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領都グエンディスにて1

お待たせしました。

更新再開です。

 てっきり徒歩で行くかと思ったら、馬車を使うらしい。屋根付きの荷台に荷物を載せて、スコットが手綱を握るので僕は大人しく荷物と一緒に荷台に乗る。


「では、行ってきます」

「ああ、気を付けてな。街道を行くから、そう危険なことはあるまい。念のために魔物除けの香を焚いておくんだぞ」

「モリス爺さん、俺も一緒に行くんだから大丈夫だって」

「そうやって油断してると大事になるんだ!」


 スコットに一喝するモリスさんに苦笑。唇を尖らせるスコットは父親である村長からも苦言を呈されて、ますます拗ねてしまったようだ。

 僕は苦笑しながらも、見送りに来てくれた人たちを確認する。朝の早い時間とはいえ、普段ならいろいろと忙しくしている時間帯だ。店の準備やら農作業の開始時間やら、それらを置いて来てくれているから、僕の涙腺は少し緩んでしまった。心配そうに、寂しそうにしてくれている様子に、たった一か月半程度だったのに馴染んでいた事実を改めて知る。

 その中にはもちろんルイーズさんとジョージもいて、店の方は大丈夫なのかと心配になったけれど。


「トーゴ、寂しくなるわね」

「ルイーズさん、ジョージも。来てくれてありがとう。店の方は?」

「マリアがここは自分に任せて行って来てって。行ってらっしゃいって伝えてって言ってたわ」

「うん、ありがとう。行ってきます」


 僕とルイーズさんがニコリと頷き合うと、僕の方に大きな荷物が差し出された。押し付けられるようにされるので受け取ると、ジョージが少し眉を寄せている。この荷物はジョージからだ。


「道中、これを食ってくれ。作ってきた」


 そういえば、いい匂いがする。もしかしたら僕が好きな香草焼きかもしれない。昨日店の方に伺った時に給料を貰ったのに、ここまでしてくれるなんて本当に嬉しく思う。


「わあ、ありがとう。実はカレンさんにも貰ってて、今日の昼と夜とで食べるよ」

「……そうか、そうだな。カレンさんも料理上手だ」

「うん、すごく嬉しい。両方とも、スコットと分けて食べるよ」


 すると、ジョージがまた眉を寄せ、それからそっぽを向いた。

 くすくすと笑うのはルイーズさんだ。ジョージの素振りを可愛いなどと思っているんだろう。

 ジョージのしかめっ面はただ感情を表情に出さないように抑え込んでいるから、というのは村の常識である。そう教えられたのは、『野兎の尻尾亭』で働き始めたその日だった。表情に出してもヘタクソだから、抑え込んでしまうようになったんだと。

 だから、荷物を押し付けた時は、寂しい感情。僕が荷物を歓迎した時は、嬉しい感情と受け取ればいい。


「そうだわ、コリンだけど……やっぱり来てないわね」

「あー……嫌われたかもしれないなあ。領都に行くって説明した時も、なんでだよって怒られたし」

「ふふふ、きっと寂しいんだよ。鉈の使い方を教えた弟子が村を離れるからさ」


 ルイーズさんの言う通り、寂しがってくれてるといいなあ。もし村に戻って来るなら、また仲良くして貰いたい。

 コリンはどこか、僕の息子に似ているところがある。世話焼きで気に掛けてくれるのに、ぶっきらぼうになるところなんか特に似ている。そんなんじゃ損をするかもしれないが、幸いなことに友人に恵まれて楽しい大学生活を送っているらしい。親が勝手に心配していても、要領よく生きているようで安心してはいる。コリンもきっと、そうやって逞しく生きるんだろう。


「それじゃあ、コリンに伝えてくれないかな? 貰った鉈もちゃんと持って行くから、大切に使わせて貰うね、って」

「わかったわ、伝えておく。……気を付けて、行ってらっしゃい」


 ジョージに肩を叩かれ、ルイーズさんに手を取られて握手する。まるで今生の別れのようだと思ったが、本当にそうなるかはまだわからない。

 どうしよう。惜しくなってしまった。たった一か月半だけれど、あまりにも心地よくて住みよくて、ここにいてもいいかもしれないと本当に思ってしまった。

 ……いいや、僕には家族がある。元の場所に戻って、不思議な体験をしたことを話して聞かせ、夢だったと終わらせたいんだ。夢ではないと、現実だと、もうわかってはいるけれど。


「トーゴ、行ってこい。また、会おう」


 村の人たちは、次々に僕に見送りの言葉をかけてくれる。その最後、改めてモリスさんが声を掛けてくれると、いよいよスコットが馬車を動かし始めた。馬がゆっくりと動き始め、ガタガタと荷台を揺らす。


「行ってきます!」


 手を大きく振ると、それを返してくれる。いつの間にか人気者だな、とスコットに笑われたけれど、僕は涙を堪えるのに必死だった。



 ◆◆◆



 領都グエンディスまで、エマズワース村から馬車で三日から四日は掛かる。その間は野宿か村か町に立ち寄って宿に泊まるか、だ。

 僕は当然旅慣れていないので、スコットが気を利かせてなるべく宿に泊まれるような旅程にしてくれた。そのため、通常より少し時間がかかって五日でようやく到着した。

 別に野宿でもよかったんだけどな。僕はか弱い女の子というわけではないし。確かに皆様からしたらひ弱かもしれないけれど、整備された街道を行くのだからある程度は安全だろうと勝手に思っている。

 それに、なによりコリンから貰ったナイフを使いたかったという思いもある。

 出発の日、馬車で村から出るギリギリのところで走ってきたコリンに渡されたのが、獲物を捌く用のナイフだった。相変わらずずいっと差し出して、磨いたから、と言ったコリンはムスッとしていて、ちょっと涙目で、僕は嬉しくて堪らなかった。道中で使うかもだし、と言って駆け出したコリンが、行ってらっしゃい、と叫んで走って行った後ろ姿にやっぱり僕の息子を思い出す。けれど、一度も動物を捌いた経験のない僕に扱えるかどうかと、次の瞬間には唸ることになったんだけど。


「……あ、そうか。スコットに習えばよかったんだ」

「へ? なにがだ?」

「動物の捌き方。せっかくコリンにナイフを貰ったんだし」

「お、おー……って、トーゴは獲物の捌き方も知らねえのかっ?」

「……ごめんね、なにもできないおじさんで」

「いや……いやあ、やっぱりアンタっていいところの出じゃないのか?」

「まさか。一般家庭出身だよ」


 村では薪割りと部屋の掃除と野菜や肉の選別とを主にやっていた。食事はジョージが作ってくれた料理を食べていたし、たまに村長の奥さんが差し入れしてくれていた。パンを焼く、野菜を切って煮込む、程度のことはしていたけれど、モリスさんが捕ってきたジビエ肉を捌いたことはなかった。一度くらいやらせて貰えばよかったかな。


「その割にはホントに立ち居振る舞いが上品なんだよな、アンタって。それならやっぱり、領主様のお屋敷に行くのは一人で大丈夫そうだな」

「ええ……できれば一緒に来てもらいたいんだけどなあ」

「俺は騎士団の詰所の方に用があるから、お屋敷の前までは一緒だよ」

「んー……じゃあ、そこまではよろしく」


 五十歳も過ぎたおじさんが、一人で心細いとは情けない。クレームが入って謝罪に行く時よりは緊張はないはずだ、と思い込めば大丈夫だろう。相手は怒っているわけでもないし、僕に領都に来るように要請したのはあちら側だ。不安は残るけれど、堂々としていれば大丈夫だろう。


 ――そう思って領主様のお屋敷に赴いたけれど、僕は思わずスコットの服を掴んだ。


「無理だよね? 一人じゃ無理じゃない?」

「なんだよ怖気付いたのか? トーゴなら大丈夫だってば。普通にしてりゃ、失礼もないだろ」

「あ、酷いスコット! 頼む、中から人が出てくるまではここにいて欲しい!」

「お待ちしておりました。トーゴ・アヤヤギ様ですね?」

「じゃあな、トーゴ! またあとで!」

「あっ……! ……は、はい。青柳、桐吾です」


 エマズワース村のモリスさん宅の何十倍とあるような大きなお屋敷はとても綺麗で、欧州のお城のようだ。僕がその規模にビビッてスコットを引き留めていると、中からいかにも執事のような恰好をした老齢の男性が出てきた。優雅な佇まいは、当然品があると言われた僕以上のもの。比べるのも烏滸がましい。

 お辞儀をすれば執事の方も同じようにお辞儀をしてくれたので、そのままの流れでお屋敷の中へとすごくナチュラルに誘導される。スコットはいつの間にか消えていた。ちくしょう、あとでネチネチと責めてやる。


「ようこそお越しいただきました。私はグレイアム辺境伯家の執事長を務めております、ハロルドと申します」

「あ、よろしくお願いします」


 丁寧にあいさつをされたので、もう一度お辞儀をした。するとハロルドさんはニコリと微笑み、今度は軽くお辞儀をされる。

 それから僕を高級そうなソファに座らせると、そのタイミングでメイドさんらしき人がお茶を運んでくれた。目の前に置かれたお茶は、香りのいい紅茶のようだ。モリスさん宅や村で飲んでいたのは薬草茶だったけれど、おそらくはこういうお屋敷で出るものだから高級品に違いない。

 促されるので恐縮しながらも紅茶に口を付ければ、癖のないすっきりとした味わいで大変美味しかった。

 僕がほっとした表情をしたからだろうか。よくわからないが、ハロルドさんはなんだか申し訳なさそうな表情をする。

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