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グレイアム家応接間にて1

 僕としっかりと握手したスコットは、笑顔で馬車に乗り込んだ。手綱を握り、ゆっくりと馬が歩み始める。


「じゃあな、トーゴ! いつでも戻って来いよ!」

「ありがとうスコット。気を付けて!」


 そうやって彼を見送ったのは、昨日のことだ。領主様のお屋敷に滞在することになった僕が、外出を許可されて叶った見送りだった。


 スコットの領都での用事は、ゲイルに荷物と手紙を届けることだったらしい。村長とモリスさんに頼まれてのそれは僕を領主様のお屋敷に送ってくれた後に終了しており、他に用事らしい用事はない。あとは僕に付き添って、領都に滞在するだけだった。僕が心細くないように村長とモリスさんがそれなりのお金を持たせていたらしいから、お金の心配もなかったんだと。

 ちょっと心配性過ぎなのは、僕がこの世界に疎いからだろう。気に掛けてくれるのはありがたいけれど、五十代のおじさん相手にすることじゃあない。

 それともなにかそういう扱いをしなければならないんだろうか、という疑問はハロルドさんとの会話で湧く。

 ハロルドさんの言うホシノワタリビトという言葉が、引っかかるのだ。大変お強いらしいハロルドさんが手合わせをしたくなるような存在、としかわかっていないけれど、イコールで高貴な存在だとしたら。僕がその可能性があると、村長とモリスさんが察していたら。

 ブンブンと首を振って、考えを散らす。一人で考え込んでいても、答えは出ない。答えはそう、おそらく本日到着する予定の方々が持っているのだろう。

 だから今はまだ、スコットが無事にエマズワース村に辿り着いてくれることを願う。行きは順調だったけど、帰りも順調とは限らないだろうから。

 僕が今度は深く頷くと、流石に不審に思ったのかゲイルが声を掛けた。


「……どうかしましたか?」

「えっ?! あー、ちょっと考え事。スコットが無事にエマズワース村に着けばいいなあって」

「大丈夫ですよ。あの馬車の馬はグレイアム領産ではないけど、魔物除けの香はたくさん持ってるって言っていたし、スコットも腕っぷしは強い方なんで」

「へえ? ゲイルは小さい頃はエマズワース村にいたんだよね? 当時はスコットとどっちが強かったの?」


 僕が訊ねると、ゲイルはなんだか嫌そうな顔をした。


「……スコットです」


 その表情、めちゃくちゃ悔しかったし根に持ってるな。その悔しさを持って騎士団に入団して強くなったとかっていうパターンかな。いいねえ、そういうの。青春って感じだ。

 僕が笑顔になっていると、ゲイルの気に障ってしまったかな、そっぽを向いた。そしてその顔の向きの先にある花を指差して、これはなんですか、と少し低くなった声で訊ねる。


「それは……えーと、多分、ヒヤシンスかな」

「ヒヤシンス……この花もいろんな色がありますね」

「そうだね、綺麗だよね。僕は白が好きかなー」

「自分は……そうですね、黄色に目が行きます」


 そう言ってツンと花をつついたゲイルは、どうやら機嫌をよくしたようだ。


 僕は今、領主様のお屋敷のお庭にいる。本日到着する予定の方々の到着が昼過ぎ頃だと言われたからだ。

 少し早めに昼食を取り、到着されるまでは暇なのでお庭の散歩をすることにした。お庭は広いので、散策していたら時間になるだろうと思ったのだ。もともと花園みたいなところは好きだから、時間はいくらでも潰せる。

 妻とは年に一度は必ず、花公園に訪れていたことを思い出す。

 春は特に花々が綺麗で、売店で売っていたバラのソフトクリームが美味しいのだ。渦巻ソーセージもボリュームがあってよく購入していた。食べ歩きながら散策できたから、余計に楽しかったのかもしれない。携帯の写真フォルダには、びっくりするくらい花の写真ばかりになったっけ。

 それもこれも、手入れをする方々の努力の賜物だ。

 このお庭にも綺麗な花々を手入れする庭師の方がいたので、仕事の邪魔にならないようにしている。我が家もプランターに花を植えていたからちょっと興味があるけれど、決して邪魔をしないことを約束します。

 ――でも本当は、めちゃくちゃ話しかけたいんだけどね。だって、さっきゲイルに名前を訊ねられたヒヤシンスの隣にはタチアオイが咲いている。あちらには桔梗があるし、そっちにあるのはポインセチアじゃないかな? 春、夏、秋、冬と季節感がないラインナップで最盛期と言わんばかりに咲いているのは、なんかやっぱりおかしい。

 どういう育て方をしているんだろうか、それとも僕が知る品種とは違うんだろうか。違うんだろうな、だってここは僕の知らない世界だから。多分

 だからゲイルに伝えた名前の通りなのかもわからないので、そこら辺を含めて訊ねたいのだけれど……


「声を掛けないんですか?」

「邪魔しちゃ悪いから……」

「あー……向こうがトーゴさんを気にしてるんで、大丈夫だと思いますけど」


 そうかな? そうだったらいいけど、邪魔に思って気にしていたら本当に悪いもんなあ。


「手際もいいし、本当に優秀な庭師さんなんだろうなあ……でもやっぱり邪魔はしたくないし……よし、ゲイル。あっちに行こう」

「まあ……トーゴさんがそれでいいなら」


 僕が庭師さんに向かってお辞儀をすると、ゲイルも片手をあげて詫びていた。それに対して庭師さんは慌てた様子で両手を左右に振ったけれど、気にしないでいいというジェスチャーだろうか。いい人だ。


「すみません、お邪魔しました」


 声を掛ければもっと慌てて、今度はお辞儀を返してくれる。ああごめんなさい、本当にお邪魔ですよね。僕はゲイルを促して、足早に違う場所へと移動する。

 すると、ゲイルから溜息が零れた。


「トーゴさん、今度はあの庭師に声を掛けてやってくださいね」

「ぅん? ああ、作業の邪魔にならない時に会ったらそうさせて貰うよ」


 にっこり笑って新たな花々を眺めると、芝桜が満開だった。

 うん、やっぱり季節感がおかしくないかな?

 ゲイルに訊いてもわからないだろうし、こういうことは専門家に聞くのが一番だ。もう少し時間があるなら、やっぱりさっきの庭師さんに聞いた方がいいよなあ、と思っていると、僕とゲイルを呼ぶ声が聞こえてきた。


「お、いたいた。馬車が着いたから呼びに来たぜ」

「ありがとう、イアン。僕もお出迎えするべきかな?」

「いいや、トーゴは応接間の方で待機。女性陣の支度があるからさ」


 王都からの長旅だったんだ、着替えとかゆっくりする時間とか必要だろう。僕には時間もあるし、急ぐ必要もない。もっとも、あちらが急いでいるのならば話は別だけれど。

 了承すると、僕は庭師の人を探した。同じ場所で作業を続けていたらしいが、今はこちらを窺っている。

 視線が合うと、お邪魔しましたの意味を込めてお辞儀をする。すると慌てた様子でお辞儀を返されるから、もしかしたら気を遣わせたかもしれない。


「なに? 仲良くなった?」

「いえ。作業に興味があるようでしたが、トーゴさんが遠慮なさったので会話もなく」

「あの庭師、ダニエルだろ? 質問すれば丁寧に教えてくれるし、気軽に話しかけていいのに」


 そうは言われても、邪魔はいけないだろう。もし今日中にやらなきゃならない作業だったら、迷惑この上ない。


「俺なんか、以前ここに帰ってきた時にずっと話し込んじゃってさ。さすがに叔父上に叱られた」

「……そうなるかもしれないから遠慮したんじゃないか」

「はははっ! まあそれは駄目な例だけどさ。ダニエルは、トーゴと話したかったかもしんないぜ? あいつ、植物が好きだからさ」

「じゃあ……またの機会に話しかけてみるよ」


 ちょっと勇気を出して手を振ったら、今度は深々とお辞儀をされてしまった。僕は思わず笑ってしまったけれど、イアンは難しい顔をしている。対応を、間違えてしまったかな?


「どうしたの、イアン」

「んー……あー……トーゴって、花に興味ある?」


 訊ねれば、なんだ花のことか。


「まあ、綺麗だよね。年に一回は、妻と一緒に花が綺麗な時期に公園に行って眺めていたよ。妻はそこのスイートピーという花がお気に入りでね、僕はカランコエって花が気に入ってたんだ」

「おー、花の名前もサッと出るの、すげえな。……どこかの誰かさんは名前もわかんないのに」


 最後はボソッとなにか言ったけれど、残念ながら聞き取れなかった。僕が首を傾げればなんでもないと誤魔化すので、まあそれ以上は突っ込まないでおこう。


「さっきトーゴさんに、いろいろと花の名前を教えて貰いましたよ。自分は花には明るくないんで、いい勉強になりました」

「そりゃあよかった。教えた甲斐があったよ」

「じゃあゲイル、お前に恋人ができたらお前が名前を知ってる花を贈ってやれよ。相手が花に興味なかったら、教えてやるといい」

「そうですね……そうします」


 ゲイルが恥ずかしそうに笑った。これは……いるね、恋人が。まあゲイルはちょっと強面だけれど、声は穏やかだしいい奴だ。

 どうかゲイルが花を贈った相手が喜びますように。

 おじさんは若者の恋を応援するよ。


 ――と、いうわけで、僕たちはのんびりと応接間へと向かうのだった。

リアクション、いつもありがとうございます。

感想もいただいて!励みになります~!!やったー!

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