の割り振りが上手くいっていなかった。レジ交代が来ない、と言われてレジシフトの調整を何日間か変更したのだ。

 つまり、僕も他の従業員も親御さんも、塚原さんがこの世界にやってきた時点で塚原さんのことを忘れた、ということだ。そして僕が塚原さんの記憶があるのは、塚原さんがいるこの世界に僕がいるから、だ。


「うーん、わからないねえ」


 ということは、元の世界では塚原さんは存在しないことになっており、僕のことも元の世界では存在しないことになっている確率が高い。

 妻や子供たちは、会社は従業員の皆さんは、僕の知り合いたちはみんな、僕の存在が記憶から抜けている、ということ。

 僕は自分の考えにゾッとした。


「おや、どうしたんだい? 顔色が悪いね」

「ぅわっ!」


 ゾッとした途端にイザベラ様の顔がドアップだった。美女の顔面のドアップはすごく迫力がある。驚きでドキドキが止まらない。なんとか一歩後退すると、胸を押さえて深呼吸を何度も繰り返す。失礼な態度でしたら申し訳ありません。


「イザベラ。貴女、彼になにかしまして?」

「酷い言い様じゃありませんか、ステラ様。私は魔力の流れを見ていただけで、なーんにもしていませんよ」

「あ、いえ、驚いただけなので大丈夫です。それよりも、なにかわかりましたか?」


 僕が訊ねると、イザベラ様は思いっきり眉を寄せた。しまった、もうなにか話していたんだろう。まったく聞いていなかった。

 ここで間違ってはならないのが、塚原さんとのことを考えていた、などと軽率に口にしてはいけないことである。伝えるとしたら、オブラートに包んだ言葉を選ばなければならない。


「なんにもわからなかった、ってさっき言ったはずだよ。すまないねえ、魔導師団の師団長ともあろう者が、さっさと解明できなくて」

「ごめんなさい、ちょっと頭の中を整理してたので聞いていませんでした。僕が全面的に悪いです」


 そうだ、いいぞ。ちゃんと言葉を選んで伝えたら、若様が僕を敵視することはない。

 それなのに、僕はちゃんと細心の注意をしたのに、塚原さんが不用意なんだもんなあ。


「イザベラ様、店長をいじめないでください。私とは違った方法で店長はこの世界に招かれてるんですよ? そりゃ混乱もしますって」

「お嬢さんは横にいる婚約者を煽るのが得意だねえ。アンタの店長が睨まれてるよ」


 塚原さんが若様と僕を交互に見て、首を捻る。どうしてわからないんだ、僕を巻き込むの、本当にやめて欲しい。

 これで若様が僕に対して当たりが強かった件は、嫉妬、と確定しよう。本当に彼女とはなにもないから安心して欲しいのだけれど、恋愛真っただ中なら仕方のないことか。……いいや、それでも勘弁して欲しい。


「ともかく! グレイアム辺境伯。貴領で発見されたトーゴ・アーリャギ殿は、【聖女】の知り合いであり【奇妙な招かれ人】であることが確定しました。【星の渡り人】ではないことは、【聖女】と【勇者】が神様に伝えられた通りです」


 僕は咄嗟にハロルドさんを見た。今度はちゃんと、彼を見るべきだ。

 ハロルドさんと視線が合うと、僕は安堵の顔をしたのだろう。するとハロルドさんが口パクで、残念でございました、と言ったような気がした。

 彼はそうかもしれないが、僕がもしホシノワタリビトだと断定されたらば、手合わせを強いられていたかもしれない。勘弁して欲しい。僕の武道経験は学生時代の体育の授業の時だけで、得意なのはランニングだけだ。十キロくらいなら休まず走れる。


「なーんじゃ。そしたらあれか、ヴィンセントとトーゴ殿の手合わせはナシか」

「ひっ……?! なんですか、その対戦カードは?!」

「グレイアム辺境伯、駄目ですよ! 店長が可哀想です!」

「……アーヤはどうしてアオヤギ殿を庇うんだ……?」

「アーヤさん、ワシのことはお義父様と呼んで欲しいと言ったはずじゃが?」

「申し訳ありません、ジェフリー様。わたくし、アーヤさんからはきちんとお義母様と呼んでいただいております」


 塚原さんと若様、領主様と夫人の対決が何故か突然始まった。僕の問いかけは答えをくれず、呆然とするしかない。

 僕が、塚原さんに対して並々ならぬ愛情を注いでいるらしい若様と、対戦? 冗談だろう、そんなことをしたら秒で僕はあの世逝きだ。

 先ほどとは違った蒼褪め方をしていたら、可哀想なものを見る目をするイザベラ様が溜息を吐いて手招きをした。


「放っておいていいよ。それよりも、もう少しアンタの魔力を見させてくれないかい?」

「……はい、よろこんで」


 イザベラ様は僕を部屋の外へと誘ってくれる。ハロルドさんともう一人の執事っぽい人が、あとはお任せを、と言ってくれるので、そのままゲイルと共に部屋を出てしまおう。


「おーお疲れー。あとは任せな」


 僕たちが部屋を出たと入れ替わりでイアンが部屋に入った。イアンも加わるとなると、頼もしいことこの上ない。けれど、君は今ダドリー商会だったかの所へ向かっていたのではなかったかい? いいのかい、新しい絨毯の発注の手配は。

 ――まあいいか。もしかしたら別の誰かに頼んだのかもしれないし、僕が口を挟むべきことではない。ただし、手配はちゃんとした方がいいよ、あとあと泣くのは君だからね。

 そういうわけで、僕たちはアルマさんに先導されて別の部屋に移った。

ブクマやリアクション!ありがとうございます~!!






【追記】25年10月10日

ダドリー商会のお嬢さんの名前、うっかり間違ってることに気づきました。

正しくは「シャロン嬢」です。

ゴメンね、イアンさん!

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