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アラフォーですが、異世界転移しました。  作者: 嶽音羽
第一部 アラフォー聖女と英雄
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絢子、臨む。3

 拍手が鳴りやめば、あとはこの場を辞すればいいのだろう。この後の予定も詰まっていて、私は今着ているドレスからまた違うドレスに着替えなければならないらしい。その準備をしていれば夜はすぐにやって来るから、私のお披露目と婚約発表を兼ねた舞踏会が催されるのだそうだ。

 とりあえず、一つ。大きなイベントは終了した。ヴィンスさんに促されたのでその手を取り、早くあのスウィートルームに戻ってブランシュさんの淹れた紅茶とマリーネさんが選んだお菓子をいただきながらちょっと休憩したいな、と思った時だった。

 今度は意識してちゃんとカーテシーを国王陛下に披露すると、国王陛下はおもむろに立ち上がりこちらへと歩み始めた。咄嗟に周囲の方々が動こうとしたが王妃陛下がそれらを止め、ご自分が国王陛下の介助をなさる。そうしてお二人でゆっくりと、そして確実に私の方へと歩みを進めると、お二人ともが恭しくも頭を下げられたのだ。

 私はもう、パニックである。


「え?! お、お待ちくださいお二人とも! 私に頭を下げるなんて、いけません!」

「いいえ、【聖女】様。わたくしは貴女様にこの上ないほどの感謝をしております」


 王妃陛下が頭を下げたままそう発言すれば、ヴィンスさんが私を置いて一歩、後ろへと下がった。それが不安で寂しくてつい目で追ってしまうと、ヴィンスさんは勿論のこと、ラルフお義兄様やトリスお義姉様、グレイアム辺境伯夫妻や四大公爵の皆さま、それに王太子様やティフ様、ランドン宰相が同じように私に対して頭を下げていた。ざわついた他の貴族の方々も、それに倣うようにして私に頭を下げる。多分、なんのことかはわかっていない人もいるだろうに。

 私も、一体どうして国王陛下や王妃陛下をはじめとした方々すべてに頭を下げられるのかをわかっていない。よく見れば控えている警護の騎士の方々も敬礼しているようだった。

 怖い。確かに私は異質な存在だけれど、こんなにたくさんの人たちに頭を下げられるようなことをした覚えはないはずだ。……ない、よね?


「【聖女】様には心より感謝をいたします。我が身は蝕まれ、足は動かず片方の目も見えず、床に伏しておりました。それでも次へ繋げる準備は整えたいと王位にしがみ付いておりましたが、そう遠くない日に天に召されるのだとも思っておりました。しかし、貴女様が異なる世界より招かれ、この身を蝕んでいたものはゆっくりと消えたのです」


 え、初耳ですが……?


「今はまだ元のように歩くことはできておりませんが、それでも誰かの手を借りて歩くことは可能です。……諦めておりました。夫の元気な姿を見ることは、もう決してないのだと。今はこの国の王妃としてではなく、ただ夫を想う一人の妻として言わせてください。ありがとうございます、【聖女】様。貴女様のこの世界を包む安寧を願う祈りで、夫は快復いたしました。わたくしたち夫婦は、貴女様への感謝を忘れることは生涯ありません」


 ……はい?


「ありがとうございます、【聖女】様。私にもう少しだけこの国や民を思い動く時間をくださり……家族を想う時間をくださり、感謝しております」


 うん。……どういうことだ。私、国王陛下には別になにもしてないんだけど……?

 この状況では誰も正解を教えてくれないだろうけれど、確かに言えるのは、エル様の言うとおり私がこの世界にいるだけで平穏になるということ。国王陛下の病を快復まで至らしめたのは、この世界がそう判断したからだ。だからこうやって感謝されるようなことはなにもない。だけど、私がこの世界に招かれたからこその奇跡ならば、感謝の思いを受け止めた方がいいのだろう。


「私をこの世界に招いた神様曰く、私が存在するだけでこの世界が平穏に保たれるのだそうです。だから私はなにもしていないのですが、国王陛下のご病気が快復したことは本当によかったと思っております。ですから、その……そろそろこの状況をどうにかして欲しいのですが……」


 国王陛下と王妃陛下が話している最中から、貴族の方々の雰囲気が変化したように思えた。上手く言えないけれど、半信半疑だったけれど信用に全振りしたみたいな雰囲気になった気がしたのだ。だから居心地の悪さは最高潮。治まっていた吐き気もぶり返している。

 私の弱気な発言に、両陛下はお互いに顔を見合わせてからくすくすと笑った。


「貴女が【聖女】様でよかったと、心から思います」

「貴女がこの国でのんびりと暮らせるように、我々もより一層精進して参ろう」


 なあ皆の者よ、と国王陛下が声を出すものだから、この場にいらっしゃる方々は顔を上げて今度は拍手をした。私はどう反応したらいいのかわからなくて同じようにパチパチと拍手をするが、吐き気が胃痛へと変貌してついでに頭痛もするので、一刻も早く退場したい思いで一杯だった。



 ◇◇◇



 なんとか婚約式が終わり謁見の間から戻って来れた私は、休む間もなくブランシュさんとマリーネさんに衣装替えの刑に処された。拷問器具……もといコルセットが普段着ているビスチェになったのは幸いだったけれど、舞踏会などがあるならばコルセットは必須なのではないだろうか。その普段のビスチェでもいいらしい新しいドレスは、友人の結婚式で見たことがあるようなウェディングドレスのカラー版だった。マーメイドドレスなので体のラインを気にしてしまうが、太腿辺りからボリューミーなふわふわのレースのフリルになっているのでなんとかいろいろ誤魔化せそうである。……誤魔化せるのか?

 コルセットの拷問は免れそうだが、重量はどうなのだろう。拷問器具必須のドレスは私の貧弱な体には体感二十キロくらいはありそうなほど重かったから、それよりは軽かったらいいのになあ。

 ……と思っていたら、本当に軽かった。体感二十キロが体感五百グラムくらいにはなった。これなら全速力で走れるどころか、まるで着ていないかのような驚くほどの軽さである。


「え、ドレス軽い! 着てないみたい!」

「本当に軽いですよね。こちらのドレスは勿論ヴィンセント様からでございます。今宵のお披露目会に、是非に、と念を押されておりましたの」

「ドウェイン様にご協力いただき、軽量になるよう魔法をかけてあるそうです。これならばアーヤ様も、長い時間であってもお疲れにならないのでは?」

「うわあ……ドウェインさんにお礼言わなきゃ。ヴィンスさんにも、勿論」


 私がひとしきり感動していると、いつの間にか髪は解かれて新しく結ってくれた。このドレスに合うように、右サイドに髪を流してくれている。ここからがまた大変で、髪飾りを付けてくれたりお化粧を整えてくれたりとブランシュさんもマリーネさんも手を止めることはない。私は不器用な方なので、毎回綺麗にしてくれる二人に感謝ばかりだ。

 けれど、どうしてか二人の手は髪を結ったところで止まっていた。ブランシュさんはお茶を淹れに移動までしている。


「さて、アーヤ様。しばらく時間がありますので、少し休憩しましょう」


 マリーネさんに手を差し出されたのでそっと手を乗せると、いつものソファまでエスコートされた。

 そうか、夜まではまだ時間があるので、早々に準備しなくてもいいのか。そう思ってブランシュさんの紅茶とマリーネさんが選んだ軽食を楽しんでいたら、コンコンと扉をノックする音がする。ロドニーさんの部下さんたちがやり取りをしている最中にブランシュさんが扉の方まで行くと、今朝のように扉が大きく開かれた。


「アーヤ様、ヴィンセント様ですわ」


 思わず息を飲む。


「ああ……俺が贈ったドレスを着てくれたのか。綺麗だ。すごく似合っている」


 ヴィンスさんの装いも、また変わっていた。騎士服の正装ではなく、貴族様のパーティー衣装と言えばいいのだろうか。私が今着ているドレスと同じ瑠璃色の布地と金色の刺繍が、二人はパートナーだと知らしめているようで恥ずかしくもあり嬉しくもある。見慣れた騎士様然とした格好じゃないから、私の心臓はときめきで爆発しそうなほど脈打った。


「……はんそくです」

「このような姿も好ましいと捉えてもいいんだな?」

「……うう……はい、もちろん……」


 堪らず両頬に手を添えて俯くと、ヴィンスさんの笑い声が聞こえてくる。その笑い声さえも甘さを含んでいるようで、余計に顔が赤くなったような気がした。


「そうだ、ドレスは重くないか? イアンにドレスの重さのことは聞いていたからな。ドウェインに頼んで軽量化して貰ったんだ」

「あ! そうです、そうそう! すっごく軽くて着ていないみたいです。ドウェインさんにお礼を言わなきゃ。それと、イアンさんにもですね!」


 ヴィンスさんが気を利かせてくれたのか、話題を変えてくれたので赤面は引っ込んでくれたのではないだろうか。よかった、と胸を撫で下ろしながらも、ドウェインさんもイアンさんもこの場にはいないので会えた時に必ずお礼を言おうと決意する。

 そういえば、私がダンスのレッスンを始めたくらいの頃にイアンさんがドレス云々とか言っていたような……? それをちゃんとヴィンスさんに伝えてくれたんだろう、だから私は今、軽量ドレスで快適なのである。これはドウェインさんと並ぶほどの感謝事項だ。

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