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絢子、転移する。4

 ――この世界のどこかでただの人間だけでは太刀打ちできない事象が起こった場合、神が異なる世界より【聖女】もしくは【勇者】を招く。【聖女】ならば選ばれし者へ助力し、【勇者】ならば自ら屠る力を揮う。世界に平和をもたらす存在を、総じて【星の渡り人】と呼ぶ――


「君はその【聖女】に選ばれたんだよ」

「アラフォーの聖女ってアリなんですか?」

「あらふぉ……?」

「アラウンドフォーティ。四十歳前後を表す、私がいた国の言葉です」

「え、君って四十歳なの?!」

「いえ、まだ三十七歳ですけど」

「それでもビックリなんだけど?!」


 日本人は外国の人から見たら実年齢より若く見られるという話だから、驚かれても仕方がないかもしれない。それに私は年齢不詳とよく言われていて実年齢より若く見られるタイプだから、こっちのメンタルも平気だ。

 それにしても驚き過ぎじゃないだろうか。そんなに目を見開らかなくてもいいではないか。王太子様なんてポカンと口まで開けているが、高貴な方がそんな顔して大丈夫なのだろうか。


「……失礼した。ヴィンセントを始め、イアンとロドニーからの報告ではもっと歳若いと思い、同年代くらいのブランシュを置いたのだが」


 イケおじ騎士ことラルフ騎士団長さんが申し訳なさそうにするくらいに若く見られたということは、喜ばしいのだろうか。


「二十代かと思ってた……」

「私はまだ信じられません……」


 後ろに立ってるイアンさんとロドニーさんがまだ吃驚した顔している。私は一体どれだけ若く見られたのだろうか。ここまでくると逆に恐怖だ。

 しかし、まだマシな方かもしれない。裸のお兄さんことヴィンセントさんは、ビックリ顔通り越して真っ蒼になっているからだ。それはそうか、アラフォーのオバチャンに全裸じゃないけど真っ裸を見られたのだから。こちらとしては今でこそゴチソウサマと言いたいけれど、見られた方はイヤすぎるだろう、多分。こちらの人たちの価値観とかはわからないけれど、普通は嫌なはずだ。


「……申し訳ない」

「い、いえ、気にしてませんよ! むしろこちらこそごめんなさい。謝罪がまだでしたよね。不可抗力だったとはいえ、浴室に突然現れて申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げると、何故だか皆さんがザワザワと慌てだした。聖女は簡単に謝ったら駄目なんだろうか。やっぱり身分が高かったりするんだろうか。でも謝罪は当たり前だ。駄目なことをしたら、身分など関係なく謝るべきだ。


「いや、それに関してはこちらが申し訳ない。ご夫君がいらっしゃるのでは? この世界にはおらずとも、貴女の名誉にかかわる」


 ……へ?

 なにを言っているのかわからなくて首を傾げると、貴族の人……ここにいる人は全員貴族だけれど……ランドン宰相が少し噛み砕いて説明をしてくれた。


「貴女の世界ではどうかはわかりかねますが、婚姻を結んでいる者が伴侶以外の異性の裸体を見ることはよく思われません。未婚ならば婚姻を結ぶことができますが、そうでないのなら醜聞が広がり……」


 ああ、肩身の狭い思いをするとか悪評ばかりが付きまとうとか、つまりマイナスな評価をされるというわけなのだろう。それだけではなく、離婚もされて最終的には路頭に迷うこともあるのかもしれない。もしかして牢屋送りとか鞭打ち刑とかもあったりするのだろうか。

 それもまあ私のいた世界のどこかしらの国ではあったりするだろうし、日本でも浮気や不倫は倫理的にアウトだ。牢屋送りや鞭打ち刑は流石に勘弁してもらいたいけれど。裸を見ただけで、というのはアウトラインが狭すぎるけれど。

 周囲を見回せば、ものすごーく申し訳ない顔とものすごーく憐れんでる顔をされてしまう。でも待って欲しいが、私にご夫君とやらは存在しない。多分、私の年齢で結婚してるだろうと思われたかもしれないけれど、一度も結婚したことがない独身女だ。結婚相手どころか彼氏だってここ十年はいない。


「あの、ご心配なく。私、独り身ですし。それよりもえーと、未婚の場合は、その、私って、もしかして」


 そう、待ってください。おかしな事態が起こってから何度目かの、待ってください、だ。


「私って、もしかしなくても、ヴィンセントさんと、けっこん……?」


 しなきゃ、いけないの……?

 私が顔を引き攣らせて固まってしまうと、ランドン宰相がうーんと唸る。


「普通ならそうなるでしょうが……殿下、この場合は不可抗力だったということで、なかったことにした方がよろしいかもしれません」

「そうだね。そもそも【聖女】はこの世界の住人というわけでもない。王太子の名に於いて、【英雄】ヴィンセント・グレイアムと【星の渡り人】にして【聖女】のアヤコ・ツカァーラ嬢の婚姻は無効としよう」


 王太子様が宣言したとことで、結婚は免れた、はずだ。

 やった、よかった。たかが裸を見られただけで私みたいなワケわからんオバチャンと結婚させられる若者のヴィンセントさんが可哀想だし、なにより私もヴィンセントさんのことなにも知らないので結婚も困る。昔とか漫画や小説の世界では政略結婚とか顔も知らない相手と結婚とかあるみたいだけれど、現代の日本じゃ一般的ではない。私も若い頃は、結婚するなら大恋愛の末に結婚して幸せに暮らしたい、と思っていたから、こういうのは困惑しかない。

 今は心穏やかに生きていられたらいいな、と思っている。結婚も特にしたいとは思わないし、どう考えても結婚生活を平和に送れなさそうで、無理だ。

 ほっと安堵すると、ヴィンセントさんも安心したように息を吐いた。それが地味に傷付く。私なんかと結婚とか有り得ないだろうけれど、安心より残念に思って欲しかったのはまだ乙女心がオバチャンなりにあるからだろう。我ながら面倒臭いヤツだ。自覚はある。

 ちょっと不満に思っていると、ドウェインさんがうーんと唸ってる。まだなにかあるのだろうか。


「殿下が無効を言い渡した後に言うことではないかもしれませんが……僕個人としては、結婚はともかくヴィンスの婚約者にはなってもいいとは思いますけどね」

「ほう……その心は?」

「だってラルフ様。騎士団側としてもいい加減にして欲しいでしょ、ご令嬢やらお偉いさん方に。ランドン宰相も頭を悩ませているのでは?」

「ああ……私や父王が止められたらいいのだけどね」

「殿下や陛下は真剣に止めようとしておられないでしょう」

「何度も私から進言させて頂いておりますよね?」


 おじ様二人にお茶目に舌を出してる王太子様は、綺麗系の顔立ちなのに途端に可愛くなる。画面偏差値高い人はそれだけで効果が抜群なので、正直羨ましい。

 それにしても一体なんの話だろうか。ヴィンセントさんがすごく嫌そうな顔してるんだけれど。


「僕は魔術の研究ばかりで変人扱いされてるからいいけど、ヴィンスには【英雄】って肩書がある分、みんな諦めが悪いもんね」


 成る程、察した。なにか功績を残して英雄になったヴィンセントさんに求婚者が列をなしているということだろう。でもヴィンセントさんには結婚の意思がないのだ。可哀想に、イケメンで実力者だとこういう目に合ってしまうのだろう。


「発言失礼します。グレイアム領としても、次期辺境伯当主、次期領主のヴィンスにはそろそろいい加減にして欲しいのですが」

「イアン。その件については親戚筋や妹の子を養子にとればいいと父には言っているだろう」

「母君や妹君が納得してない」


 成る程。跡取り問題も勃発してるのか。


「それに俺ももう三十九歳だぞ。適齢期はとうに過ぎてる」


 さ、三十九歳……? それだと私とあまり変わらないではないか。もっと若いかと思っていた。イケメンは総じて年齢不詳に見えるからだ。


「その適齢期を過ぎた未婚のご令嬢が目の前に……」

「イアン、失礼だぞ」

「あ、いえ。本当のことですし。でもビックリしました。ヴィンセントさん、私より年上だったんですね。てっきり年下かと思ってました」

「……貴女には言われたくないのだが」


 そうだった。私も実年齢よりもすごく年下に見られていたんだ。

 ごめんなさい、と反省すれば、このやり取りをにこやかに見守っていたラルフ騎士団長さんがイアンさんの名前を呼んだ。なんだろう、と首を傾げていると。


「はっ。……【聖女】様。先程の無礼をお許しください」


 ちゃんと謝られてしまったし、騎士服の面々に頭を下げられてしまった。連帯責任というやつだろうか、そこまでしなくてもいいのに。というかヤメテ欲しい。そこまでされるほどのことを言われたわけではないし、むしろこっちが謝る方だと思っている。


「だ、大丈夫、平気です! 私も失礼しました。若く見られるって、あまりよくないですよね」


 侮られてる、と思う人だっているだろう。特にこういう騎士様みたいな人には誉め言葉ではなかったりするだろう。そういう思いを込めてごめんなさいをすると、顔を上げた面々は苦笑していた。ほら、やっぱりそうだ。ごめんなさい、本当に。


「因みに俺、【聖女】様と同じ歳ですんで」

「私は四十一歳。貴女の四歳年上だ」

「じ、自分は二十四歳の若輩者です!」

「僕は三十五歳だよ」

「私は五十六歳になりました」


 イアンさん、ラルフ騎士団長、ロドニーさん、ドウェインさん、ランドン宰相。次々に年齢を自己申告してくれるのは一体何故だろうか。


「因みに私は二十三歳。この場にいる誰よりも年若いね」


 はいはい、わかった、わかりました! この世界の年齢基準にすればいいんでしょう? そうしてくれると私が安心です!

 因みにずっとにこにこそばに控えてるブランシュさんは、流石にこの場で年齢を聞いていいと思えなかったので遠慮した。機会があればあとでこっそり聞いてみようと思う。

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