絢子、臨む。2
この世界の方々が……この国の方々だけかもしれないけれど、とにかく茶番が好きというか茶番を経てすべてゴリ押しする性質だということは重々承知だ。このような場だからこそ、特に重要なのだろう。だけどいつも思うのは、私にも話を通しておいて欲しい、ということだ。当事者を置いて行かないでいただきたい。特に、私の将来にも影響することはちゃんとして欲しいのである。
けれど、多分、こうやってサプライズで進めなければならないのだろう。大人の事情というものなのだろう。システムをよくわかっていないからこそ説明が必要だとは思うが、しない方がいい場合もある。私に関係することはきっと、すべて後者なのだ。
「とにかく、陛下。その件についての正式発表はまだ控えさせていただきます。騎士団団長としても軍務省長官としても、騎士ヴィンセント・グレイアムの件は保留にさせてください」
「グレイアム辺境伯家としては、嫡男ヴィンセントへの近々の爵位継承の許可をいただきたく存じます」
「……師匠、いい加減にしてくださいよ」
「なんじゃラルフ。別に早急に辺境伯領に帰って来いとは言っておらんじゃろ」
けれど、このやり取りまでは流石に茶番ではないのかもしれない。ラルフお義兄様とグレイアム辺境伯のやり取りに、王太子様やランドン宰相が心なしか青筋を立てているように見えるからだ。ヴィンスさんも勿論気付いていて、お二人を止めようと動く。
「あなた、陛下の御前でございますわ」
「ジェフリー様、それ以上はなりません」
……その前に、二人のご婦人がそれぞれの旦那様を止めてくださったけれど。
トリスお義姉様はお可愛らしいお方で柔らかな雰囲気を持ってらっしゃるけれど、しっかりと旦那様の手綱を握っている強かな方だ。流石は筆頭公爵家夫人である。それから辺境伯夫人は凛とした強い印象の通りで、微笑みにも強さが見て取れる。辺境伯夫人とはこうあるべきなのだろうかと、背筋が伸びる思いだ。
奥様方に止められたお二人がしょんぼりとすると、国王陛下が声を上げてお笑いになられた。
「それぞれのことは、また後日ゆっくりと話を進めよう。今はそれよりも、婚約式を進めたいのだが?」
「国王陛下、これ以降は私が進めさせていただきたく存じます」
「ああそうだな、王太子に任せよう」
心なしか、未だに王太子様は青筋を立てているように見える。口出ししなければきっとおそらくまた脱線するに決まっているから、その申し出は誰しもがありがたいと思っていることだろう。ラルフお義兄様とグレイアム辺境伯にはちゃんと反省していただきたい。
でも、茶番と師弟喧嘩らしきことのお陰か、私の緊張からくる吐き気が引っ込んでいた。肩の力もいい具合に抜けているような気がするので、これに関しては感謝である。ヴィンスさんは頭痛と胃痛がありそうだけれど。
「では、これより婚約式を執り行う。本来なら貴族院に提出する婚約申請書を、両家からそれぞれ私の方へ提出を命じる」
王太子様が命じると、ラルフお義兄様とグレイアム辺境伯がおもむろに書類を取り出し、王太子様に提出した。それを確認した王太子様がランドン宰相に二通の書類を手渡すと、そのまま国王陛下の元へと渡る。国王陛下も書類を確認すれば深く頷くので、ランドン宰相が王太子様に別の書類を手渡し、それがラルフお義兄様とグレイアム辺境伯の手に渡る。書類を確認したお二人がそれぞれ小さく頷けば、その書類を高くに掲げた。まるで、勝訴、の紙のように。
私はヴィンスさんに促され、国王陛下や王太子様ら王族に背を向けることになる。そうして見えたのは、多様な笑顔のまだ見知らぬ貴族の方々だった。
「我がプレスタン王家は、マッケンジー公爵家令嬢であり【聖女】アヤコ・ツカァラ・マッケンジーとグレイアム辺境伯家子息であり【勇者】ヴィンセント・グレイアムの婚約を認める。異議のある者は許可をする、前へ出よ」
王太子様の言葉に、貴族の方々はざわりとした。茶番を披露して周囲を固めまくったと思っていたけれど、それで大丈夫、というわけでもない。満場一致なんてあり得ないのだろう。みんな、なにかしらの不満はあるはずだ。
たとえば、ヴィンスさん。英雄を取り込もうとしていた家もあったのではないか。格好いい人だもの、純粋に好意を寄せる娘を持つ親だってここにはいるはずだ。それだけでなく、グレイアム辺境伯との縁続きになりたい政略的な思いを持つ家もあったはず。
たとえば、私。得体の知れないオバチャンだけど、聖女の肩書きは惜しい。マッケンジー公爵の義妹ならば、筆頭公爵家との縁も得られたのではないか。なにより、聖女の力を独占したいというよからぬことを考える人だっているかもしれない。
「国王陛下並びに王太子殿下、発言の許可をいただきとうございます」
「……アドルファス公爵、許可する」
そんな中で、一人の貴族の方が前に出た。その瞬間に蒼褪めた私は、きっと体が震えていたのだろう。ヴィンスさんがそっと寄り添って、肩を抱いてくれた。肩に触れるヴィンスさんの手は相変わらず力強く、大丈夫だと言ってくれているようで安心する。
「ありがたき幸せにございます。……さて、【聖女】様。お初にお目にかかります、公爵位も持つマーカス・アドルファスと申します。先日は我が娘が大変お世話になりました。この場には娘は出席できぬ故、娘から言付けを頼まれたのです」
「初めまして、アドルファス公爵。私の方こそお世話になっております。……マル様……マルヴィナ様からの言付け、とは?」
え、マル様?! お友達になったはずだよね?! 先日もお手紙でやり取りして楽しかったのに、すごく気遣ってくださったのに、まさか今頃になってやっぱりヴィンスさんへの思いが断ち切れないとか、そういう……?!
「正式なご婚約おめでとうございます。結婚式の折にはぜひ出席させてください。心より、お祝い申し上げます。……私も娘と同じ思いでございます。【聖女】様、【勇者】殿、アドルファス公爵家より、心よりの祝福を申し上げます」
……へ?
「ズルいですよ、アドルファス公爵。陛下、殿下、私にも発言の許可を。エルバート・メレディスにございます。私も我が娘である王太子妃殿下から話を聞かせて頂いております。メレディス公爵家もお二人のご婚約を心よりお祝い申し上げます」
「陛下、殿下、私にも発言の許可を。ハーヴィー・イーニッドと申します。イーニッド公爵家からも此度のお二人のご婚約を心よりお祝い申し上げます」
え、ちょっと待って欲しい。久し振りのちょっと待って欲しいヤツだ。
おそらく、マル様からの言付けは本当だ。疑ったりしてごめんなさい。あとでちゃんと感謝のお手紙を書こう。だけど、マル様の言付けをこの場に使ったアドルファス公爵は、きっと絶対に古狸さんなんだろうなぁとは思う。今発言をした他のお二人も、絶対に。
私の記憶が正しければ、私とヴィンスさんの婚約をお祝いしてくれたのはマッケンジー公爵家と並ぶプレスタン王国四大公爵家だ。公爵家筆頭はマッケンジー家だけれど、それと同等の権力を持つ家柄の方々だ。そんな方々がお祝いしてくれたということは、あとに続く貴族の方々はもうなにも言えない。不満があっても飲み込むしかない。流石は古狸さんたち。これも多分、折り込み付きの茶番である。
私があわあわとしていると、そっとヴィンスさんが肩を叩いてお辞儀を促す。おそらく不格好なお辞儀を披露してしまったが、ヴィンスさんが言葉を発してくれたので私の不格好なお辞儀なんて誰も見てはいないだろう。……多分。
「四大公爵と称される皆さまからの祝福の意、大変ありがたく存じます。皆さまからの温かな思いを粗末にすることなく精進してまいりますので、これからも見守ってくださると幸いでございます」
ヴィンスさんの言葉に、ラルフお義兄様を除く四大公爵の方々が拍手をした。それにつられるように、他の貴族の方々も、トリスお義姉様やグレイアム辺境伯夫人も続く。
隣のヴィンスさんが顔を上げる気配がしたので私もゆっくりと顔を上げると、中には微妙な笑みを浮かべている方もいるが拍手をしていない人は誰一人としていなかった。飲み込んで、祝福に転じたのだろう。
つまり私とヴィンスさんの婚約は、プレスタン王家と王国の貴族の皆様から認められ祝福されたということになる。否やを突き付けられることなく、許可されたということになる。この光景を作るために、あらゆる茶番を用意して実行したのだ。