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アラフォーですが、異世界転移しました。  作者: 嶽音羽
第一部 アラフォー聖女と英雄
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幕間:とりあえずの戻った日常に ―ヴィンセント・グレイアム

 婚約式、【聖女】のお披露目と俺とアーヤの婚約発表の舞踏会を終え、とりあえず日常が戻って来た。俺は相変わらず騎士団の務めとアーヤの護衛に徹し……とはいかず、そのどちらも取り上げられる寸前である。

 まず、騎士団の方。あの婚約式の際にラルフさんと父が国王陛下の御前でやり合ったこともあり、俺が近い内に騎士団を抜けることは周知の事実となってしまったのだ。そうなると、まず騒ぐのは団員たちだ。まだやめないで欲しい、剣の稽古が足りていない、寂しい、などという声を顔を合わせる毎に言ってくる。そうするとイアンが更に燃料を加え、俺も一緒に退団するからな、と言えばしばらく使い物にならない者が増えてしまった。イアンもなかなか慕われているので、そうなることは目に見えていたが。

 そういうわけで、俺の仕事量は段々と減らされている。まだ副団長の後任は選出されていないが、候補となるような者たちに振り分けているのだ。その中には各部隊の部隊長は勿論、小隊長クラスもいるのだとか。俺がおらずとも人材は豊富ということ、寂しくは思うがこの国の王国騎士団は安泰だということだろう。

 いずれその時が来ることは覚悟していた。ラルフさんからも、アーヤとの婚姻後は退団して領地に戻れと言われていたからだ。それはアーヤのためで、よからぬことを考える者たちから守るには一番いいだろうとのことだった。俺も納得したし、結婚式まではまだ時間もあるのだからゆっくりと進めて行こうという話だったのだが、思うようにはいかないのが俺の父である。

 いつから考えていたのか、アーヤとの婚約の話で思い付いたのか、それとも衰えを感じてしまったのか、辺境伯位と領地経営の継承を近々に行いたいと陛下に願い出たのだ。今は国王陛下との話し合いをするために王都に滞在し続けており、父が辺境伯領に帰る時には俺の爵位と領地の継承の話もまとまっていることだろう。

 しかし、である。騎士団の方はいい、予定が早まったと思えばいいだけの話だ。問題はアーヤの護衛の件だ。婚約者が護衛役でなにが悪いと言い放ちたいが、ラルフさん……否、騎士団団長と軍務省長官、それからマッケンジー公爵が決めたことなので抗議のしようもない。王太子殿下にも了承を得ているとのことなので、なおのこと無理だ。

 アーヤは今、マッケンジー公爵家で日々を過ごしている。王宮内の一室から居を移したのだ。というのも、アーヤの存在を公表したためか、ひっきりなしに茶会や夜会への誘いがあるからだ。侍女や侍従を使いアーヤの部屋へ直接持って来てはすぐの返事を求める者もいたために、別の場所へ避難せざるを得なくなったのである。マッケンジー公爵の屋敷にいたらば夫人や家令などが対応するので、少しは大人しくしてくれるだろうという考えだ。誘いの数は減りはしないが、不躾な者はいなくなったのならばこの対処は正解だったのだろう。しかし、護衛の方はどうだ。公爵家にも手練れの者はいるし警備も十分だろうが、もしもの際はどうする。


「それはヴィンスが心配し過ぎ。ラルフさんの所を信用してないのかよ」

「……している。が、俺がいなくてもいいというのが耐えられない」

「過保護過ぎだろ……アーヤに嫌われんぞ」

「……だから、我慢しているだろうが」


 ついイアンに愚痴を言ってしまうのは、暇だからである。忙しければ会いたいという思いを募らせるだけで行動もできないだろうが、時間があるのならば行動ができてしまう故の愚痴だ。


「俺も暇だからさぁ、団長に進言したんだぜ? 俺とヴィンスのアーヤの護衛を続行させてくださいって。ほら、俺って主思いだからさ」

「却下されたんだろう」

「グレイアム領に引っ込めばいくらでも共にいられるだろう、って。お前、団長にいびられてんぜ」


 マッケンジー公爵家は男系で、代々女性はほぼ生まれてこない。そんなところに養女が現れたのだ、たとえすぐに嫁ぐことがわかっていても可愛がらずにはいられないのだろう。アーヤはマッケンジー夫人と街に繰り出したり、二人の子息に姉さまと呼ばれて親しくしているのだそうだ。正式にアーヤの侍女となったブランシュから伝え聞いたと、ウェスリーが言っていた。

 だから、俺がいびられるのは許容範囲だ。ラルフさんもアーヤに対して過保護気味だし、家族総出でアーヤを可愛がるのはもはや仕方のないこと。しかし、だ。


「ネイサンは傭兵団にいるんじゃなかったのか……エリクは学園の寮に入っているはずじゃなかったか……くそ、何故俺じゃない男が護衛でもなしにアーヤの傍にいられるんだ」

「団長のご子息たちに当たるなって。まだ十代のガキんちょだろ、二人とも」

「ネイサンは結婚してもおかしくない年齢に突入しているが?」

「お前さ……お前、アーヤに愛されてる自覚あるんだろうが。なんでこんな面倒臭くなってんだよ」


 イアンに呆れられたので、俺は口を閉じてこれ以上余計なことを言わないようにした。椅子に深く沈んで溜息を吐けば、イアンからも溜息が聞こえる。


「わかったわかった。こういう時はさ、体を動かすに限るってもんだぜ。鍛錬場に行って、若い連中と模擬戦でもしてやれよ。俺も体動かしたいし、付き合ってくれ」


 イアンの申し出に、仕方ないが応じよう。ここでぐだぐだとしていても、もっと酷い思考に陥りそうだ。少し体を動かせば、頭もスッキリするに違いない。



 ◇◇◇



 鍛錬場へと向かえば、訓練していた者たちが俺の登場に沸いた。お暇なら手合わせを、なんて期待した目で見られたら、応じないわけにはいかない。そもそもそのつもりでこの場に来たのだ、上着を脱いで剣を携えれば我も我もと群がられた。そこを整理するのはイアンなのだが、イアンも人気者なのでそちらにも群がる。なんとか順番を決めれば一人二人三人と相手をし、指導にも力が入れば酷い思考はすっかり消えてくれた。

 今度からこうしよう。そうしたら、若手への指導も無理なくできる。婚約者に会えない憂さ晴らしだと思われても、団員たちに有益ならばそれでいい。

 そして立っている者は俺とイアン以外には誰もいなくなった。今日は比較的若年層ばかりとはいえ、基礎鍛錬から指導した方がいいだろうか。イアンと話を詰めてメニューを考えようかと思考を巡らせていれば、鍛錬場に不似合いな声が聞こえてくる。


「わぁ、もしかしてヴィンスさんとイアンさんのお二人で皆さんを伸しちゃったんですか?」

「アーヤ?!」


 幻覚でもなく、妄想でもなく、アーヤがそこにいた。そばにはいつものようにブランシュが控え、こちらに頭を下げている。


「ふふふ、驚きました? 実はトリスお義姉様がラルフお義兄様にご用事で、一緒について来たんです」

「あ、ホントに来たんだ。団長の言ってた通りだ」

「おいイアン、どういうことだ」


 アーヤに向かって手をひらひらさせているイアンに詰め寄り、問い質す。するとイアンはニヤニヤとするだけで教えてくれそうにもない。だったら、どういうことなのかは放っておいて今はアーヤと会えた幸いを受け止めるべきだ。


「久し振りだな。変わりないか? なにか不自由なことなどなければいいのだが」

「大丈夫ですよ、なにもないです。公爵家の皆さんには本当によくして貰っていて、ブランシュさんも付いて来てくれてますし……マリーネさんに会えなくなったのは寂しいですけど」

「マリーネも侍女にできたらよかったんだがな、色々と事情がある。……が、会えなくなって寂しいのはマリーネにだけか」


 できれば、いいや絶対に俺に会えなくて寂しいと思っていて欲しかったが、どうやらアーヤはそうではなかったらしい。マッケンジー公爵家で充実した日々を過ごせている証拠なのだろう。……が、悔しいく思うし寂しくも思うのもまた事実。俺が少し拗ねて見せれば、アーヤは慌てた様子で両手を左右に振った。


「ち、ちがいます! ちゃんと! ……ちゃんと、ヴィンスさんに会えなくて寂しかったです。簡単に会えなくなったから、余計に」


 視線を外して顔を真っ赤にさせるのは相変わらずだ。その様子に愛しさで溢れていれば、ハッとする。こちらに向けられる数多の視線から、アーヤを隠さなければならない。こんなに可愛らしいアーヤの姿を誰にも見せたくないという独占欲だ。


「おいお前ら、こちらを向くな。俺の婚約者を視界に入れるな」

「いや、どっちかってーとお前に視線集中だわ。憧れの副団長が婚約者にデレデレな姿を恐怖しながら見てんだわ」


 イアンが言っている言葉の意味がまったくわからないが、俺の背にアーヤを隠す。すると若者たちは次々と視線を逸らした。やればできるじゃないか。


「アーヤ、ごめんな。こいつら若い連中はヴィンスに憧れてる連中ばっかりなんだよ」

「いえ、慕われてるのがわかってちょっと気分がいいです」


 俺の背後を覗き込んでアーヤと会話をするイアンの頭を軽く叩けば、狭量だ横暴だと声が上がるが、そんなことより俺はアーヤと久し振りの時間を過ごしたいので鍛錬場を去ることにした。脱いでいた上着を手に取り、どこが最適な場所か考える。俺の執務室ならラルフさんへの用事を終えた夫人も訪れやすいだろうし、共に来ているブランシュに頼んでマリーネを呼んで来て貰うことも可能だろう。ついでにドウェインやロドニーも呼んでやれば、アーヤは喜ぶかもしれない。


「俺の執務室へ行こう。イアン、お前はドウェインとロドニーを呼んでくれ。できれば……もう少し時間を置いてからがいい」

「へいへい、了解ですよー。じゃあアーヤ、ブランシュも、またあとで」


 俺の考えを察したイアンは、すぐに行動してくれる。それに感謝しながらもアーヤをエスコートすれば、ふよふよ、よぼよぼと謎の白い球体が突然目の前に現れた。三度目のアレである。


「うわあ……」


 アーヤの嫌そうな声が聞こえるが、これはどうしようもない事象である。たとえ頭痛しかしないのだとしても、抗うことができないことが起こってしまうのだ。そしてそれに巻き込まれてしまうのは、決まって俺とアーヤの二人であり。

 若者たちがざわめきブランシュが小さくも悲鳴を上げたので、不審に思ったのだろうイアンがすぐに戻ってくれば、浮遊する球体を見付けたようで頭を抱える。俺も頭を抱えたい。


「……イアン、後は頼む」

「へいへい……了解ですよ。じゃあヴィンス、アーヤ、またあとで」

「はぁい、またあとでぇ……」


 もうどうしようもない。力なく指示すれば力なく返事されるので、俺とアーヤは項垂れながらも強烈な白い光に包まれるためにギュッと目を閉じ、手を繋ぎ合った。

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