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絢子、安心する。3

 ドウェインさんがブランシュさんとマリーネさんに泣きついた。能力の高い一目置かれている成人男性が、私のお世話係をしてくれていて且つ人妻に泣きつくのは完全にアウトだ。ヴィンスさんに、ウェスリーさんやテレンスさんに伝えて貰おう。最高位の魔導師様が奥様たちに泣きついていましたよ、って。


「まあまあドウェイン様。今のはドウェイン様が悪いかと存じますわ」

「私もそう思いますので、ヴィンセント様の方からラルフ様とマージェリー師団長様に伝えていただきますね」

「ううぇーん、味方が誰もいないよぉぉ! ラルフ様と師匠になにを伝える気だよぉぉ!!」

「お前が無闇矢鱈とアーヤに触れるからだろうが」

「だってアーヤがいいって言ったじゃん!!」


 言いました。ドウェインさんがちょっと触るけどと断りを入れたから、いいですよと応じました。けれど、至近距離で顔をペタペタと触られるとは思っていなかったです。ヴィンスさんが光の速さでドウェインさんを引き剥がしたので、不快までは感じずに驚きの方が強く残ったけれど。


「あ、あの皆さん落ち着いて……ええと、私の魔力の巡りを見る為だったんですよね?」

「そう! ちょっと深くまで確認したかったからベタベタしちゃったのは謝るけどぉぉ!」


 ドウェインさんがこのスウィートルームに居座っている理由は、ほんの数分前に判明した。少し気になることがあって、私の魔力の巡りを調べに来たそうだ。それはイザベラ様にも王太子様にも許可を得ていることらしく、それならばと応じた結果が今である。


「お前ほどの力の持ち主ならば、至近距離で無闇に触れなくとも感知できたはずだろう」

「ぎゃっ……!」


 ヴィンスさんが私の腰を引いて、ソファの上ではなくヴィンスさんの膝に座らせる。なんだこの羞恥、と沸騰しそうである。


「できないから至近距離でベタベタしたんじゃん! 僕が万能だと思ってたら大間違いなんだからね!」

「以前はできていただろうが。腕が鈍ったんじゃないのか」

「ひゃぁっ」


 極力冷静に今の私を実況すると、ヴィンスさんの膝の上に座らされ、ヴィンスさんにぎゅっと抱きしめられている状態です。羞恥で瀕死です。以上、現場からお伝えしました。


「はぁ〜? 【英雄】様はお忘れですかぁ〜? 僕の魔力が近々減少するって話だったでしょ、神様の話では! それがもう訪れちゃったんですぅ!」

「だからといって好き勝手していい訳ではないだ……魔力が減少したのか、やはり」

「はゃぁ〜……え?! ドウェインさんの魔力、少なくなっちゃったんですか?!」


 羞恥で瀕死で顔を覆うことと変な鳴き声を上げるくらいしかできないでいた私の耳にも、ドウェインさんの言葉がちゃんと届いた。それは以前、私とヴィンスさんが神様のエル様に招かれた真っ白な空間の中で語られたこと。本来なら英雄じゃないドウェインさんの膨大な魔力が減少する、という話。


「そうだよ。フィランダーを捕縛したあとからちょっとずつおかしいな〜って。そしたら、昨日くらいからグーンと減った感じなんだよね」

「なんともないんですか?」

「前まで簡単にできてたことが、ちょっと難しくなったかな。だからほら、さっきもすごい近くじゃないと魔力感知できなくって」

「マージェリー師団長は至近距離で魔力感知はしていないようだが?」

「僕もそのうち、今までどおりみたいに至近距離じゃなくてもできるようになるよ。今の魔力量の把握ができてないからそうなっただけで」


 だから大丈夫、とドウェインさんは言うけれど、つまりは今現在は支障が出ているということだ。長年、膨大な魔力と共にあったドウェインさんがホイホイと簡単に行っていたことが、そうではなくなった。これまでどおりに魔力を消費していたら、日常生活にも影響が出るのではないだろうか。

 私とヴィンスさんがなにも言えないでいると、ドウェインさんは笑う。


「大丈夫だって。減りはしたけど、魔力オバケには変わらないって師匠のお墨付きだからさ。今日はちょっと急ぎだったからアーヤにはごめんなさいだけど、最高位の魔導師って肩書はまだ誰にも譲らないからね」


 力こぶを作って見せるドウェインさんからは、悲観的な感じはしない。事前にしっかりと覚悟してから、いざそうなった自分をちゃんと受け入れられたのだろう。元々のドウェインさんの魔力量がどれほどのものかは私は知らないけれど、イザベラ様からの魔力オバケのお墨付きを得ているのなら外野の私達が騒いでいいものでもない。ドウェインさんはちゃんと乗り越えて、先をも見据えているのだから。


「それなら……ドウェインさんは今後も大活躍というわけですね」

「そう! 気になることは研究して、国からの要請や要望にはちゃんと応えて、いずれは隠居してのんびり暮らしたいなぁって思ってる」

「師団長の座には就かないのか」

「それはさぁ、ヴィンスと一緒だって前から言ってるじゃん。トップの器じゃないから遠慮するって」


 ドウェインさん曰く、魔導師の役職の最高位は現在イザベラ様が就いている魔導師団のトップで、ドウェインさんがヴィンスさんと共に英雄になった時にそこに座るよう要請があったらしい。ヴィンスさんは騎士団長の座を打診されたけど、二人ともその席に座るのは自分ではないと辞退したんだと。お二人が後継を固辞した故に、魔導師団のトップにはイザベラ様が座り続け、騎士団のトップのままラルフお義兄様が軍務省のトップと兼任することになったんだとか。


「それに、師団長になったら好き勝手できないしね」

「イザベラ様が大変ご苦労されていることは理解しました」


 ウィンクをして見せるドウェインさんに冷静にツッコミを入れたところで、私はようやくヴィンスさんのお膝から降りる。ドウェインさんが頬を膨らませてブーブーとなにか言っているけれど、ヴィンスさんが不満そうな手を伸ばしているけれど、文句は無視するし不埒な手は払い落とすに決まっている。

 のんびりとお茶をしながらもこちらを眺めていたブランシュさんとマリーネさんの傍まで避難して、腰に手を当てた。少ししんみりとしてしまった空気を変えて話を元に戻さないと、ドウェインさんはこのままダラダラとここに居座り続けるに決まっている。勿論、ヴィンスさんも副団長のお仕事に戻って貰わなきゃならない。今日の私の予定は以降はなにもないから、ロドニーさんの部下さんたちで護衛は事足りるだろうから。


「それで、ドウェインさんは私の魔力でなにを調べたんですか?」

「あ、そうだった。あのね、さっきまでマルヴィナ嬢と会ってたでしょ? マルヴィナ嬢の魔力が、アーヤに絡んでいないかの確認だったんだ」


 お座りください、とマリーネさんが席を譲ってくれるので恐縮しながらも座らせて貰うと、ブランシュさんが新しく紅茶を淹れるために立ち上がった。マリーネさんに私の隣りに座るようにソファの座面をトントンと軽く叩けば、ドウェインさんの回答が私の耳に届く。


「……それは、一体?」


 意味がわからなくて訊ねると、ヴィンスさんが訳知り顔で頷いている。


「あの件か。それで、お前の見解は?」

「問題なし。マルヴィナ嬢が媒体という懸念はない。ヴィンスも調べさせてよ。もしかしたらフィランダーは、本当はヴィンスや殿下も呪いたかったかもしれないからね」

「先に殿下を調べたんだろうな?」

「もっちろん、もう調べてまーす。妃殿下は今頃師匠が調べてるし、あとはホントにヴィンスだけなんだよね」

「それならさっさと調べろ」

「はいはーい、ちょっと触るよー」


 人差し指でヴィンスさんのおでこをツンとするドウェインさん。私の時よりも随分とあっさりとした検査に、隣のマリーネさんから怒気が放たれる。勿論ヴィンスさんも私との対応の差に怒ったようで、ドウェインさんに容赦なく怒気……というよりも殺気を放っているようだ。

 私はといえば、ブランシュさんから紅茶を受け取ってうーんと考える。私にベタベタした件で再び怒るのはヴィンスさんとマリーネさんに任せて、ドウェインさんが魔力を調べた理由について仮説を立ててみよう。


「フィランダー・バブスさんが、マル様を媒体にして私やティフ様を呪う可能性があった、ということ? 王太子様やヴィンスさんも呪われる可能性があって、じゃあマル様はもしかしたらフィランダー・バブスさんと結託していた疑惑があった……?」

「わー、すごいアーヤ。その通りだよ。やっぱり高官を目指せるんじゃない?」

「でも、だって! マル様は心からの謝罪を私にくださったんですよ! ティフ様のお友達で、ちょっと間違えたことをしたけどちゃんと反省できる、フルーツのケーキがお好きなただの可愛らしいお嬢様です!」


 私が力強く言えば、ドウェインさんがニコリと笑った。

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