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エマズワース村にて3

 心がギュッと傷んだ。当然のことだとは理解していても、仲良くなれたと思っていたから傷は付く。自分のことは棚に上げて、勝手に被害者になってしまう。


「いえ、いいんです。当然のことでしょう。警戒するのは本能です。異質な存在があれば、そうします。だからお気になさらないでください」


 僕が俯いてしまうと、モリスさんが背中をバンと叩いた。


「なぁに、ここから出ていけって言ってるわけじゃないんだ。またここに戻ってきてもいい」


 モリスさんの言葉に、ハッとする。

 ここに、エマズワース村に、戻って、来る……?

 僕はそもそも、元の場所に帰りたいと思っている。村の人達が僕を得体の知れない人物だと思っているのと同じように、僕からしてもここは得体の知れない場所だ。目を覚ましたらどこかもわからない場所で、なんとか馴染もうと日々を過ごしていた。よくわからないからこそ流れに身を任せてなにも考えないように、違和感を飲み込んで生きていた。

 そんな僕が、この村から一度出て、また戻ってくることはあるんだろうか。警戒されていたことに傷付く権利はあるんだろうか。


「なんだ、わしは楽しかったぞ。お前のお陰で、ちゃんと生きようと思ったからな」

「トーゴを拾う前までのモリスさんは、そりゃあ酷かったからなあ。滅多に家から出てこねえし、生きてんだか死んでんだかわかんなかった」

「ばかやろう、なに言ってるんだ。……まあ、否定はできないけどな」

「だからな、トーゴ。お前さんさえよけりゃ、ちょっと領都に行って、そんでまた帰って来いよ」

「ノーマン、だから駄目だって言ってるだろう。それはトーゴが決めることで、わしらが勝手に決めていいことじゃあない」

「なんだよ、モリスさんだってさっき言ったじゃないか、ここに戻って来てもいいって」

「そういう選択肢もあるってことだっ」


 じわり、涙が出そうになって咄嗟に顔を伏せた。なんて愚かなんだろう。僕自身のことだ。勝手に僕は警戒されていると決め込んで、勝手に傷付いて、この人たちが親切だということすらも疑ったんだ。そりゃあ、信頼関係はまだないだろう。けれど、まっすぐに受け止められない自分自身が情けなかった。


「あ、おい! なに泣いてるんだ、トーゴ!」

「嫌なら無理強いはしないからな? お前さんが決めていんだからな?!」

「ち、違います、泣いてはいません! ただ、嬉しい思いと、自分が情けなくて……」


 思えば、今朝のルイーズさんもそういうことだったんだ。

 もともとルイーズさんは、なかなか顔を出してくれないモリスさんを心配していた。モリスさんが僕を拾ったことで、よく顔を出してくれるようになったし元気な姿を確認できるようになって安心したんだ。そのお礼が食事のお節介。モリスさんはもう大丈夫だからと遠慮したけれど、ルイーズさんもジョージも心配だから継続したいという思いだったんだ。


「……僕が思っているよりもずっと皆さんが親切なことに、僕は気付いてなかったんですよ。そりゃ、情けなくもなるでしょう?」

「そうなのか? なんかよくわからないが、俺はトーゴを気に入ってるぞ。よく働くし、気も利くだろう。モリスさんが同居を許してんだ、信用もしている。モリスさんは俺の前の村長でな、その前はグレイアム辺境騎士団の団員だったんだ」


 だから人を見る目はある、と村長が言うからか、モリスさんは迷惑そうに顔をしかめている。少し耳が赤い気がするから、照れているだけなのかもしれないけれど。


「グレイアム、辺境騎士団……ですか」

「ああ、言ってなかったか? この村はまだマシだが、辺境だからかやたらと魔物や魔獣が他の地域より多くてな、国王陛下公認の騎士団を設けてるんだ」

「それだけじゃなく、国境も近いから隣国への牽制もできる。辺境伯領に生まれたからには、騎士団に入団するのが憧れでな」


 モリスさんも若い頃に騎士団に憧れて領都に向かい、試験に合格して入団したんだと。ということは、ゲームやファンタジー映画のように剣を携え甲冑を着込み、戦ってきた過去があるということか。だからこの体の厚み。ただの恰幅のいいお爺さんというわけではなかったようだ。

 そもそも騎士団ってなんだよ、という疑問は確かにある。そんなまさにゲームやファンタジー映画の世界じゃあるまいに、騎士団なんて現実味がない。そもそも、現行の騎士団は領土のない騎士団だけじゃなかったかな。テレビの番組かなにかで言っていた気がする。名称は当然、それとはまったく違う。

 いよいよ、というわけではないが、僕は違う世界にでも飛ばされた可能性が高くなった。なるべく考えないようにしていたが、できれば夢を見ているんだということにしておきたい。その方が現実的だと思うのだ。僕の精神面においても、その方がいい。

 けれど、夢ではないのだろう。あまりにもすべてが実在している。

 怖くなった僕はその考えを頭の隅の方へと無理やり追いやって、村長の方にも視線を移した。そういえば、と思ったのだ。


「あの……もしかして、村長もその騎士団に?」

「俺か? 俺は魔法も剣もできなくてなあ。そうだ、モリスさんの孫なら入団してるよ」


 村長もかなりいい体をしているから、てっきり若い頃はその騎士団にいたのかと思った。

 というよりは、この村の成人男性は老いも若いも皆揃って体格がいい。僕はどちらかといえばひょろりとしているので、羨ましい気持ちがある。

 改めて自分の腕を撫でてみると、細い腕に少し……いや、かなりのショックを受ける。空いた時間に筋トレでもしたら、少しは筋力が付くだろうか。


「まあ、ともかくだ。この村から領都まで馬車で三日くらいか。スコットと一緒に行くといい。あいつにはお遣いを頼みたいからよ」


 寂しくなるな、と言う村長に、僕はまた涙が出そうになった。



 ◆◆◆



 まだ陽は高い。店に戻っても大丈夫な時間帯だ。

 いつもならまだ仕事中だからと言ってモリスさんと別れると、『野兎の尻尾亭』に戻る。なにかできることが残っていればいいけれど、なかったら薪割りをさせて貰おう。それから、領都に向かう報告もしておかなければ。そんなことを考えながらも戻って来ると、店の入り口から少しはずれたところに見知った少年の姿があった。コリンだ。


「やあコリン。もしかして待ってたの?」

「あ、トーゴ……うん。あ、でもちゃんと卵の配達は全部終わってるからな?! 終わってから待ってたんだから!」

「ははは、疑ってないよ。ちゃんと家の手伝いができて偉いじゃないか」

「なんだよ、子ども扱いするなよな……」


 僕からしたら、十四歳は立派に子供だ。しっかりしているとはいえ、ちゃんと子供らしい面を見せるコリンを微笑ましく思ってしまう。

 そういえば、年齢を考えると反抗期の真っただ中じゃないだろうか。僕の娘と息子もこのくらいの時に反抗期で、毛嫌いされている雰囲気だけで元気を吸い取られていたな。今は娘は社会人に、息子は大学生になり、都会の方で生活をしている。……元気、だろうか。

 僕が子供たちを思い起こしていると、コリンが心配そうに見上げてきた。いけない、感傷に浸っている時ではなかった。


「ごめんごめん、大丈夫。そういえば、コリンは僕と話をしたがってるってジョージから聞いてたけど」

「あ、うん。ええっと、コレ、やっと見つけたんだ」


 誤魔化されてくれたコリンは、斜め掛けのカバンの中からなにやら取り出した。持ち手があり、その先は動物の皮かなにかのケースに入っている。形からして、鉈のような。


「オレが一昨年くらいまで使ってたヤツ。まだ全然使えるんだけど、父ちゃんが新しいの作ってくれたから物置に置いてたんだ」

「へえ、じゃあコリンが大切に使ってたんだ?」


 まだ使えるということは、そういうこと。ケースから抜けば、刃も綺麗ですぐに使えそうだった。


「ちょっと錆びてたから、オレが研いだ」

「そうなんだ? すごいね、綺麗に研げてる」


 もしかしてその自慢かな。村の人たちに言っても、そのくらいできて当然という反応をされたりするんだろうか。でも僕だといっぱい褒めてくれると思ったのかな。だとしたら、十四歳のコリンはやっぱりまだまだ少年で、大人に褒められたい可愛らしさを持っているんだろう。

 ほっこりしながらも鉈をケースに仕舞うと、何故かコリンが頬を膨らませている。

 おじさんは、なにか間違った、かな……?

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