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絢子、転移する。5

 それでえーとなんだっけ。そうそう、アラフォーが聖女でいいかって話だ。

 王太子様とランドン宰相やドウェインさん曰く、年齢は明記されていないものの大体は若い人が召喚された、と文献には書いてあるらしい。大衆向けの物語にも、星の渡り人がやって来た、とかだけしか記載がないらしい。口伝でも、そう。

 でももしかしたら中には私みたいな決して若くはない聖女や勇者がいたかもしれない、とのこと。だから年齢は気にしなくてもいいらしいけれど。


「それよりも重要なことがあってね」


 さて本題はここからだ、ということなのだろう。王太子様がにこにこ笑顔から真剣な顔になった。王太子様の言葉を引き継いで、ランドン宰相が続ける。


「ここにいるドウェイン・タルコットは、このプレスタン王国……否、この世界随一の魔導師です。魔術の研究も盛んに行い、あらゆる魔導書をその頭脳に収めています。勿論、魔力量も規格外なんですよ」


 よくわからないが、ドウェインさんはすごい魔法使いさんだということだろう。それでそれで?


「この世界では現在、なにも、起きてはおりません」


 んん?


「本来【星の渡り人】とは神が招くもの。しかし、魔力量が規格外ならば、研究を重ねてなにかを見出していれば、人の手によって召喚することは可能……かもしれない」


 んんんんん?


「よって、【星の渡り人】をいたずらに召喚した嫌疑が、ドウェイン師にはかかっている」

「異議あり! 僕はなにもしてません! 冤罪ですと何度も主張してます!」


 へあ~? ドウェインさんが、私を、召喚したぁ?


「宰相。部下と魔導師団の報告によりますと、ドウェインの周辺で異変はなく、儀式の痕跡もどこにもありません」

「ほらぁ! ですよね、ラルフ様! 冤罪決定ですよ、宰相! 殿下もなにか仰ってください!」

「ふふふ、すまないね。私は君を信用しているよ。だからこそ、調査は必要だ。しばらく嫌疑はかかったまま、研究棟にも出入り禁止。先に言っていた通り、君は騎士団預かりになる」

「そんなぁ……」


 なにが起こっているのかはわからないが、ドウェインさんが涙目になっているのはわかる。私がこの状況に勝手にあわあわとしていると、王太子様がにっこり笑ってみせた。その笑顔がなんだか怖い。


「そして貴女にも嫌疑が掛かっている。平和なこの世界に【星の渡り人】が召喚されることはまずありえないこと。よって、貴女が本当に【星の渡り人】であり【聖女】なのか、というね」


 嫌疑と言われても、私が星の渡り人ですとか聖女ですとか言い出したわけではない。顔立ちとか今着てる服とか、ああそうだ私のバッグの中身、携帯電話とか車の免許証とかで、私がこの世界の住人じゃないという証明ならできるだろうか。

 え、そもそも本当にちゃんとここは異世界だよね? 本当にちゃんとってなんかおかしいけど、むしろちゃんと異世界であってくれ!


「――というのは建前で、国としては貴女を秘匿したい。平和な世とはいえ【星の渡り人】が出現したということは、知らぬ間に脅威が迫っているのかもしれないからね。しかし今現在、この国も世界規模でも異変は確認されていない。いたずらに民に不安を与えたくはないんだ」


 ……へ?


「心配しなくとも、貴女が正真正銘【星の渡り人】ということはドウェイン師によって証明されています。……ドウェイン師、我々にはない魔力の流れを彼女から感知できたのでしょう?」


 ……なにそれ。


「彼女が眠っている間に、魔導師団の師団長立会いの下、この部屋で確認済みですよ。殿下にも報告してあります」


 ……うん。つまり、これは……茶番? ドウェインさんの件も、私の嫌疑も、全部パフォーマンス? 誰得なのだろうか。でも、ヴィンセントさんとのことは少なくとも茶番じゃないのかな。そこは感謝だけれども。

 私が特大の溜息を吐いていると、王太子様はにこにこ腹黒笑顔、ランドン宰相はスンとお澄まし、ラルフ騎士団長は申し訳なさそうな笑顔、ドウェインさんはなんか不満そうだし、ヴィンセントさんは目を閉じててなに考えてるかわからない。ロドニーさんは気まずそうにしてるし、イアンさんは絶対に笑い堪えている。


「申し訳ない。茶番だろうがこういうことはやっていた方がいいんだ。地位だけは確立している古狸どもがうるさいのでね」

「団長も古狸側じゃないですか」

「失礼だな、イアン。私はまだ善良な狸だよ」

「では私が古狸筆頭ですかねえ」


 ランドン宰相がお茶を飲みながらもそう言えば、ラルフ騎士団長とイアンさんが顔色を蒼くした。やっぱり宰相とかの肩書きの人にはそういう……なんだろう、圧がある。

 シーンと静まり返ってしまった部屋で、王太子が空気を換えるかのように咳払いをした。


「――そういうわけだから、貴女の身柄も騎士団預かりになる。それに伴い、騎士団副団長ヴィンセント・グレイアム並びに副団長補佐イアン・デクスター、第三部隊第二班班長ロドニー・キーラン。以上三名は王太子フェリクス・エヴァン・プレスタンの名のもとに、アヤコ嬢の護衛を命ずる」


 王太子様がそう宣言すると、三人の騎士は姿勢を正して恭しくお辞儀をした。

 護衛、ですと……? 



 ◇◇◇



 全力で拒否したけれど無理だった。ヴィンセントさんとイアンさんとロドニーさんが、私の護衛に付くそうだ。

 確かに、聞いた話を全部鵜呑みにするなら私には護衛が必要だ。信用も信頼もまだ完全にできないとはいえ、言葉を交わして多少の安心感を得たこの三人が護衛に付くことも納得できる。

 あとブランシュさんが今後の私の身の回りの世話をしてくれて、尚且つこのホテルのスウィートルームみたいな部屋はこのまま使っていいらしい。そこは有難い。有難いけれど、申し訳ない。

 ロドニーさんはまだ低い地位みたいだけれど、ヴィンセントさんなんて騎士団の副団長だ。イアンさんもその補佐役だ。そんなお偉いさんが私如きの護衛している暇があるのだろうか。あれから数日経つけれど、申し訳ない気持ちは消えていない。


「だから大丈夫だって。書類仕事もここですりゃいいし、アーヤも勉強あるからあんまり外に出ねえじゃん。それに、ヴィンスは事務仕事溜め込むタイプだから、団長にそろそろ缶詰の時期だぞって言われてたんだよ」


 な、と気安くヴィンセントさんに話し掛けるイアンさんの手には、書類。勿論、ヴィンセントさんの手にも。

 私の部屋に簡易的に作られた事務作業スペースの机には書類が高く積まれている。漫画とかでしか見ないくらいの量を捌くには、確かに缶詰するべきだ。


「でも事務仕事が終わったら本当に暇になるだろうし、お城の中だから危険はないだろうし、せめて人数減らすか交代制にして貰っても……」

「貴女の護衛だけをしているわけじゃない」


 眉間に皺を寄せて書類を眺めていたヴィンセントさんが、スパッと言う。


「この部屋に来るドウェインの監視も兼ねている」


 私が目を覚ました翌日から、ドウェインさんはこの部屋に通っている。騎士団預かり仲間だから一部屋にまとめておけばいいという理由かなと安易に思ったけれど、ドウェインさんは私の教師になったのだ。この世界の知識がまったくないから、教えてくれる人がいるのは大変心強い。お陰で少しずつ、この世界やこの国の一般常識なんかを頭に詰め込むことができている。魔法はある程度の体力が必要らしく、私はまだその基準に達していないとのことで、また後日教えてくれるらしいけれど。

 だけど、まあそうだよね。騎士団預かり仲間だから一部屋にまとめておけば護衛も監視もできるし、私がドウェインさんにいろいろ教えて貰えるし、副団長様の事務仕事も捗るから現状は最良ということだろう。事務仕事が終わったら暇だろうけれど、私にはわからないなにかしら面倒事があるのかもしれない。

 それに。


「まぁ……ドウェインさんがまた大興奮するかもですもんね」


 この数日で、ドウェインさんは三回も私の両肩を掴んでがくがく揺さぶってくれた。

 一回目は私のいた世界では魔法がないってことに驚いてテンションが上がっていた。この世界では、魔力量の差はあれど魔法は一般的で誰でも使えるからか、魔法自体がないことに大興奮だった。

 二回目は携帯電話に興奮してくれた。実物を見せても既に電池切れしてるからただの薄い板なんだけれど、これが実際稼働する様子や機能を説明したらそりゃもう大興奮だった。

 三回目は車。携帯電話もそうだけれど、私のバッグの中身をお披露目してたら免許証に興味津々で。車の説明したら馬車より便利でズルいとか言って大興奮だった。

 それを毎回止めてくれたのが、ヴィンセントさんだ。イアンさんやロドニーさんじゃ引っぺがすのも無理だったけれど、ヴィンセントさんならペリッて簡単に剥がれた。流石は副団長様、ということなのかもしれない。

 私はブランシュさんに淹れて貰ったお茶を飲みながら、二人の仕事を見学することにした。もうしばらくしたらロドニーさんがドウェインさんを連れて来る。今日は大興奮しませんように、と心の中で手を合わせながら、柑橘系の香りと味がする美味しい紅茶を飲んだ。

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