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絢子、安心する。4

「マルヴィナ嬢の身の潔白を見事に証明したのが、今日のお茶会だったんだ」


 ドウェインさんは言う。元々、マル様にはほんのりと嫌疑があったのだと。フィランダー・バブスさんの単独の犯行ではなく、マル様との共謀だったのではないか、と。マル様に相応しいのは王太子妃の座か英雄の妻の座だと思い込んでいるフィランダー・バブスさんがその思いを持ってマル様と接触し、ヴィンスさんが好きで隣国との婚約話が持ち上がっているマル様がフィランダー・バブスさんの案に乗ってしまったのではないか、と。

 フィランダー・バブスさんが捕縛された今、マル様が尻尾を出すのなら本日のお茶会が妥当。ティフ様と私が揃っている場で、フィランダー・バブスさんがマル様に託した呪具が発動するかもしれなかった。だから実はあのお茶会にはドウェインさんやイザベラ様を始め、魔導師団の方々が控えていたらしい。なにかが起こった場合、ティフ様の警護はティフ様の近衛に任せ、私のことはヴィンスさんが守ってくれつつもマル様の捕縛も担うことになっていたのだと。

 けれどそれらは杞憂だった。正真正銘、フィランダー・バブスさんだけが悪者だった。フィランダー・バブスさんの、マル様への思いが凄まじかっただけだった。マル様はただ少し気持ちと行動を暴走させただけで、フィランダー・バブスさんの罪とは関係のないところにいた。


「……安心しました。マル様という私の新しいお友達を失わずに済んで」

「ごめんね、勝手にコソコソしちゃって。この件は妃殿下にも秘匿で、ほんのひと握りしか知らされてなかったんだ」

「王家や【聖女】が関わっていることだからな、軍務が秘密裏に行動せざるを得ないことが多々ある」

「それは理解できます。警護を十分にするため、ですよね。いつもそうやって私のことも守ってくれてるんでしょう? いつもありがとうございます」


 私が微笑むと、ヴィンスさんがそっぽを向いた。感謝の言葉は不要だっただろうかと思ったが、ドウェインさんがニヤニヤしながらもヴィンスさんの腕のあたりをバシバシと叩く。これは多分、からかう感じなので、つまりはヴィンスさんは不満を表現したのではなく……


「もしかしてヴィンスさん、照れてます?」


 よく見ると耳が赤くなっている。ドウェインさんのバシバシ攻撃も、反撃する様子はない。

 ペロリ。これは……黒!!


「ヴィンスさんの照れる場面がわからないんですけど……! 今のどこに照れる要素ありました?!」

「え〜? アーヤの微笑みと感謝の言葉じゃなぁい? 勘違いすんなよこのこのぉ〜! アーヤは君だけじゃなくて裏で動いてるすべての連中に感謝したんだよこのこのぉ〜!」

「うるさい。直接言われたんだ、照れもするだろう……っ」

「慣れなってば。アーヤは君の婚約者だよ? 夫婦になってからの先が思いやられるよ、ホントに」


 そこは多分大丈夫です。私だってヴィンスさんのアレコレに慣れる気がしないので。慣れる日が来る想像が付かないので。

 私が一人でスンッとなっていると、ヴィンスさんが武器と化しているドウェインさんの手を思いっきり叩き払った。魔導師相手にその強さは凶器ではないか。現にドウェインさんはひどく痛そうに手を庇っている。


「なにすんのさ!」

「それはこちらのセリフだ。アーヤ、その感謝の意は騎士団とコイツ以外の魔導師団の方に伝えておく。ドウェインは早急にアーヤの感謝の言葉を忘れろ。永久に受け取る権利を剥奪する」

「ヴィンスにそんな権限ないでしょ!」

「ないことはないが? 俺はアーヤの婚約者で、いずれ夫になる」


 折角スンッてなっていたのに、照れと羞恥で顔面が崩れていく。そうです、ヴィンスさんは私の婚約者でいずれ夫になる人なので、私への独占欲を発揮してもいいのかもしれないんです。それがヴィンスさんより立場が上の方々に却下されない限りは。

 ニヤついた表情を隠すために顔を両手で覆っていると、私の様子を察してくれたマリーネさんが背中をゆっくりと撫でてくれた。その優しさに、嬉しさと増幅した羞恥で大暴れしたいくらいである。

 すると、扉をノックする音がした。ブランシュさんが扉の方へ向かえば、内側の門番役のロドニーさんの部下さんが、外側の門番役のロドニーさんの部下さんから言葉を預かって声を張る。


「副団長、イアン副団長補佐です」

「なんだ? 入らせたらいいだろう」


 首を傾げるヴィンスさんの様子に、私も同意する。イアンさんなら、扉をノックしたら勝手に室内に入ってくるのが常なのに。

 ロドニーさんの部下さんが一礼をして扉を開けると、いつになく表情の硬いイアンさんが姿を見せた。お茶目なお兄さん感はどこにもなく、なにか緊急事態でもあったのかと身を固くする。私でさえこうなのだから、ヴィンスさんはきっと私以上にある種の緊張をしているだろう。


「イアン、どうしたの?」


 のんびりしているドウェインさんの声がイアンさんに向かうけれど、よく見ればイアンさんの顔色は悪い。これはきっと、本当に緊急事態である。

 私がマリーネさんとブランシュさん、それぞれと目配せをしてから立ち上がると、ヴィンスさんがこれ見よがしに大きく溜め息を吐いた。それに少し体をビクつかせてしまうと、ごめんねアーヤ、とイアンさんが私に謝罪する。


「大丈夫、最悪の事態って訳じゃない。ただ、俺らは忙しさを理由にすっかり忘れていたというか、なにも進めていなかったというか、進められなかったというか……つまり、これは多分、全部が折が悪かったと思うんだよな」

「お前の様子から緊急性の高いものではないとは思っていたが、だったらなにごとだ」

「よくぞ聞いてくれたよヴィンス。こちら、ジェフリー様からのお手紙デス」


 イアンさんがヴィンスさんに一通の手紙を手渡した瞬間、あ、と声を出したままヴィンスさんが固まってしまった。なにごとかと私がイアンさんの方を向けば、ああ、となにかに気付いたらしいドウェインさんが手を叩いた。マリーネさんとブランシュさんは顔色を蒼くさせて慌てて奥の寝室方面へと向かって行き、私だけポカーンとするばかりだ。


「ヴィンス、それ早く読みなよ。きっとお父上がご立腹なんじゃない?」


 ああそうだ、ジェフリー様、というのはヴィンスさんのお父様のお名前だ。つまり、お父様からのなにかしらご立腹を伝えるお手紙がヴィンスさんに届いたということなんだろう。けれどなにかお怒りになるようなことがあったのだろうか。親子間のことなので、私は静観がいいだろう。まだ、ちゃんと婚約式をしていないから……あれ?


「内容は読まずともわかる。婚約式のことだろう。いつ王都に来ればいいのか早く連絡をよこせ、とでも書いてあるに違いな……アーヤ、待て待て読むから待ってくれ」

「なら、はい! 早く読んで内容を私にも教えてください! まさかグレイアム辺境伯様に御無礼をしてたなんて……!」


 そういえばフィランダー・バブスさん関係で慌ただしかったから、準備という準備をなにもしていない。淑女のお勉強は少しずつブランシュさんとマリーネさんに習っていたけど、そもそも私は婚約式になにをすればいいのかもよくわかっていない。元の世界だと、料亭とかそういうことができるホテルとかで、結納の儀とかするんだよね? 縁がなかったし実兄が結婚の話を進めている時はササッといつの間にかやってたから詳細も知らないんですけど。

 私が蒼い顔をしていると、手紙を読み終えたヴィンスさんが額に手を当てた。


「……一週間後、両親が王都に来る。その間に婚約式の準備を進めておくように、と書かれてあった」

「あー、やっぱり? 実は団長にも同じような手紙が届いてて、蒼い顔して慌てて早退したんだわ。その報告も兼ねて、俺がその手紙をお前に届けに来たワケ」

「ラルフさんが早退?! 先にそっちを言え!」


 ヴィンスさんは私に手紙を押し付けて、慌てた様子でスウィートルームから出ていった。団長が予期せぬ不在となったため、副団長のヴィンスさんが団内の状況把握をしなければならないんだろう。本当は軽く引き継ぎとかあるんだろうけど、ラルフお義兄様はそれすらも放棄して早退してしまったに違いない。今からラルフお義兄様の本日の職務を把握し、副団長の職務と平行して捌いていかなければならないんだろう。取り敢えず合掌しておこうかと思う。


「アーヤに一つ、教えておくな。ヴィンスのお父上のジェフリー・グレイアム辺境伯は、団長の剣の師匠なんだ」


 スウィートルームから出ていったヴィンスさんに向けて手を合わせていると、イアンさんが私に教えてくれたことに、なるほど、となる。だからラルフお義兄様は蒼い顔で慌てて早退したのだ。体育会系の縦社会という感じなんだろうし、師匠にはちゃんとしたところを見せたいという思いもあるんだろう。ちゃんとしていないと怒られる、という思いかもしれないけど。


「そういうわけで、ドウェインはもう少しここにいてくんねえかな。こっちにロドニーを寄越すからさ」

「いいよー。イアンもお疲れ様、ヴィンスと一緒に今日の業務頑張ってね」

「アーヤはブランシュとマリーネの言うことちゃんと聞くこと。これから忙しくなるぜ」


 ウィンクをして見せるイアンさんが踵を返すと、奥の部屋へ行っていたブランシュさんが私の名を呼んだ。返事をしながらも振り返れば、拷問器具とう名のコルセットを要するドレスを数着持ったブランシュさんと、私の部屋にある装飾品を手にしたマリーネさんが微笑んでいた。

 軽くホラーだな、と変に冷静になっている私は心で思うだけにしておいた。

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