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絢子、任される。1

タイトルを「アラフォー聖女と英雄様」から「アラフォーですが、異世界転移しました。」に変更しました。

 イアンさんの言う通り、あれから忙しい日が続いた。私の貴族令嬢としてのお勉強と、その合間にドレスの採寸やティフ様とのお茶会、ラルフお義兄様の奥様との初顔合わせを兼ねた婚約式の段取り確認、ダンスのレッスンにダンスのレッスン、それからダンスのレッスン……と日々を送っていては、ヴィンスさんとまともにお喋りをしている暇もない。ヴィンスさんはヴィンスさんで通常のお勤めと婚約式の準備で慌ただしくしているから、無理に時間を作って貰う気はないのだけれど。

 忙しいのは、社畜だった私には相変らずどうでもいいことだ。むしろ忙しい方が余計なことを考えなくて済むから、じゃんじゃん忙しくあって欲しい。なんなら、ドウェインさんによる『この世界のお勉強~応用編』を始めたっていいくらいだ。……いいや、それだと体力のない私には過酷なスケジュール過ぎて全方向から叱られそうだからやめておこう。とにかく、忙しいからよかったのだと思う。よかったのか? え、ホントによかったの?


「今更なんですけど、婚約式当日にお相手のご両親と初顔合わせというのは、貴族の世界ではよくあることですか?」

「そうですわね……率直に申しますと、婚約式どころか結婚式を飛び越え、婚姻後しばらくしてから初対面ということもあるようです」

「貴族は家同士の繋がりが大事なのでは……?」

「お相手が既に爵位を得ている場合はそういうこともあるようですよ。……さあ、お化粧も御髪も整いました。あとはベアトリス様より、是非に、と頂いた装飾品を付けるだけですわ」

「うっ……付けるだけで意識失いそうなヤツだ……」


 ブランシュさんがお化粧と髪を整えてくれると、マリーネさんがキラキラと輝く装飾品を持って来た。それらを耳と首と髪に付けたら私の本日の装いは完璧になるのだけれど、ラルフお義兄様の奥様であるベアトリス様……トリスお義姉様が選んだというマッケンジー家所有の装飾品は、絶対に高価な物だろうから私には荷が重すぎる。マル様と対面した時に付けた物とはまた違った少しシンプルな物だが、緊張して体が震えてしまうのは同じである。

 お陰でかはわからないが、少しはヴィンスさんのご両親との初対面への緊張は和らいだ気がする。いや、また違った緊張が上乗せされただけのような気もするが。

 グッタリとしたいが、折角綺麗にして貰ったし高級品を身に纏っている自覚はバッチリとあるのでなんとか耐えていると、ブランシュさんが紅茶を用意してくれた。身支度も整えたしいつものソファがあるリビングスペースに移動して有難く頂戴すると、ほっと一息吐く。


「少しでもアーヤ様の緊張がほぐれるよう、薬草茶にしてみましたわ。お菓子は焼き菓子をご用意しました」


 あ、ラングドシャ! 好きなクッキーなのですごく嬉しい。軽い食感だから、ついついたくさん食べちゃうんだよね。チョコクリームが挟んであると、尚のことペロリと食べちゃう。

 一枚、二枚と抓んで紅茶を一口。途端に幸せになるので私もなかなか単純である。とはいえ、頭の隅の方ではまだ見ぬヴィンスさんのご両親のことがチラついてはいるのだけれど。


「もうやるしかないのはわかってるんだけど、なんかこう……できるなら回避したい」

「お気持ちは察しますが……そろそろヴィンセント様がお迎えに上がる時間ですよ」

「お覚悟を決めなさいませ、アーヤ様。大丈夫です、アーヤ様にはヴィンセント様がついていらっしゃいます」


 確かにあれこれと悩んでいても仕方のないこと、予定は詰まっているのだし時間は待ってはくれない。それに、マリーネさんの言う通り私にはヴィンスさんが付いている。そもそもヴィンスさんのご両親にはこの婚約を反対しているわけでもないのだから、胸を張るべきだ。

 私の精神面を優しく介護してくれるブランシュさんとマリーネさんに感謝していると、コンコン、と扉を叩く音があった。扉の前にはロドニーさんの部下さんたちが相変らず立ってくれていて、対応してくれている間にブランシュさんが扉の方へと向かう。


「アーヤ様、グレイアム辺境伯家御子息様です」


 扉を大きく開けたブランシュさんが脇に移動してお辞儀をすると、いつの間にか立ち上がっていたマリーネさんもお辞儀をしている。それを見た私が慌てて立ち上がれば、室内へと足を踏み入れたヴィンスさんが蕩ける様な表情で私の方へと足早に向かって来た。


「アーヤ。今日の装いも綺麗だ」


 ヴィンスさんが甘い言葉を発してくるが、正直言って私はそれどころじゃなかった。いつもは騎士団の制服を着ているが、今日のヴィンスさんの装いはその制服をより華美にしたような、つまりは見慣れぬ強イケメンである。騎士団の正装なのだろうか、いつもの黒を基調とした制服もいいが濃紺を基調とした制服もよく似合っている。多分、ヴィンスさんの瞳が瑠璃色をしているからだ。

 私がなんの反応を見せずにただただヴィンスさんに見惚れていると、心配そうにヴィンスさんが私の顔を覗き込んで来る。突然のイケメンのドアップはやめていただきたい。


「ひぇっ……!」

「どうかしたか? 具合が悪いのだろうか? 休ませてやりたいのは山々だが、今日の予定はどうしても外せない。多少の体調の悪さは我慢して欲しいのだが……」


 イケメンのドアップが眩しくて目を開けていられない。折角綺麗にお化粧して貰ったけれど、あとで直して貰えると信じて両頬に手を添えて俯く。

 いつもならば、このまま誤魔化して逃げてしまうのが私だろう。恥ずかしい思いをするくらいなら、なんでもないと言い張ってしまえばヴィンスさんも引いてくれるに違いない。けれど頑張ろうと思ってしまうのは、今日が少し特別な日だからだ。


「い、いいえ、大丈夫です! その……ヴィンスさん、今日の格好がめちゃくちゃ格好いいな、って……思っただけで……」

「……! そうか、ありがとう。堅苦しい装いだが、この姿をアーヤが気に入ってくれてよかった」


 ちゃんと、逃げずにヴィンスさんに想いを伝えることができた。目を見ては言えなかったけれど、言葉にできたのだから上々だ。ヴィンスさんの声も嬉しそうに聞こえる。

 私が頑張ったからだろうか、お互いに照れ合って、まるでお付き合いを始めたばかりの初々しいカップルのようになってしまった。そこに割って入るのが、そう、イアンさんである。


「はいはーい、なに照れ合ってんだよ。そろそろ移動しなきゃなんねーんだってば。ほらヴィンス、アーヤをエスコート!」

「わかってる。そう急かすな」


 イアンさんに急かされて、ヴィンスさんが私の方に手を伸ばした。これは腕に手を添えるスタイルではなく、手を繋ぐスタイルだ。今日という日にそのスタイルでのエスコートでいいのかはわからないが、おずおずと手を重ねたらしっかりと握られた。にこりと微笑むヴィンスさんにつられて私も微笑んでしまうと、ヴィンスさんの背中をイアンさんが強めに叩く。


「だから、時間ねえって言ってんだろ」

「あ、はいっ」

「アーヤ、気にしなくていい。こいつは俺の父に気を遣ってるだけだ」

「お前はもっと気を遣えよな……」


 イアンさんはグレイアム辺境伯領出身だから、そこの領主様であるヴィンスさんのお父様のことを敬ってらっしゃるんだろう。今日の準備を始めた日にラルフお義兄様が焦っていたのは師弟だからという理由だったけれど、また違った思いがイアンさんにもあるのだ。

 そうやってラルフお義兄様やイアンさんに尊敬されるグレイアム辺境伯様と、これから初めてお会いする。また緊張の波がやってきたけれど、いよいよそうは言っていられない時間になってきた。

 ヴィンスさんを見上げると、互いに頷く。深呼吸をして、いざ、と一歩を踏み出せば、マリーネさんの可憐な叫び声が耳に飛び込んできた。


「マリーネさん……?」


 私の手を離して、ヴィンスさんが室内の方向に向きを変えて身構える。私も慌てて振り返ると、目に飛び込んできた物体に既視感を覚え、クラリと眩暈がした。

 ふよふよと、よぼよぼと、謎の球体が宙を漂っているのである。


「ヴィンスさん、これってもしかして……」

「あぁ、そうだな……」


 構えを解いたヴィンスさんが、諦めの声を出した。チラリとイアンさんを見てみたら、絶望顔をして頭を抱えている。この状況がよくわかっていないブランシュさんはマリーネさんに説明を受けているから、まあ大丈夫だろう。

 そういうわけで、私とヴィンスさんは突然現れた謎の白い球体が放つ真っ白な光に包まれることになる。勿論、目なんか開けてられないくらいの強い光だけど、私の右手は親指と人差し指だけを残して握り込んだ。

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