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絢子、転移する。3

 ちゃんとロドニーさんがいる。あの金髪の人は、私が覗き見したお兄さんだ。ちょっと気まずそうにしているからそうに違いない。この人も騎士服を着ている。それから騎士服の人が他に二人と、漫画やゲームに出てくるようなキラキラ王子様みたいな服の人が一人。あと、ローブっていうのかな、魔法使いみたいな服の人が一人と、貴族です、みたいな服の人が一人の計六名。

 全員、顔がいい。体格もいい。騎士服の面々以外の三人は細い方だけれど、筋肉はちゃんとありそうだ。

 見惚れていた私はハッとして立ち上がり、取り敢えず頭をペコリと下げた。この場ではなんと挨拶したらいいのかはわからないけれど、そういう姿勢は大事だと思う。ジャパニーズスタイルが通用するかもわからないほどには日本人離れした雰囲気の方々が相手だけれど、気持ちは伝わると信じている。


「ああ、楽にしてかまわない。貴女は【星の渡り人】。敬意を払うのは私たちの方だ」


 どうぞ座ってって言われたから、もう一度ペコリとお辞儀をしてから座った。特に言及されなかったから、ジャパニーズスタイルのお辞儀でも大丈夫みたいだ。

 王子様みたいな人は私の正面のソファに座り、騎士服のイケてるおじ様と裸のお兄さんがその左右に座る。ロドニーさんともう一人の騎士服の人はその後ろに立って、魔法使いみたいな人は私の左隣の一人掛けソファ、貴族の人は右隣のソファに座る、という配置だ。

 これだけのイケメンとイケおじに囲まれてるのに正気を保っている私は、意外と強心臓かもしれない。推しが目の前に存在したら全力で逃げる気しかしないけれど、ただ顔が綺麗な人に囲まれても平気だということがわかってよかった。この時間は普通に過ごせそうである。それでも妙な威圧感はある。頼みの綱のお姉さんはお茶の用意をしているから、その妙な威圧感を私一人で浴びて吹っ飛ばされそうだ。

 ドキドキというよりもハラハラの方が強い私に微笑みかけた王子様みたいな人は、お姉さんがお茶を配膳し終えるとようやく口を開いてくれた。


「私はこの国、プレスタン王国の王太子、フェリクス・エヴァン・プレスタン。【星の渡り人】の名を教えてくださいませんか」


 初手からぶっ飛ばさないで欲しいんですが、ホシノワタリビトとはなんだろうか。よくわからないけれど、王子様みたいな人は私の名前を訊いているはずだろう。


「あ、えっと、塚原、絢子、です。苗字が塚原で、名前が絢子です。……って、王太子、様?」


 あれ、王太子様……? 王子様みたいな人は本当に王子様だったの? しかも王太子ってことは次期国王様じゃん。すごい。やっぱりね、品があると思ってた。……え、本当に王子様ってなに? 私おかしくない? なに受け入れてんの? 都会モドキ田舎モドキの我が地元に、王子様がいるわけないじゃん。

 私がポカーンとしながらも頭の中ではグルグル考えていると、私の右隣側の貴族の人が魔法使いみたいな人に話し掛ける。


「ドウェイン師。転移による影響が出ているのでは?」

「その可能性はあります。たぶん彼女、すごく混乱してると思いますよ。文献によれば転移直後も取り乱したりはしないみたいですけど、全員が全員そうだとも限らないでしょう。まあ、ヴィンスの裸を見たって話ですし、刺激も強かったんじゃないです?」

「おい、ドウェイン。俺をからかうのはいいが、【星の渡り人】のことも考えろ」

「はぁーいごめんなさーい」


 間延びした謝罪だと、謝られてる気がまったくしない。

 いやいやそんなことより、転移とか異界とか星の渡り人とか王太子様とか顔面偏差値が高い面々とか騎士服とか魔法使いみたいとか貴族とか、なんだろう、キモチワルイ。

 なんだか和やかの雰囲気なのも、一体なんでだろうと思う。私は覗きの罪とかでしょっ引かれるんじゃないのだろうか。不法侵入罪などで警察に連行されるのではないのか。こんな豪華なスウィートルームとか美味しい紅茶やお菓子で丁寧な扱いされているから、警察行きはないと思ってもいいのだろうか。

 それに転移とか異界とか星の渡り人とか……さてはなにかのイベントだな?

 でも、それらの言葉や今の状況をすんなり自然と受け入れる自分と、ウソだろうと否定している自分が殴り合いの喧嘩して、受け入れる方が勝ちそうで、否定の方が抗って、気持ち悪さが続く。心は受け入れるけれど頭では否定、が正確なのかもしれない。

 あまりに気持ち悪くて口元を手で覆うと、お姉さんがそっと背中を撫でてくれた。優しさに感動すらする。


「日を改めた方がいいでしょうか。目を覚まし体調もよさそうだからと伺いましたが、もう少し気を遣えばよかったですね」

「そうだね。ランドン宰相、予定の変更を早急に各部署に……」


 王太子様と貴族の人が話を進めるので、私は思わず立ち上がる。


「いえいえ、平気です! ちょっと胃の辺りが気持ち悪いですけど、多分、ちゃんと、話をするべきなんだと思います」

「……そう。では、少しでも駄目だと感じたら遠慮なく言うように。無理はさせたくはないからね」


 困らせたいわけじゃないけれど、そういう顔させてしまった。でも私は、うん、大丈夫。やっぱりちょっと気持ち悪さはあるけれど先延ばしにされたらずっとこのままだろうし、多少は無理をしてでも話をした方がいい。

 王太子様が再び座るようにと促すので、私はペコリとお辞儀をしてから座った。



 へーえ? ここが、いわゆる、異世界? ファンタジーによくある、剣とか魔法とかの世界? 私は召喚されて、この世界にやって来た? ……えーと、そういうイベントかな。クオリティ高過ぎるコスプレイベントの世界かな。

 わかっている。わかっているのだ。これは現実逃避というヤツだ。我が身に起こったことを考えてみても、有り得ないことが起こった、ということはわかる。ただ、私は都会モドキで田舎モドキの中途半端なよくある街に生まれ住んで、あと二、三年したら四十歳超えちゃうアラフォーのオバチャンなのだ。

 こういう異世界転移というのは、若くてピチピチ十代、大都市に住んでる、二十代でも資格とか持ってる社会人、あとなんか役に立ちそうな料理とかの趣味がある……という人が遭遇するもんじゃないのだろうか。偏見と言えばそうかもしれないが、私の中にあるイメージとしてはそれだ。対して、私は別になにもない。若くてピチピチじゃないし、大都会に住んでないし、資格は車の免許のみ、役に立ちそうな趣味もない。漫画とか小説で転移とか転生とか悪役令嬢モノを読んだりするからそういう知識はあるんだろうけれど、でもそれはただ心構えができるというだけだ。漫画や小説で得た知識が、この世界で通用するとも限らないだろうし。

 転生とか転移とかできるものなら経験してみたいなぁ、と思ったこともある。主に名指しクレーム受けて凹んだ時に。……クソ、思い出したら逆に腹が立って来た。あのクソババア客め、ねちっこいクレーム付けやがって。

 それはともかく、でもこんな大都会住みでもなく若くもなくなんのスキルもないただの平凡なオバチャンが、異世界への召喚対象になるとは思わないだろう。そもそもの話、現実に有り得ることでもないし。

 私があれこれと眉間に皺を寄せて考えていると、アヤコ様、とお姉さん……ブランシュさんがそっと私の背中に手を置いた。そのまま優しく撫でられるので、落ち着いて、と言われているのだろう。


「ありがとうございます、ブランシュさん。大丈夫です」

「ご無理をなさらないでくださいませ」


 すごく心配そうな顔してくれるけれど、気持ち悪さもちょっとはよくなっている。多分、私の頭がこの現実を受け入れたからだろう。納得したのだろう、きっと。そういうことにしとく。

 でも、ここが異世界というのは受け入れたけれど、まだ最大の謎が残っている。


「あの、私がこの世界に召喚されたというのは理解しましたが……どうして私、なんでしょう?」


 そう、その一点だ。私が眉間に皺を寄せて考え込んだのは、その一点が難関だったからだ。

 どう考えても意味がわからない。こちらの世界としても、若くてピチピチしていた方がいいんじゃないだろうか。勉強するにも引き出しが詰まってない方が知識を収納しやすい。趣味とかスキルとかあった方が、広めるのが簡単だろう。


「それは僕が答えましょう!」


 一人掛けソファに座っている魔法使い……本当に魔法使いなのだそう……ドウェインさんが勢いよく挙手した。そして私にこんなことを言う。

 ウソでしょ待って、心の準備させてください!


「それはね、君が【聖女】だからだよ!」


 心の準備させてくださぁぁい!

 私の心の叫びも虚しく、ドウェインさんはウキウキと発表してくださった。いい迷惑だ。拒否と否定を全力でしたら、受け入れてくれるだろうか。

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