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幕間:久し振りの大浴場の日に ―ヴィンセント・グレイアム

 騎士団は基本的に宿舎に住んでいる。遠方の地から入団した者がいるためだけではなく、宿舎が王城から近い距離にあるために利便性が良いのだ。勿論、王都に居住地がある者は仕事を終えれば帰宅することも可能だ。

 騎士団宿舎に加え、王城内にも簡易的な宿舎がある。当直用ではあるが、人数が人数だけに宿舎と言っても過言ではない規模だ。

 そのどちらも基本的には二人部屋か新兵なら大部屋を使うのだが、団の幹部ともなれば個室を持つことができる。

 副団長という騎士団内では上から数えた方が早い肩書を持つ俺にも個室が与えられており、専用の浴室まで設置されているので宿舎と言えど快適な暮らしができているだろう。

 とはいえ、浴室を使うのは面倒だったりする。かといって騎士団専用の大浴場を使うにも、うっかり新兵が使用する時間帯に入ってしまえば大変気を遣われてしまうし、中堅どころなら手合わせの予約合戦が始まるし、役職者だと仕事の話やプライベートの話まで気負わず話し掛けて来るので、正直、ゆっくりと浸かっていられない。

 だから基本的には面倒ではあるが個室の浴室を使用し、時折様子や時間帯を見て大浴場に足を運ぶようにした。

 気を遣わせないように、ゆっくりと入浴できるような時間帯となれば夜も遅い時間になる。たまにイアンが乱入してくるが、気負わなくていい同郷の幼馴染なので許容している。



 この日は久し振りに様子も時間帯も完璧だった。途中でイアンとすれ違ったが、大浴場に向かう旨を伝えればごゆっくりと返って来たので今宵は乱入しないのだろう。お言葉に甘えてのんびりとゆっくりと湯船に浸かっていたのに、まさかあんなことになるなんて思わなかった。

 突然浴場に現れた女性に裸を見られたのだ。

 思わず叫んでしまったのは仕方ない、裸を見られるという行為で婚姻が決まってしまう可能性があるからだ。仮に身分が低かったり罪に問えばどうにかもみ消せるが、そうでなければどん詰まりだ。

 夜の遅い時間帯、たまたま大浴場のそばを通りかかったらしいイアンとロドニーが俺の叫び声に駆け付け、不審者である女性を押さえつける。大きな抵抗もない女性は覚悟してこの場に来たのだろうか。

 ともかく、尋問が最優先だ。


「俺を狙った暗殺者の可能性もある。とにかく俺は着替えるから、イアンは団長に報告、ロドニーはその女を独房に……オイ!」


 俺が指示を出していれば、女性は押さえつけられたままぐったりとしてしまった。イアンが頬を軽く何度か叩くが、うう、と呻いた後は静かになる。胸の辺りが上下するので、呼吸はしているのだろう。


「強く、拘束し過ぎましたかね……?」

「いや、一応女性みたいだし、お前も力加減はしただろ。なんつーか、そこらの令嬢よりもか弱いのか?」


 確かに令嬢たちはもう少し筋肉もある。着ているドレスにそれなりに重量があり、必然的に多少の筋力が付いているためだろう。彼女たちに比べると細すぎるように見える。

 そうなると平民か。平民の服はゴテゴテした装飾が殆どなく、女性でも軽く動き易い。

 しかし、ただの平民が王城内の騎士団専用大浴場に侵入できるとも思えない。だとすると暗殺者だろうか。

 俺が考え込んでいると、イアンがロドニーに女性を抱えるように指示しながらも治癒系の魔法を女性に掛けている。


「ヴィンス。取り敢えず着替えろよ、湯冷めすんぞ。それから……団長に報告は全員で行こうぜ。このお嬢さんが着てる服、俺は見たことがない」


 男が着用するようなズボンは見るからに生地が頑丈そうな、青みがかったものだ。良質なものだろう。上半身に纏っているのはシンプルなシャツだが、花らしき模様が細かくはっきりと描かれている。刺繍ではない。この国の染めの技術がここまで発展していないことは、令嬢たちのドレスで知り得ている。

 まさか。


「……脅威は確認されてはいないんだがな」

「そういう話し合いもしなきゃだから、ほらさっさと着替えて来いよ」


 イアンが俺の背中を軽く叩き、落ちている布袋を拾い上げた。革製品の様な、少し違うような生地はやはりこの国の、この世界の技術のものではないように思える。

 これまでの会話で顔を蒼くさせたロドニーの背を、イアンにされたように軽く叩く。この場でこの女性を取り落とさないように気合を入れてやると、そこでようやく次の行動のために動き出した。



 ◇◇◇



 結果的に言えば俺が大浴場で遭遇した女性は【星の渡り人】だった。魔導師団の師団長とこの世界随一の魔導師であるドウェインが見た女性の魔力の流れと、身に纏う衣服や持っていた布袋の質やデザイン、更には俺と遭遇した状況を顧みたらその可能性が高い、とのことだ。

 魔導師団の師団長、騎士団の団長、王太子殿下が揃って判断すると夜中だろうと途端に忙しくなる。

 まずは女性をできるだけ騎士団や魔導師団が出入りしやすい一室へ、しかも豪奢でなくとも貧相ではない部屋を選び横たわらせ、警備にはロドニーと新兵を一人付けた。陽が昇れば侍女を手配するのも忘れてはいけない。

 それから魔導師団の師団長となにより王太子殿下の命令でドウェインへの尋問を開始し……アイツがこの世界随一の魔導師だからだ……魔導師団の連中と共に周辺は勿論のこと研究室を念入りに調べ上げ、ドウェインの身の潔白を証明する。

 同時進行で【星の渡り人】の文献を漁り、どういう状況下で出現するのか、過去にはどのような人物が召喚されたのか、調べられる分だけ調べ上げた。

【星の渡り人】の話は実際にあったこととしつつも、物語や口伝で誰もが知っている。しかし、本当のところは知らないことが多い。例えば物語や口伝では世界に脅威があった時に現れるとされるが、なにも確認されない場合でも【星の渡り人】が召喚された事実があったのかもしれない。そう、今回のように。


「可能性としてはさぁ、そういった場合は書き残すことなんてないから調べてもなにも出て来ないのかもね」

「そうかもな」


 だが、万が一ほんの少しでも書き残されていたら、対処法はわからずともあの女性の心の安寧の一つになるかもしれない。突然召喚される場合が多い、と文献にはよく記されている。あの女性もそうであるなら、過去にもそういう事例があったと知れたら少しは不安が取り除けるだろうと思うのだ。


「それにしても、ウチの師団長も殿下も宰相も酷くない? 僕のことは信用してるけど調べないわけにはいかないってさぁ~」

「お前を守るためだろう。殿下や宰相としても、なにもしなければお偉い方への餌にしてしまうからな」


 ドウェインは尋問を受けた挙句に周囲と研究室を調べ上げられ、且つ騎士団預かりとなることが決定した。王太子殿下と宰相閣下の采配だ。


「まあそれは僕もわかってるよ。わかってるけど、騎士団預かりってゆーのがイヤ!」

「あれだろ、ドウェイン。ヴィンスがそばにいると魔力が吸われてるような感覚になるからだろ」

「むしろそれしかないでしょー。ここ十数年、色々調べてるけどそんな症例ないし、解決策も見当たらない。ヴィンスになるべく近寄らないようにしても、任務で一緒になることもあるし」


 文献を捲りながら不満そうにするドウェインをケラケラ笑うのは、同じく文献を読んでいるイアンだ。同時に上がって来た報告をまとめ、俺に伝えることもやってのけている。同郷で幼馴染のイアンは、軽い発言ばかりだが優秀な右腕でもある。


「もう十五年前だっけ? その時はいいコンビで魔竜も二人だけで倒すくらいだったのにな」

「何度も言うが、魔竜を倒したのはたまたまだ。そこらを飛んでいる竜が噂の魔竜だとは思わんだろう」

「確かに~。ヴィンスと訓練してたし、丁度いい練習だと思ったんだよね。僕の魔力量も増幅してたし……ちょっとヴィンス、もう少しあっちに寄ってよ。すっごくゾワゾワする」


 次の文献を手に取って椅子に座れば、ドウェインが両腕を擦りながら嫌そうにする。一つ息を吐いて椅子ごと離れてやると、俺の執務室の扉を叩く音がした。すかさずイアンが応対すると、騎士団長のラルフさんが顔を出す。


「お前たち、【星の渡り人】が目を覚ましたそうだ。これから殿下や宰相と共に部屋に向かう。三人も同行するように」


 立ち上がった俺とイアンが敬礼し、同じく立ち上がったドウェインが頭を下げると、ラルフさんがにこりと笑ってみせた。


「ヴィンセント。お前の結婚の話も同時にすると、殿下は仰っているからな」


 そうだった。徹夜までして忙しくしていたために、そのことをすっかり忘れていた。俺は【星の渡り人】に裸体を見られてしまったのだ。

 結婚願望は、魔竜を討伐してしまった折りに【英雄】の肩書きを得た十五年前にすっかり捨ててしまった。言い寄るご令嬢たちや【英雄】を取り込みたいお偉い方に辟易したからだ。同じ【英雄】のドウェインは魔術研究にのめり込んでいる変人として扱われたので被害は少なかったが、代わりに俺の方が凄まじかった。

 以来、結婚はしないと公言しているし両親には理解して貰ったが、いよいよ裸体を見られたら【星の渡り人】相手ならば抗うことはできないだろう。

 ドウェインとイアンが憐みの視線を送って来る。結婚を押し付けられる俺も【星の渡り人】も憐れだろうが、十歳以上は年上かもしれない俺と結婚させられる【星の渡り人】の方がよっぽど憐れだろう。この国の適齢期は二十代前半。望めば同じ年頃の男を国を挙げて紹介できるだろうに。

 気が重くなり、足取りも重くなる。せめて不自由ない生活を送って貰おうと、それなりに覚悟を決めた。



 ――それなのに双方更に重石を課せられそうになる事実が判明し、それを見事に回避できる未来が来ることを、俺はまだ知らない。

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