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平穏な世界であって欲しいだけ ―エル

 いやあ、本当によかった。【英雄】の種が育ちすぎちゃったのは驚いたけど、それで【聖女】を招く時期に悩んだりしたけど、すべてまるっと上手いこと収まってくれたようで、わたしは満足しているよ。

 すべてわたしが考えたとおり、【英雄】から【勇者】になったヴィンセント・グレイアムは【聖女】のアーヤとくっついた。婚約式なんて結婚式と同じだよね、お祝いはぱぁっと華やかに幻想的な花でも散らしちゃおう。そう思って実行したけれど、人間にとっては婚約式と結婚式は違うみたい。違うんだ? なにが違うの? 正式な夫婦になってるかなってないだけ? へえ?

 まあいいや。じゃあちゃんと、今度は結婚式に花だけじゃなくてなんか……なにがいいかな、白い鳥でも飛ばそうか。アーヤの世界じゃ白い鳥を結婚式の時に飛ばすんでしょ? 平和の象徴とかいう白い鳥。幸せの青い鳥とかもいるんだよね、そっちも飛ばそう! それから餅もいいんじゃない? 屋根からばら撒いたりするんでしょ? ……あー、でも餅はこの世界にはないからぁ、パンでもばら撒こうか、そうしよう!

 ――そういうことを、わたしはにこにこご機嫌麗しく考えていた。

 だから、かもしれない。わたしは見落としていたんだ。うっかり、で済めばいいけれど、これをうっかりで済ませていいかもわからない。

 やっぱり補佐的な存在がいた方がいいかな。こういう時に相談に乗ってくれるような、そういう存在。


「はあ、いた方がいいかもですね?」


 だよねー。真剣に考えてみよう。


「それで、今回はその見落としていた件で我々を呼んだのですか?」

「そう! そうなんだよ! わたしって本当にうっかりさんでね」

「改名しませんか、エル様からポンコツ様に」

「ヴィンセント・グレイアムも言うようになったね。アーヤの影響かな?」


 わたしがそう言えば、二人とも照れる。相変わらず仲がよろしくってよろしいですこと。

 とりあえずわたしは自分のうっかり加減を相談しようと【聖女】と【勇者】をわたしの場所に招いたんだけど、やっぱりやめたらよかったかな。目の前でイチャイチャされるの、神様でも受け止めきれない。


「そ、それで! 一体なにを見落としたんですか?」


 あ、イチャイチャをやめてくれた。遠い目をしなくてすんでよかった。


「あー……うん。えっとねぇ、……なんだっけ?」

「抓っていいですか?」

「ヒェッ! やめてよアーヤぁ! 痛いんだからダメに決まってるじゃーん!」

「だったらふざけるのやめてください!」


 失礼だな、別にふざけようと思ってふざけてるわけじゃないのに。

 そもそも神であるわたしを抓るだなんて、ほんっといい度胸してるよね! 本当に痛いんだから、必殺技にしないで欲しいな!

 わたしがほっぺたを膨らませていると、アーヤがじとーっとした目でみてくる。そんなに見つめられると照れちゃうからやめて欲しい。けれどここでまたふざけたら本当に抓られちゃうから、我慢我慢。


「ん-っと、見落としたこと、だったよね。これがね、わたし史上初めてのことで大変驚きまくってるんだけどね」

「はい」

「神様が驚くことって、たとえばヴィンスさんが英雄じゃなくて勇者に昇格しちゃったくらいのことですか?」


 アーヤが例えてくれるけど、規模としてはそのくらいなのかな? もしかしたらそれ以上かもしれない。


「わたし以外のなにかが、この世界に人を招いた形跡があった」


 わたしの言葉に、ヴィンセント・グレイアムが緊張する。ピリリとした雰囲気は、流石は【勇者】だと褒めておこう。そのくらいの判断力は上出来。思考を覗けば、神であるわたしと同等のなにか別の存在を危惧していた。


「そうだね、ヴィンセント・グレイアム。その可能性もあるかもしれない。わたしもまだ精査できていないんだ」

「え? なんの話です?」

「……ああ、もしかしたらエル様と同等の存在を危惧したんだ」

「エル様と同等の……敵対勢力、的な? そういえば、この世界って魔王とかいるんですか?」


 魔王? と疑問に思ったけれど、アーヤの頭の中を覗いてみたらなるほど、そういう存在か。

 この世界は魔物や魔獣はいるけれど、それらを統べる絶対的な存在はないからなあ。突然変異的に魔物や魔獣が力を得て暴れまわり、それを討伐するのは私が招いた【星の渡り人】と私が選んだ【英雄】たち。だけどそういう存在を魔王と呼べるのかといえば、そうではない。十五年前にヴィンセント・グレイアムと英雄が討伐した時だって、あれは魔王じゃなくて魔竜なんて呼ばれたもんね、悪さをした竜だったから。


「いないよ。だからわたしと敵対するような存在はないはずなんだけど。仲間とかもいないしね、わたし」

「だったら、そういう存在が現れたと考えた方がいいのかもしれませんね」


 そこなんだよなあ。わたしに匹敵するような存在って、そもそもあり得ないでしょう? だってわたし、神だし。この世界を見守ってる存在だし。

 わたしの役目は、この世界の生き物たちを見守って、観察して、楽しむこと。不測の事態が起こりそうになったら、違う世界から人を招いて調整すること。招いた人を助ける存在を選出し、育むこと。

 わたしの願いは、時々なんかすごいことが起こってもいいけど基本的には平穏な世界であれ、だ。

 だから、わたしと同じような力を持つ者が仮に現れたとしたら、それは脅威だろう。ごちゃごちゃとした混沌とした世界を、神であるわたしは望んでいない。


「んー……わっかんないけど、とりあえずヴィンセント・グレイアムは警戒しておいて。アーヤは引き続き、この世界の平穏を祈っておけばダイジョーブ!」


 ごちゃごちゃ考えるのも面倒だし、とりあえずはこのことを伝えておけばどうにかなるでしょ!

 だから、元の場所に戻すからあとは頑張ってね、の意味を込めて手をかざした。いつもの転移の力を使うポーズだと、この二人なら理解して目を閉じてくれるから安心だよね。

 ……と、思っていたら、アーヤがわたしの腕を掴んだ。痛くはないけれど、あんまり強く握られると流石に泣いちゃうから離して欲しいかな。


「待ってください、エル様!」

「うん? どうしたの、アーヤ」


 真剣な表情の彼女はすぐに手を離してくれたから、わたしの細い腕は無事だった。とりあえず転移の力を阻止したかっただけみたいで、それならそうと言ってくれたらよかったのに。まあ、途中で止められたかはわからないけどね! だから物理で阻止はいい判断だったと思うよ!


「その、招かれちゃった人って無事なんですか?」

「え? ああ、なんか助かってるね。君たちのいる国の……南側かな? そこで拾われたっぽいよ~」

「南側……まさか我がグレイアム家の領地なのでは?」


 どこがどの国かはわかるけど、細かいところまでは知らないよ。でも、ヴィンセント・グレイアムの思考を読めば、おそらくは君の実家の領地かもね。よかったね、いろいろと調べ易いんじゃない?

 けれど、ふむ。脳内の地図を見て、改めて気付いたんだけれど。これはこれは、なんという因果だろう。


「あー……なるほどね。……ヴィンセント・グレイアムに訊ねる。十五年前に君が討伐した魔竜を、どこで討ち取ったか覚えているか」

「……王都より北東。馬で駆けても三日はかかる、国有地の森、です」

「では、魔竜がどこで生まれたかは知っているか」

「いいえ……調査に当たった各国や我が国最高位の魔導師ドウェイン・タルコットおよび魔導師団でさえも、どこで生まれたかは特定できませんでした」


 おや、案外と難しい案件だったようだ。ただの竜がなんらかの力で魔竜へと変貌したからか、特定まではできなかったんだろう。そもそも、ただの竜がどの種なのかもわかっていないのかもしれない。

 これは楽しくなってきた。……と同時に、言いようのない不安が押し寄せる。

 ただの竜は、どうして魔竜へと変貌した? なんの力が加わった? もしかして、わたし……わたし? どうして? わたしが? 何故?

 まあいいや。確定じゃないけれど、これだけは伝えておこう。


「可能性の一つとして、なんだけど。人を招いたわたし以外のなにかって、十五年前に討伐された魔竜かもね。すっごいね!」


 だってその招かれた人がいる周辺で、のちの魔竜は生まれたのだから。討伐された魔竜が、再び、を望んだのなら、肉体は朽ちた場所よりも生えた場所の方が綺麗だもの。


「すっごいね……じゃあないと思いますケドォ?!」

「魔竜は俺とドウェインで確かに首を落としました。首も胴体も様々な国で研究の材料にされ、切り刻まれて原形を留めておりません。ですから……蘇ったとしても、どうやってです?」


 えー。


「そんなの知らないよ」


 わたしがなんでも知ってると思ったら大間違いなんだからね! 前も言ったじゃない、すべてを把握してるわけじゃないって。

 それなのに、なんで二人揃って頭を抱えてるかな。わたしに期待しないでよ、ポンコツなんだから。


「もぉー、わかったわかった。わたしもちゃんと調べておくから、ヴィンセント・グレイアムは警戒を、アーヤは祈りを頑張っててよ」


 もう一度、手をかざす。今度はちゃんと目を閉じたから、フェイント掛けずにちゃーんと元の場所に戻してあげるよ。

 ……と、思ったけれど、名前がアーヤと同郷っぽいから教えてあげた方がいいと思っちゃったんだよね。こんな変なタイミングでごめんね。また怒られそうだけど、()()()()はできないから諦めて欲しいな。


「あ、そうだ。その招かれた人ね、トーゴ・アオヤギって名前だったよ。アーヤの知り合いだったら面白いよね」


 するとアーヤがゆっくりと目を開けた。


「とおご、あおやぎ……あおやぎ、とうご……青柳……って、まさか青柳桐吾?!」

「アーヤ、本当に知り合いなのか?」

「はい、多分……もしかしたら、店長かも……」


 アーヤの顔色が悪くなった。ヴィンセント・グレイアムもなんだか不機嫌そう。そりゃそうか、もしかしたらアーヤの元カレかもしれないもんね。正式婚約者のヴィンセント・グレイアムは気が気じゃないよね。


「はい、じゃあまたね~!」


 でもその問題はそっちでやって貰いたいんでぇ、強制的に元の場所に転移させちゃいます!

 わたしが力を籠めると、ただの人間には眩し過ぎる光が放たれる。この光が収束する頃にはアーヤとヴィンセント・グレイアムは元の場所に戻っているから、抗議の声がしてももう知らない。また逢う日までバイバイだ。バイバーイ。


「……さて、と。魔竜とトーゴ・アオヤギの関係性を、ちゃんと調べないとね。厄介なことになってなきゃいいんだけど」


 たとえば、新たな脅威とか。たとえば、わたしのせいとか。もしくはわたしのせいだったり、それからわたしのせいだったりするかもしれないじゃない?

 わたしはどうもここ最近は本当にポンコツで、おかしなことが起こっているような気がする。実際ヴィンセント・グレイアムの件がそうだし、この前のアーヤが呪われそうになった件とかもそうなんだよね。


 まあ、なるようになるでしょ。だってわたしは神だし、【聖女】のアーヤが祈れば世界は平穏だ。

 わたしはね、時々なんかすごいことが起こってもいいけど基本的には平穏な世界であって欲しいだけなんだよ。ただそれだけなのに。

 そレだけナのに……


「おか、しい、よ……ね?」


 ――平穏ナ世界であッて欲しイだけなノに。

続きはもうしばらくお待ちくださいませ~

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